17年前の明日、僕は空の青さを知る。



「ごめんね母さん、お待たせ」
「待ってないわ」

 部活で珍しく遅くなった僕に対し、母は叱ることも心配することもしない。ダイニングで淡々と冷凍の鶏の照り焼きを口に運ぶ姿があった。
 僕も手を洗った後、二階の自室で着替えたら急いでテーブルにつく。

「いただきます」

 とっくに冷えているだろうなと思いつつ一口食べると、なぜか出来立てのように温かくて驚く。
 もしかして、今の時間に温め直してくれてた?
 母はチラリともこちらを見ないので、確認するすべはない。

 コチコチと時計の音だけが支配する部屋。

「学校はどう?」

 いつもの問い。そこにはなんの意味も興味もない。ただ、いつもどおりであるかの動作確認だ。

「とても楽しいよ。友だちも皆優し……」

 いつもどおりに答えかけて、ふと口の動きが止まる。なぜなら今日は、いつもどおりではなかったからだ。

「いや、やっぱり優しくないかもしれない。日下部はなぜかやたらと僕に突っかかってくるし。橘なんて勝手に僕と日下部のび、BL小説を書いてくるし。阿良々木愛と袴田先輩はまぁ優しいほうだと思うけど……あ」

 途中で我に返るが時すでに遅し。母はあんぐりと口を開け、信じられないものを見たような顔をしている。

 そりゃそうだろう。いきなり一度も話したことのない友人の名前なんか挙げられたって、わかるはずがないのに。
 それにせっかく母に迷惑をかけないよう、毎日嘘をついてまで順調な学校生活を演じてきたというのに、これではいじめと勘違いされる危険性がある。

「あ、えっと、僕実は先月から文藝部に入っていて! 今言った人たちはその文藝部の人たちなんだけど! あの、普段はわりと優しいというか、癖は強いけど皆いい人たちだから、別に母さんに心配をかけるようなことはなにもなくて、」

 必死に弁明を口にするが、なんだか空回りしているような気がする。それが証拠に、僕がいじめではないことを説明しても母の顔は強張ったまま。

「そう、なのね」

 やっとのことで母が一言だけ絞り出した。僕はその言葉をどう受け取ればいいかわからない。

 困らせた? それとも怒らせた? ただでさえ仕事で疲れているのに、くだらない話で嫌な気持ちにさせてしまった?

 母はすでに驚愕をいつもの能面と分厚い眼鏡で覆い、食事を再開している。
「ごめんなさい」とつぶやいた声が、母に届いたかはわからない。