とにかく、切り替えて日下部の作品だ。タイトルは『君と見る金閣寺の夕景』。
……あれ? これってもしや。
共有フォルダから作品ファイルを開いてザッと目を通す。
あらすじをざっくり言うと、幼馴染の男女が金閣寺に登り、そこで主人公である男性が劇的な告白をして晴れて恋人同士となる。
ここまで三行。そこからはずっと出来立てカップルが夕景を見ながらイチャイチャする様を見せられるだけ。
そう、これぞ「恋人と金閣寺のてっぺんに登って愛を囁くシーンがある『金閣寺』」だ。
数分沈黙が続いた後、読者たちは同時にそれぞれのケータイから顔を上げる。皆誰かが動くのを待っていたかのような、美しいシンクロだった。
「ど、どうなんだよ。感想は」
期待と不安がないまぜになった表情の日下部に、一同、称賛にひと捻り加えた匠の言葉をかけてゆく。
強い個性とこだわりを感じる。
軟弱な読み手を振るい落とす、豪胆な文章。
なんか金閣寺!って印象でした。
「フッ。ま、俺がその気になればこんなもんさ」
鼻高々な日下部の様子に、僕の胸にはモヤモヤが立ち込める。初めてで上手く書ける人なんてそうそういない。だからわざわざ粗を指摘してやる気を削ぐような真似は、無粋なのかもしれない。
だけど日下部は本気でこれを書いたのだ。テスト勉強を放棄してまで。おそらく、誰かに届けたい大切な想いがあったから。
本気に本気を返さないのは、日下部に対する侮辱ではないのか。
「ちょっと文章が気取りすぎてて読みにくい、かも」
「……あ?」
部室に緊張が走ったのがわかった。僕は意を決し、硬い空気を一気に吸い込む。
「ストレートに愛を伝えるセリフが多い分、こねくり回された地の文とのギャップがすごいことになっている、気がする。初心者のうちは格好つけた文章を書くより、まず読みやすさを意識しろって指南本には書いてあったよ」
「……」
「日下部くんがこの物語で描きたかったことって、たぶんセリフのほうだよね? 金閣寺の外観描写でも、てっぺんからの風景描写でもなく。だったらセリフに合わせてもっと文章を素直にしたほうがいいんじゃないかと、僕は思った。そのほうがあらら……読者にももっと日下部くんの想いがまっすぐに伝わるんじゃないか、って」
途中から日下部の後ろで袴田先輩がしきりに腕をバッテンにして「もうやめろ」と伝えてきていた。
なのに、僕は結局最後まで言い切ってしまった。今さらになって、もし僕の言葉が日下部を傷つけていたらと怖くなる。取り返しがつかないことをしてしまったんじゃないかと。
「愛知」
普段より低く掠れた声で日下部がつぶやく。僕は思わず背筋を伸ばして「はい!」と返事をする。
「正直に言ってくれて、ありがと」
「は、はいっ! ……え?」
「二度は言わねぇよ。お前なら、一回聞けば十分なんだろ」
少し耳を赤らめた日下部を眺めながら、さっきの言葉を反芻する。
「ありがと」だって。
僕が日下部に、お礼を言われた。
嬉しくて飛び跳ねたくなる。どうしよう、日下部が、ありがとって!
「二人を侮ってたな」と袴田先輩。
なんか急に鼻から赤いお水を出している橘。
そしてニコニコと僕より嬉しそうな、阿良々木愛。
とうとう恥ずかしさに耐えられなくなったみたいに、日下部が叫ぶ。
「けど! 人の作品にケチつけたんだから、自分も言われる覚悟しとけよ! ケッチョンケチョンにしてやるからな!」
「! うん! 率直な感想を聞かせてよ!」
「なに喜んでんだよ! ドMか!」
「愛知くん、ドM?」
「ちょっ、た、橘先輩! 鼻血鼻血!」
阿鼻叫喚の部室の片隅で、僕は思った。もらってばかりだった僕が初めて、文藝部員としてなにかを還元できた。
ようやく仲間になれた。かもしれない。そうだったら嬉しい。
……あれ? これってもしや。
共有フォルダから作品ファイルを開いてザッと目を通す。
あらすじをざっくり言うと、幼馴染の男女が金閣寺に登り、そこで主人公である男性が劇的な告白をして晴れて恋人同士となる。
ここまで三行。そこからはずっと出来立てカップルが夕景を見ながらイチャイチャする様を見せられるだけ。
そう、これぞ「恋人と金閣寺のてっぺんに登って愛を囁くシーンがある『金閣寺』」だ。
数分沈黙が続いた後、読者たちは同時にそれぞれのケータイから顔を上げる。皆誰かが動くのを待っていたかのような、美しいシンクロだった。
「ど、どうなんだよ。感想は」
期待と不安がないまぜになった表情の日下部に、一同、称賛にひと捻り加えた匠の言葉をかけてゆく。
強い個性とこだわりを感じる。
軟弱な読み手を振るい落とす、豪胆な文章。
なんか金閣寺!って印象でした。
「フッ。ま、俺がその気になればこんなもんさ」
鼻高々な日下部の様子に、僕の胸にはモヤモヤが立ち込める。初めてで上手く書ける人なんてそうそういない。だからわざわざ粗を指摘してやる気を削ぐような真似は、無粋なのかもしれない。
だけど日下部は本気でこれを書いたのだ。テスト勉強を放棄してまで。おそらく、誰かに届けたい大切な想いがあったから。
本気に本気を返さないのは、日下部に対する侮辱ではないのか。
「ちょっと文章が気取りすぎてて読みにくい、かも」
「……あ?」
部室に緊張が走ったのがわかった。僕は意を決し、硬い空気を一気に吸い込む。
「ストレートに愛を伝えるセリフが多い分、こねくり回された地の文とのギャップがすごいことになっている、気がする。初心者のうちは格好つけた文章を書くより、まず読みやすさを意識しろって指南本には書いてあったよ」
「……」
「日下部くんがこの物語で描きたかったことって、たぶんセリフのほうだよね? 金閣寺の外観描写でも、てっぺんからの風景描写でもなく。だったらセリフに合わせてもっと文章を素直にしたほうがいいんじゃないかと、僕は思った。そのほうがあらら……読者にももっと日下部くんの想いがまっすぐに伝わるんじゃないか、って」
途中から日下部の後ろで袴田先輩がしきりに腕をバッテンにして「もうやめろ」と伝えてきていた。
なのに、僕は結局最後まで言い切ってしまった。今さらになって、もし僕の言葉が日下部を傷つけていたらと怖くなる。取り返しがつかないことをしてしまったんじゃないかと。
「愛知」
普段より低く掠れた声で日下部がつぶやく。僕は思わず背筋を伸ばして「はい!」と返事をする。
「正直に言ってくれて、ありがと」
「は、はいっ! ……え?」
「二度は言わねぇよ。お前なら、一回聞けば十分なんだろ」
少し耳を赤らめた日下部を眺めながら、さっきの言葉を反芻する。
「ありがと」だって。
僕が日下部に、お礼を言われた。
嬉しくて飛び跳ねたくなる。どうしよう、日下部が、ありがとって!
「二人を侮ってたな」と袴田先輩。
なんか急に鼻から赤いお水を出している橘。
そしてニコニコと僕より嬉しそうな、阿良々木愛。
とうとう恥ずかしさに耐えられなくなったみたいに、日下部が叫ぶ。
「けど! 人の作品にケチつけたんだから、自分も言われる覚悟しとけよ! ケッチョンケチョンにしてやるからな!」
「! うん! 率直な感想を聞かせてよ!」
「なに喜んでんだよ! ドMか!」
「愛知くん、ドM?」
「ちょっ、た、橘先輩! 鼻血鼻血!」
阿鼻叫喚の部室の片隅で、僕は思った。もらってばかりだった僕が初めて、文藝部員としてなにかを還元できた。
ようやく仲間になれた。かもしれない。そうだったら嬉しい。
