17年前の明日、僕は空の青さを知る。

「お疲れ様です! きゃっ」

 そして最後に、挨拶の後の悲鳴が板についてきた女、阿良々木愛の登場だ。日下部が光の速度で『金閣寺』を手に取る。
 おそらく、恋人と金閣寺のてっぺんに登って愛を囁くシーンがある『金閣寺』だ。今度改めて著者が誰か教えてもらおう。

「あれ? ……愛、顔色悪いけど、大丈夫か?」

 日下部の言葉に阿良々木愛を見ると、確かに、目の下に大きなクマがしがみついている。寝不足なのだろうか。

「ちょっとね。愛知先輩がすごく早くて、しかも上手かったもんで」

 日下部が言葉じゃとても形容できない表情で僕をにらむ。なにがなんだかわからないけどたぶん誤解だ。
 そんな険悪な空気を知ってか知らでか、袴田先輩がパンパンと手を叩いて注目を集める。

「明日からテスト期間に入るため部活動は禁止になる。なので今日中にやっておきたいことがあれば済ませておいてくれ。特に新入部員二名と二年目の初心者一名は、いろいろと聞いておきたいことがあるんじゃないかな?」
「えっと……」
「……」

 特段なにもない様子の日下部と阿良々木愛。ほんのわずかに笑顔を曇らせる袴田先輩。

「は、はいっ」

 僕は反射的に手を挙げていた。
 この人は僕と違って人気者のはずなのに、今の一瞬、僕にはこの人の気持ちが痛いほどに伝わってきた。
 誰にも相手にされない孤独。大袈裟かもしれないけれど、先輩がもし少しでもそれを感じているとしたら、僕がなんとかしたいと思った。

「お! なんでも聞いてくれ、愛知くん」

 袴田先輩の顔がパァッと明るくなる。この人は人から頼られるのがすごく嬉しいみたいだ。それなら、思いっきり甘えてみよう。

「今すぐじゃなくていいんですが、昨日おっしゃっていた『負けヒロインが多すぎる!』シリーズを貸していただけないでしょうか? 少し興味が、」
「おお、もちろんいいぞ! ほれ」

 言うやいなや、先輩が通学カバンから大量の本を取り出す。……は?

「既刊9巻+2冊、全部持ってけ!」
「え? え、なんで持ち歩いてるんですか?」
「いつでも布教できるように。オタクのたしなみだな。持ち帰りはそうだな、確かこのあたりに余りもののビニール袋が……」

 負けヒロインシリーズが取り出され、もぬけの殻となった袴田先輩のカバンを眺めながら思う。
 いろいろ言いたいことはあるが……先輩、受験生だよな? 教科書の類が一つも入ってなかったけれど、いいんだろうかこれで。

「袴田×愛知、そっちも、あり?」
「なしだよ、橘さん」

 白い肌を紅潮させた橘にツッコむ。え、ツッコんだ? 僕が?

 ……本当に変な人ばかりだ。ここでなら、僕も少し楽に息ができるだろうか。