「……彼女が欲しい」
僕がぼそりと呟くと、
「彼女なんて、空にはまだ早いよ」
お決まりの科白が返ってきた。
机に座って僕を見下ろしているイケメンを、じろりと睨みつける。
「早いってなんだよ。僕と尊は同じ歳だろ」
イケメンこと早瀬尊は、僕より三ヶ月ほど遅く生まれた、紛れもない同じ歳、同じ学年、同じクラスの幼なじみだ。
僕が「彼女が欲しい」と切実な願いを口にするたび、尊は「空にはまだ早いよ」と言ってくる。
僕も尊も高一なのに、尊は小学校のときすでに彼女がいたのに、理不尽だ。
そりゃあ、僕と尊じゃあ身長が十センチも違うし、身体つきだって尊みたいにしっかりしていない。勉強も、運動も、尊のほうが優れている。
顔面偏差値は、哀しいけれど比較にならない。
わずかに垂れ気味の二重の瞳、すっと通った鼻筋、少し大きめの唇が、バランスよく配置されている尊。子供のころからイケメンだとかかっこいいだとか美形だとか、さんざん言われてきた尊。
僕に向けられる褒め言葉は、素朴だとか愛嬌があるとか、せいぜいそのくらいだ。
でも、僕たちは同い年だ。尊が彼女を作っていいのなら、僕だっていいはずだ。
「空はたんじゅ――純粋だから。悪い女にひっかかって、少ないおこづかいを貢がされちゃうかもしれないし」
おい、いま単純って言おうとしただろ。
「空は人がいいからさ。彼女なんか作ったりしたら、上手く利用されそうで心配なんだよ」
整った顔に浮かんだ微笑は物憂げで、いかにも幼なじみを心配してます、といった感じだ。が、バカにされている気がしてならない。
「いまだって、花田に頼まれてそんなことやってるし」
パチン、とホッチキスの音が教室に響いた。
放課後、薄暗くなりかけた教室にいるのは、僕と尊のふたりだけだ。
僕の机には三種類のプリントが載っている。ついでに言えば、尊の尻もだ。
「花田さん、今日は用事があるって困ってたからさ。お願いされたら断れないだろ」
三種類のプリントを一枚ずつワンセットにして、ホッチキスで留める、というのが僕の引き受けた仕事だ。
修学旅行に関する注意事項が書かれたこのプリントは、明日の朝、生徒に配ることになっている。今日中にホッチキスで留めて、教卓へおいておかなければならない。
ほんとうは集配係の花田さんと村上の仕事なんだけど、花田さんは用事があるし、バスケ部所属の村上は部活動が忙しい。
「花田に頼まれごとするの、今日で何度目だよ。空が雑用を引き受けるのは、花田だけじゃないけどさ。……どんな用事があるか、花田に訊いたの?」
「ううん、訊いてない。大事な用だって言ってたから」
「花田の用事って、ただのデートだよ。鶴見に彼氏がいるんだって」
鶴見は、うちの学校から数キロ離れたところにある男子校の名前だ。
そうか、花田さん、彼氏がいるのか。可愛いから当然か。
「そうなんだ」
「そうなんだ、って、言うことそれだけ?」
「彼氏さんとデートできてよかったよ。引き受けた甲斐があった」
「……空さあ」
百回分の溜め息を呑みこんだような声だった。
手許から顔を上げると、尊は呆れきった表情で僕を見下ろしていた。
「なんだよ」
「……や、まあ、そういうところが空のいいところなんだけどさあ」
含みのある言葉だった。
幼なじみがなにを言いたいのかよくわからない。
尊は机から下りると、隣の席の椅子を引き寄せて座った。
「手伝うよ。一枚ずつ取って、ホッチキスで留めればいいんだろ。俺が三枚ずつまとめるから、空はホッチキスで留めていって」
「尊、ありがと」
僕が人の手伝いをしているといつもぶつぶつ言ってくるけれど、最終的には手を貸してくれる。
尊はほんとうにいい奴だ。
にこりと微笑みかけると物言いたげな視線が返ってきたが、尊はなにも言わなかった。

