オーダーの【フルーツたっぷりふわふわパンケーキ】をトレイにのせて、一葉に手渡しながら葵は窓の外で話し込む朱莉とバイトくんの姿を見つけ、はて? と首を傾げた。
「あのふたりって、あんなに仲良かったかな?」
「誰と誰の話?」
一葉はカウンター越しにオーダーのパンケーキを受け取り、葵が言う"ふたり"に関して、誰と誰のことを指しているのかまったくわかっていなかった。しかし視線を追って窓側の方を見てみれば、その答えがすぐに判明する。
「なんか可愛いよね。微笑ましいっていうか。お花ちゃんとわんこくんって感じで」
「ああ、それマジでわかる……特にバイトくんのわんこ感が、いつもより増して見えるんだけど?」
店先で仲良く話し込んでいる姿を目にした一葉は、うんうんと大きく頷きながら同意する。
「朱莉ちゃんのことに関しても、バイトくんは特に気にしてないみたいだし、ホント良い子だよね」
「それな〜。俺たちだって最初はさすがに戸惑ったけど、バイトくんは初日から特に気にしてなかったよな。同じ大学だから知ってた、とか?」
朱莉に関してはオーナーの斎宮から予め事情を聞いていたのだが、葵も一葉も最初はどう接すればいいか迷ったくらいだ。ただ、本人があの感じなので、数日後には慣れてしまった。
「ってか今日のバイトくん、なんか変じゃなかった? いつもよりも騒がしかったっていうか。こう、違和感? 的な?」
確かに、いつもは自分の仕事をこなすだけで厨房のことなど気にかけたりしないのに、今日に限ってあんなことを突然言い出すから、葵も珍しく言葉を選ばないで発してしまった。
「とりあえずオーダー運んできてくれるかな?」
「あ、そうだった!」
にっこりと葵はオーダーがのった黒いトレイを指差して、やんわりとした口調で指摘する。話をふったのは自分だったわけだが。それとこれは別だ。
「……雨月さん、少しいいですか?」
「おや、珍しい。どうしたの?」
普段、用もなく口を開くことがない塔山 竜星が自ら言葉を発したため、葵はそのように訊ねた。
竜星は、厨房からオーダーを渡すためにカウンターに出てきていた葵に対して、表情の一つも崩さずに真顔で見下ろしてくる。従業員の中でも一番背が高く、長い前髪のせいで瞳が隠れていることもあり、申し訳ないがまったく表情が読めず葵は苦笑を浮かべるしかない。
彼がエンジニアを目指しているということは、オーナー兼店長である斎宮から聞いているが、本人がそれについてなにか語ることもないため、彼に関しては四年ほど働いてもらっているが、必要最低限の情報しか知らないのが現状だ。
「……パネルの調子が悪いみたいで。一旦オーダー止めてもらっても?」
「どのくらいかかりそうかな?」
「十分か、十五分くらいあれば……ある程度調整できるかと」
葵は一葉にその旨を伝え、一旦飲み物のオーダーを止めてもらう。その間に注文を待たせてしまうお客さんには、店頭販売用の焼き菓子をひとつサービスすることにした。
竜星がパネルの調整を手早く終らせてくれたおかげで、オーダー待ちは三件ほどで済んだようだ。あとは一葉が上手くやってくれるだろう。
「そういえば、だけど。あのバイトくんの名前、竜星くん知ってる?」
「……いえ、自分はあの子と話したことないので」
「だよね。今まで全然気にしてなかったのに、なんで急にそんなこと思ったんだろう?」
「……さあ。俺に訊かれても」
「あはは。だよね、ごめんごめん。ホント、今日はなんだかおかしな日だねぇ」
葵は半年近く一緒に働いているはずの従業員の名前が、まったく頭に浮かばないことに今更ながら気付くのだった。



