8月32日のあなたと

『 風夏へ  

突然のお別れになってしまって、まだ実感が




ここまで書いたところで、秋帆は一旦、ボールペンを置いた。

幸い、秋帆は事故から2週間で退院できた。

衝突の直前、トラックが急ブレーキをかけ、大きくハンドルを切ったおかげで、奇跡的に重傷を免れたらしい。

秋帆の精神状態を考慮し、葬儀は、風夏の親族だけで執り行われた。

学校にも通えるようになった今、風夏のお墓に供える手紙を書いているところだった。

秋帆は、書きかけの便箋(びんせん)をぐしゃぐしゃに丸めて、ゴミ箱に放り投げた。もうこれで4回目だ。

言いたいことは山ほどあるはずなのに、それを的確に表せる言葉が見当たらない。

先に、退院の時に日用品を詰め込んでいたバッグの中身を整理することにした。

「…あれ?」

奥底に眠っていたのは、使い切りカメラだった。それを手にした瞬間、ひまわりの香りがかすかによみがえった。

これは8月32日で使っていたあのカメラだった。フィルムは全て巻き上げられていた。

秋帆は、じっとカメラを見つめる。

このカメラの中のフィルムに、風夏の姿が焼き付けられている。

はしゃぐ横顔も、照れた笑顔も、儚げな背中も、あの夏の思い出が詰まっている。

それは宝箱であり、パンドラの箱でもあった。

これから何をしようとも、風夏には2度と会えないのだ。

風夏は亡くなった。

でも確かに、秋帆の手に、記憶に、心に、風夏の生きた証があった。あの夏を一緒に過ごした証があった。

カメラの重みと手触りが、秋帆に、その事実を静かに訴えかけている。

「ちゃんとそばにいるよ」とカメラ越しに風夏が語りかけているようにも思えた。

秋帆には、明日がある。

9月1日、9月2日、9月3日…と、月日が進み、季節が巡って、歳をとる。

そして風夏にも、形は違えど、きっと明日があるはずだ。

風夏は、きっと生きている。

あの夏の中で、きっと今日も生きている。

そう直感した。

あの夏は夢なんかじゃなかった。

風夏だけが作り出した夏でもない。

あの夏は、二人のささやかな願いが生み出した、奇跡のような夏だったのだ。

秋帆は改めてボールペンを握った。白い紙の上を流れるペン先に、迷いはなかった。


秋に向けて帆を張った船は、そよ風を受けて夏を発(た)った。