銀杏並木の毒舌な隣人たち

「何も言えないんだよ、麻美子。私は保健所で、あと一日もすれば殺されるところだったんだ。今、こうして生きている。それだけで十分幸せなんだよ」

 麻美子が一瞬瞬きをして目線を下げると、そこにいたはずの犬の姿が消えていた。

「あの頃の私は、まだ子犬だった」

 振り向くと、数歩後ろのガードレールの上に、背を丸めた老犬が座り、器用にタバコを燻らせていた。

「飼い主の彼も、あんなに喜んでくれたのにね。……いつの間にか、私は彼の寿命を追い抜いてしまったよ」

 「それは……」

 麻美子は「しょうがないことじゃない」と続けようとして、どうしても言葉にすることができず、静かに目線を落とした。

 生き物の命の宿命を突きつけるには、老犬の背中が背負う時間は、あまりにも長くて優しすぎたからだ。

 老犬がふうっと煙を吐き出すと、次の瞬間には、最初から一歩も動いていなかったかのように、再び老人の持つリードの先に静かに佇んでいた。

「いいかい、麻美子。生きている。それだけで、君の勝ちだよ」