17年前の明日、僕は空の青さを知る。



 袴田先輩によると、部室の本棚には出会い系時代の負の遺産がたくさん詰まっているらしい。
 出会い系の本ってなんだと興味を持って片っ端から読んでいたところ、突然、ケータイが受信を告げる。僕のケータイが鳴ることなんて今までなかったため、ミュートにするのを忘れていた。

 阿良々木愛。
 メッセージの送り主の名を見て頭に「?」が浮かぶ。だって、今同じ空間にいるのになぜわざわざLINEを。

『続き書けました』

 これはおそらくリレー小説のことだろう。僕が言うのもなんだけど早い。やっぱり僕が早かったせいで、彼女も昨夜遅くまで執筆するハメになったのだろうか。申し訳ないことをしてしまった。
 了解、と送ろうとしたタイミングで続けてメッセージが届く。

『優しいんですね』

 ……こっちはなんのことだかわからない。つい阿良々木愛のほうを見ると、彼女もこっちを見ていて、目が合うと恥ずかしそうに俯いた。
 なんか、胸の奥がほわほわする。動揺を悟られないように、僕は二人だけの秘密の共有ファイルを開いた。

***
 子どもの頃からずっとお姫様に憧れていた。どこぞの童話みたいに素敵な王子様に見初められて、恋に落ちて。女の子には皆そんな未来が当たり前に用意されているものだと思っていた。

 だけど現状、私のところに王子様は迎えに来ていない。
 私がお姫様じゃないから? 否。私の周りの女の子たちは次々と、素敵な王子様を見つけてお姫様になっていった。
 恋する女の子は皆お姫様であり、そのお相手は王子様なのだ。

 私がお姫様になれない理由はただ一つ。
「恋心」というものが私にはわからない。

 エターナル庶民のまま高校生になったある日、私の前にもう一人、生粋の庶民が現れた。
 彼――賢人くんは「AIになりたい」と言った。彼にとって、感情は邪魔なものらしいのだ。

 不思議な気分だった。恋する感情を知りたい私と、感情を捨てたい彼。全く逆の存在なはずなのに、他人事とは思えなかった。

 きっと私たちは、同じ匂いを放っている。
***

 なるほど。僕はてっきり共通の主人公で進めるものかと思っていたけれど、まさか視点を変えてくるとは。
 しかも僕が動かす主人公には勝手に「賢人」と名前を付けられた。ほとんどそのままじゃあないか。

 そして阿良々木愛が描いた主人公は、恋心がわからないと言っている。これは阿良々木愛の本心なのだろうか?
 つまり『そういうつもりで書く』とは、本心を吐露し合おう的な恥ずかしいお誘いなのかも。

 ふと顔を上げてもう一度阿良々木愛のほうを見る。やはり、目が合う。彼女は日下部や橘と話しながら、緊張したような面持ちで僕を見ていた。
 一方でそんな彼女の気を、日下部が必死に引こうとしている。

 ……今覚えてしまった汚い感情は、僕がとてもAIなんかにはなれない理由を証明しているようだった。