Just-Ice ~明星注ぐ理想郷にて~

 フェイバルとヴァレンはバリケードを見渡す。そこには幾つもの死体が連なるものの、フェイバルは直感的に生きながらえている者の存在を悟っていた。
 「マフィアの人間ともなれば、そこそこの魔法の使い手だ。こんなことで死んじゃくれねーだろうな」
 「……ですね」
そうして二人は慢心することなく、バリケードの隅から反対側へと踏み入った。
 そこに広がるのは、バリケードにあらゆる備品を投入したせいで、更に殺風景へと化した大空間。床にはあらゆる薬品や粉末、年季の入った木箱が散らばる。それでも、やはり目的の人影だけは依然として見当たらない。
 「誰も……居ねーな」
 二人の視線は、自然と吹き抜けの上層へと移る。それはもし敵がこの地下で息を潜めているのなら、きっと高所からこちら側を見下ろせる位置が適切であろうという、経験から培われた堪による結論であった。
 そしてその堪こそが、逆手に取られる。二人の背後に佇むバリケードからは、微かに何かの軋む音が響いた。
 フェイバルは反射的に体を後方へ捻りながら声を荒げる。
 「――ヴァレン! 後ろだ!!」
束の間、バリケードの根元へ立て掛けられたデスクの天板が吹き飛ぶ。そこで息を潜めていた巨漢は拳を振りかざし、真っ直ぐにヴァレンの元へと飛び掛かった。
 ヴァレンは身を捻りながらも、間一髪で防御魔法陣を展開する。しかながらら、その奇襲はあまりに完璧だった。体勢の悪い状態で展開した防御魔法陣は、男の振り下ろした拳によって忽ち粉砕される。相殺しきれなかった衝撃は、ヴァレンを空間の更に奥へと吹き飛ばした。その後やや遅れて、衝撃音が地下へと響く。
 フェイバルは男の照準をこちらへ引き付けるべく、光熱魔法・烈線(レーザー)で反撃した。一筋の熱線は、高速で敵の胸元へと伸びる。しかしその巨漢は、見てくれに反した軽い身のこなしでそれを難なく回避した。それはすなわち、ヴァレンと同じ強化魔法に拠るもの。
 高水準の強化魔法。巨躯ながらも、その気配を消し去る技術。その男こそが、マフィアと繋がる人物。フェイバルはここで確信を抱いた。
 巨漢は懐に忍ばせていた木片を咄嗟にフェイバルへと投擲した。男は容易くそれを見切り、防御魔法陣をもって防いだ。
 そのとき巨漢は不敵な笑みを浮かべ、突然フェイバルに語り掛ける。先の攻撃はどうやら、ただの挑発だったらしい。
 「まさか国選魔導師がお出ましとはなあ。俺がお前を壊せば、首領(ドン)も認めてくれるだろうよ……!」
フェイバルは凜としてそれへ応じる。
 「なんだ、俺の事知ってんのか」
 「当たり前だ。裏の世界の人間ってのは案外、ギルド魔導師に詳しいもんだぜ」
 「なるほど、一方的に知られてるってのは不利だなぁ。俺がお前について知ってることは、お前が王都マフィアの人間だってことぐらいだわ」
 「そうかい。なら、その記憶だけ抱えて逝けや――!」
 そして男は外見に似合わぬ素早い動きで、フェイバルとの距離を一気に詰める。それでも彼は至って冷静に、敵の魔法を的確に分析した。
 「強化魔法・剛力(ストロングス)に俊敏(アクセル)。典型的な肉弾戦の型だな」
 分析を経て、フェイバルは臆せず魔法陣を展開する。深紅の魔法陣と大きな拳が激突すればその刹那、空間には肉の焼けた匂いが充満した。
 巨漢は後方へと一時退避する。フェイバルは魔法陣を閉じると、鋭い視線を突き刺して呟いた。
 「……ただの防御魔法陣じゃねーから、拳使うなら気を付けてくれや」
気付けば巨漢は拳は高熱に晒されて爛(ただ)れ、その原形を失っていた。肉は束の間にして焼け落ち、歪んだ骨が露出する。
 熱魔法・帯陣(ウェア)とは、魔法陣本体へ高温の熱を宿す術。一見すれば、本来は無属性である防御魔法陣と違わないものの、安易に触れれば熱傷は免れない。防御と同時に反撃を引き起こすこの魔法は、肉弾戦を得意とする者へ絶大な効果を誇った。
 巨漢は失われた拳に耐えかねて思わず狼狽(うろた)える。それを好機と見たフェイバルは、直ぐに追撃へと転じた。
 すかさず展開される魔法陣はフェイバルの脚を包む。熱魔法・装甲(アーマー)を纏った右脚は、巨漢の腹へと突き刺さった。
 為す術無く一撃を受けた巨漢は軽々と吹き飛ばされ、ついにバリケードへと激突する。バリケードは男の体と共に吹き飛ばされ、そのまま溶解した扉の方へと弾き出された。
 そして空間は静まり返る。フェイバルは敵の気絶を悟り、そのままヴァレンの元へと向かった。
 空間の奥まで進めば、フェイバルは体勢を低くして潜むヴァレンと邂逅する。彼はふと彼女を気遣った。
 「ヴァレン。無事か?」
 「はい。ご心配お掛けしました」
 その間にもヴァレンは、治癒魔法を行使する。先の攻撃で頭部からは血が滴るが、外傷を癒やすことの出来る魔法は、そんな怪我さえも克服した。



 「……こんな無様じゃあ……死に切れねーんだわ……」
 巨漢は薄れゆく意識の中、たまたま手の届く場所にあった木箱を漁る。そしてそんな偶然が、最悪の戦況をもたらした。
 「……首領(ドン)……俺ァ……あんたのガキだ……だから……あんたの為なら……!」



 廃工場の地上にて。玲奈とダイトは、暗闇の中を歩き続けた。右手には大きなコンテナ群。左手には工場建屋。二人は引き続き残り三人の見張り番を探すが、一向にそれらしき人影は現れない。
 玲奈は妙な疲労感を覚えつつも、小さな声で零す。
 「あと三人……いないね……」
 「そうですね。こればかりは闇雲に探すしかないです。根気強くいきましょう」
 「……そうね」
そのときダイトは、息切れが続く玲奈を気に掛けた。
 「レーナさん、少し休憩しますか? 軽度ですけど、魔法負荷の症状が出てます。きっと倦怠感もあるでしょう?」
 「……大丈夫……行こう」
 その返答は、決してダイトの不安を取り除くことの出来るものではない。それでも彼は、彼女の意思を尊重することにした。
 「……なら、行きましょう。もっと多くの敵を前にしているであろうフェイバルさんが、もう先に全部片付けちゃった、なんて事になったら、俺たちのメンツが立たないですからね」
 そうしてふと威勢付いたその刹那、まるで狙い澄ましたかのように、探し人らは現れる。工場建屋の屋根から音も立てずに奇襲を仕掛けたのは、二人の見張り番。その手には、分厚い刃を備えた魔法剣が握られていた。
 魔法剣とはすなわち、魔力を宿すことでその威力を爆発的に上昇させる剣型の魔法具。大陸では魔法銃に並ぶ、代表的な武器である。
ダイトは己の防御以前に、玲奈をコンテナの隙間へと投げ飛ばした。更にはこの短い猶予の中で、鉄魔法・装甲(アーマー)をも行使する。
 束の間、二本の魔法剣がダイトを狙った。それでも彼は鋼鉄の両腕を挟み込んで、その刃を受け止める。激しい火花が散り、耳を刺すような金属音が響いた。
 直後、見張り番の男たちは直ぐにダイトから距離を取る。それは劣勢故の退避ではなく、着実に敵を狩る為の戦略。
 ダイトは腕の灼熱感を覚えた。刃を防いだ腕の鉄装甲は完全な防御に至っておらず、むしろ深い傷が刻まれる。血の滴りからも、相当な損傷が窺えた。
 ここでダイトは自らの窮地を理解する。それは今までの見張り番とは全く異なる、眼前の敵の圧倒的な魔力。
 見張り番の男らは、ダイトがそれを理解したことを察して醜悪に笑う。
 「――こりゃすげぇ。俺の魔法じゃねーみたいだ」
 「――地に堕ちた天使の涙とはよく言ったもんだな」
 男らは興奮したまま再び剣を構えると、また息を合わせてダイトへと接近する。思わず怯んだ彼はまたも防御魔法陣の機会を失い、また鉄魔法・装甲(アーマー)を頼った。
 男たちが繰り出す激しい連撃は、その物量も威力も先程の比ではなに。それでもダイトはただ、鉄を纏った肉体をもって耐え抜くことを強いられた。
 無情にも、彼は完全に窮地へと追い込まれる。攻撃を受けるたび、鉄装甲は着実に消耗した。
 そしてそのとき玲奈は、体勢を立て直してコンテナの陰から様子を伺う。脳裏を巡るのは、交錯して絡み合った思考たち。
 (私は……何をすれば……)
 (決まってる……ダイト君を助けなきゃ……)
 (でも……どうやって? 私に何ができるの??)
 この有事にして、様々な思案が頭を巡る。しかし彼女は、あまりに無力だ。魔力負荷なるものを発症しているうえに、下手な魔法を撃てばそれでダイトを攻撃しかねない。そもそも、まだ満足に魔法を繰り出せたことすら無いのだ。
 そんな中でも、ダイトの鉄装甲はみるみると消耗してゆく。男の切り傷は次第に増え始め、あらゆる箇所から出血を伴い始めた。
 (何か……何か私にできることを……!)