「で、でもさ、それなら友だちのままでよくない? なにも僕の彼氏にならなくったって」
尊がどれほどいい奴かは、誰よりも僕がいちばん知っている。
顔がよくって勉強も運動もできる尊。なんだかんだ言って面倒見のいい尊。
そんな尊とお近づきになりたいのは女子だけじゃない。男子の中にも尊に惹かれる人は大勢いる。
それなのに、尊は僕をいちばんの親友だって言ってくれる。他の人に誘われても、僕との約束を優先してくれる。今日みたいに僕をサポートしてくれる。
でも、だからって、なにも尊が僕の彼氏になる必要はない。そこまで僕のためにしてくれなくていい。
尊の言うとおり、僕と彼女が上手くいかなくたって、利用されるだけされたとしたって、それは僕の問題だ。僕のために尊を犠牲にするわけにはいかない。
思わず肩がびくっと跳ねた。
腰の横においていた手に、尊の手が重なったからだ。
「高校生の友だち同士は手をつながないんだろ。でも、彼氏なら手をつないでもおかしくない」
その理論には無理がないか。
「男と男が人前で手をつなぐのは……ちょっとどうかと思うよ」
尊は不思議そうに首を傾げた。
「なんで? 彼氏と彼氏なら手をつなぐくらい普通だよ。女子なんて、友だち同士でもよく手をつないでるじゃない」
それはそうなんだけど、高校生男子が手をつないで歩いていたら、みんなびっくりして見てくるんじゃないだろうか。
「映画も、遊園地も、女子より俺といったほうがずっと楽しい。手だってつなげる。なにより、俺は空を利用したりしない」
自信たっぷりの笑顔を向けられて、僕は唸った。
尊にこんなプレゼン能力があったなんて。営業職に就けば、契約をガンガン取ってきそうだ。
だからといって、「じゃあ、尊を彼氏にします」と言うわけにはいかない。
僕にとっては好条件かもしれないが――いや、僕が欲しいのは彼女であって彼氏じゃないんだから、好条件とは言えないかもしれない。
それはともかく、僕が言いたいのは、僕の彼氏になるメリットが尊にはなにひとつない、ということだ。
「尊、僕のためにそこまでしてくれなくていいよ。僕とちがって、尊の彼女になりたい子はたくさんいるんだから。非モテの幼なじみに同情してくれるのはありがたいけど」
「同情なんかじゃないよ」
僕の手を握っている手に力がこもった。
至近距離からまっすぐに見つめられて、心臓がとくんと跳ねる。
まるで、少女マンガのワンシーンみたいなシチュエーション。僕が女の子だったらだけど。
とくんと跳ねた心臓は、定位置へ収まるのを忘れてしまったみたいだ。どくんどくんと落ちつきがない。
「た、尊、僕が彼女としたいのは、映画とか遊園地だけじゃないんだよ。手をつなぐだけでもない。手をつなぐ、その先のことだってしたいんだから」
尊にはできないだろ、と続けようとしたのに、いっそう近づいてきた顔に言葉がつまった。
「た――」
睫毛の先で尊の前髪がさらりと揺れた。鼻先に鼻先がかすめて、唇と唇が触れた。
呼吸が止まった。
――いま、キスされた?
「手をつなぐ、その先のことだって俺とすればいいよ。キスより先のことも」
尊はにっこりと微笑んだ。
見慣れているはずの笑顔なのに、見知らぬ男のように見える。
キスより先って――
僕は尊の顔を凝視した。
キスも、キスより先も僕とできる。それはつまり。
「――尊、ひょっとして、まさかのまさかだけど、僕が好き、だったりする?」
「好きだよ」
即答だった。
笑みはそのままに、瞳に熱がこもる。
「空のことが大好きなんだ。お人好しで、鈍感で、誰にでもやさしくできる空のことが。そんな空を応援したいってずっと思ってた。でも、もうできない。彼女も彼氏も作って欲しくない。どうしても欲しいなら、俺を彼氏にしてよ」
驚いた。驚いたなんてものじゃないくらい驚いた。
なにか言わなくちゃと思って口を開いたが、なにを言えばいいのかわからない。
僕がバカみたいに口をぱくぱくさせていると、尊は言葉を続けた。
「……ほんとうは諦めるつもりだったんだ。『彼女が欲しい』が空の口癖だからさ。男の俺じゃあ、どうがんばったって彼女にはなれないから。空が幸せになってくれるんならそれでいい。俺は近くで空を見守っていようって、そう思ってた。でも――」
尊の手にますます力がこもる。ちょっと痛いくらいだ。
「彼女ができたら空はほんとうに幸せになれるのかな。幸せどころか、逆に不幸になるんじゃないかな、ってだんだん思うようになってきたんだ」
「……なんで?」
やっと声が出せた。
いや、聞くまでもなくわかってる。僕に彼女ができると不幸になる理由は、さっきさんざん聞かされたのだ。
なんで、と問いかけたのは、それしか言葉が出てこなかったからだ。
「お人好しなのは空のいいところだけど、度が過ぎると自分自身が不幸になるだけだよ。俺、はっきり言って花田にけっこうムカついてるからね。俺の空をいいように使いやがって、って」
尊とは長いつきあいだけど、所有格をつけて名前を言われたのはいまが初めてだ。

