17年前の明日、僕は空の青さを知る。

「じゃあ、次は私の小説の、感想」

 橘が名乗り出ると、袴田先輩は悲しげに首を横に振った。

「部員同士のナマモノ小説は、規約違反以前に道徳違反だ。次行くぞ次」
「なんで。日下部×愛知、尊いのに」

 この人、確か得意ジャンルミステリじゃなかったっけ? なんでBL書いてきたんだろ。ミステリ的な謎が見当たらないどころか、むしろ隠すべき部分まで全部モロ出しだったけど……

「えーでは、阿良々木ちゃんの小説の感想だけど、」

 シームレスに阿良々木愛の小説品評に移る袴田先輩。阿良々木愛はまだ心の準備ができていなかったのか、肩をビクッと不安そうに震わせた。

 阿良々木愛の小説は初めてとは思えぬほど、極めて出来がよかった。
 主人公はファンタジー世界の町娘で、ある日、町の外で道に迷っているところを木こりの青年に助けられ、あんパンを分け与えられる。
 その後娘は町で何度か青年と再会するのだが、そのたび寂しそうな人を気にかけていたり、誰も言う勇気がないことをはっきりと口にしていたり、そんな青年の清い行いを目にするうちにいつしか恋心を募らせていく。
 しかし青年はその町では低所得層とされる木こりで、身なりもボロボロであったため、他の町民たちは皆彼を馬鹿にしており、娘の両親からも交際を反対される。
 それでも一途に想い続けていたところ、なんとその青年は木こりに扮して町に潜入していた王子様であったことが発覚、娘は彼と結婚してお姫様となる……

「王道展開、よき」
「うちの部の未来のエースだな」
「……」

 皆手放しで褒めちぎる中、一人不服そうな顔が。

「ミッくん、なにか言いたげじゃんね。悪かったところがあれば、教えて?」
「いや、作品に文句はねぇけど……なんか気に食わねぇ。特にこの木こり! なんだよこいつ、急にしゃしゃり出てきて」
「急にって……結構序盤からいるけど」
「俺が言いたいのはだな、この町娘はポッと出の男じゃなくてもっとその、たとえば幼馴染とか、そういう身近な存在を大切にするべきじゃないかという……」

 橘と袴田先輩がくつくつと笑いをこらえている。僕は話についていけない。今のなにが面白いのか、そもそも日下部はなにに対してそんなにご立腹なのか。

「まぁいいや。それで……愛知先輩は、どう思います? この町娘のこと」
「町娘のこと?」

 作品の感想じゃなくて?

「えっと、一途で素敵だなぁとは思うけど。人を見る目もあるよね」
「そうですか。そっか……ふぅん」

 表情を見るに、阿良々木愛は今の回答でご満悦のようだ。良かった。
 なにより僕の一言で誤魔化しきれないぐらい口角が上がっている彼女を見ていると、心臓を直接指で撫でられているみたいにくすぐったい。

 なんだろう、これは。

「……おい、調子に乗ってんじゃねぇぞ愛知」
「はい?」
「袴田さん! やっぱ今からでもこいつ解雇にしましょうよ! 代わりの部員なら俺が捕まえて、」
「ブッ! あっははははは!」
「なに笑ってんすか! おい、橘も!」
「ごめっ、でも……ふふっ」

 混沌とし始めた部室で完全に置いてけぼりの僕。
 だけどふと阿良々木愛と目が合って微笑み合った途端に、とりあえずはどうでもいいやと思った。

 ついでに、袴田先輩が書いてきた「バナナと濃密なラブシーンを演じるコメディ小説」の品評も置いてけぼりになって終わった。