一葉は窓際のカウンター席のお客さんのオーダーである【フルーツたっぷりふわふわパンケーキ】とブレンドコーヒーを運び、一緒にトレイにのせてあるナイフとフォークとティースプーンが入った籠と、固形の茶色い砂糖が二つとミルクを添えた小皿を慣れた手つきで並べていく。
「大変お待たせしました。フルーツたっぷりふわふわパンケーキとブレンドコーヒーです。以上のご注文でお間違いないでしょうか?」
「……はい、だいじょぶ、です」
高校生くらいの小柄で薄いピンク髪のポニーテールの女の子は、目の前に置かれたパンケーキではなく、なぜか一葉の方をなにか言いたげな様子でじっと見上げて来る。おひとり様は多くはないが、高校生のおひとり様は珍しいので彼女のことはよく知っていた。日曜日のこの時間に必ずやって来る常連さんである。
「あ、あの……っ」
「はい?」
「あ……えっと、……ありがとう、ございます」
「こちらこそ、いつもありがとうございます」
大きな灰色の瞳。可愛らしい容姿ではあるがどこかぎこちない表情の女の子に、一葉は得意の営業スマイルで「ごゆっくりどうぞ」と軽く頭を下げた。
色んな層のお客さんが来店するこの【Cafe:iRiS】は、住宅街にひっそりと佇む個人経営のカフェである。
近所の常連さんや家族連れ、雑誌やネットを見て訪れてくれる新規のお客さん、店員目当てにやってくる、ミーハーだけどしっかりお金を落としてくれるリピーターの上客と、様々である。
女子の割合が多いのは言わずもがなだが、店長が厳選した、オリジナルブレンドに魅せられたコーヒー好きの間で情報共有されているらしく、中年や高齢の男性客も少なくない。
なによりも、葵が毎朝手作りしている【本日のケーキ】を求めにやってくる客も多い。味はもちろん見た目も楽しいケーキが食べられるという特別感がウケている。ちなみにパンケーキやパフェも同じくらい人気で、店内ではそちらを頼み、持ち帰りでケーキを買っていくお客さんも少なくない。
雑誌に取り上げられたことでさらに有名になり、オープンしてから一年目で人気のカフェに。それは三年経った現在も変わらない。
「オーダーいいですか?」
「はい、少々お待ちください」
後ろで声をかけられ、一葉は手元の端末で提供済みを押し女の子の横にある端末に送信する。送信を確認し、次のオーダーを伺うべく二人がけの席へと向かった。
(あの子、大人しそうだけど良い子なんだよな〜)
たどたどしくもちゃんと御礼を口にしてくれることや、会計の時も「ごちそうさまでした」と必ず言ってくれる。最近の高校生って礼儀正しいんだな、と感心していた。おそらく近所の子なのだろう。
いつも一人なのは気になるが、よほど葵の作るパンケーキが好きなのか、三種類あるパンケーキを毎回順番で頼んでいるようだ。
「オーダー入ったよ」
カウンターに戻ると、ほとんど喋らない竜星が葵となにか話していた。どうやらバイトくんの話のようで、今日はなにかと話題に上がってるなと一葉は首を傾げた。
「バイトくんの名前? そういえば俺も聞いたことないかも」
普通に考えてあり得ないことだ。ほぼ半年働いてもらっている従業員で、なんなら流星よりも会話を交わす回数が多い。それなのに誰も名前を憶えていないなんて……。
皆が「バイトくん」とか「後輩くん」と呼んでいるせいで、彼の名前を口にする機会がないだけ……というのもおかしな話だ。
「斎宮さんなら知ってるでしょ? さすがに。今まで全然気にしてなかったけど、そんな風に言われたらめちゃくちゃ気になるじゃん! あとで訊いてみよっと」
「採用したのはあの人だし、個人データも保管してるだろうからね」
「………本人に訊けばいいのでは?」
竜星がぼそりと正論を口にするが、今更「君の名前なんだっけ?」なんて、本人に訊けるわけがない。一葉も葵も「それはない」と首を振った。
斎宮が店に来るのは葵が退勤する午後五時前。仕込みもあるため葵は開店の二時間前からいつも店にいるため、入れ替わりで閉店まで厨房を担当するのだ。基本的に店が回らないくらい忙しい時以外は残業はしないというのが店の方針である。
「カフェラテと本日のケーキです。あと、ケーキはこれでラストです」
「オッケー了解!」
土日祝日は二種類用意してあり、本日のケーキは【レアチーズケーキ】と【フルーツタルト】だったが、どちらも完売したようだ。
ケーキとコーヒーは持ち帰りも行っているので、三時過ぎにはいつも売り切れてしまう。時間的にもデザート系や軽食系が出る時間帯なので、また厨房が忙しくなる可能性が高い。
店員との会話を楽しみたいお客さんも多いため、端末は使うがオーダーはホール担当が受けに行くスタイルで、お洒落で可愛らしい店内と落ち着いたピアノのBGMが流れている。
「お会計をお願いします……」
三十分ほど経って、ピンク髪の女の子がレジにやってきた。手が空いていた一葉は端末を受け取り、決済画面を開いてレジにかざす。透明な画面には注文の品と金額が浮かび、専用の端末に女の子はスマホを置いた。同時に決済完了のボタンを押して会計を終える。
「ありがとうございました〜」
「……ごちそうさまでした。あの、」
女の子はまたじっと一葉を見上げてきて、言いかけた台詞の続きを口をぱくぱくさせていた。それはいつまでも音としては発せられず、女の子は最後には俯いてしまった。
「…………また、来ます」
「うん、また来てね!」
一葉が明るくそう言うと、女の子は顔を上げてわかりやすく戸惑っていたが、気持ちが落ち着いたのか小さく笑ってくれた。一葉はあくまでも店員と客として接したつもりだったが、なにか間違っていたのだろうか。
「……が……ないと、」
ぽつり、と帰り際になにかを呟いた気がしたが、一葉にはよく聞き取れなかった。女の子は長いポニーテールを揺らして軽く会釈をすると、ゆっくりと扉に手をかけ店を出て行くのだった。



