【Cafe:iRiS 】〜乙女ゲームのヒロインや攻略対象と仲良くなる世界線はありですか?〜



 午後二時五十五分。

「バイトくん、もうすぐ上がりの時間だよね?」
「え? あ、ええっと、おそらく?」

 店内も少し前くらいから落ち着き始め、カウンターも今は特に動きがなかった。直前までお会計でレジ操作をしていたましろは、後ろからかけられた声に対して首を傾げた。

 自分のシフトを把握していないのもあるが、モブに転生してまだ約五時間。身元さえ不明だというのに、恐れていた事態が発生する。

「三時からは竜星(りゅうせい)くんが出勤するから、入れ替わりで上がっていいからね」

 塔山(とうやま) 竜星(りゅうせい)。口数が少なく無表情という個性を持つ、攻略対象である。接客は絶対に向いていないはずだが、強面なのに顔は良いのでクール系男子として人気。笑顔がなくとも女性客や家族連れ、近所の常連さんが多いこの店では特に支障はないという。

「朱莉(あかり)ちゃんもお疲れ様。今日はほとんどミスなく頑張ったね」
「あ、ありがとうございます! 上坂(こうさか)さんがフォローしてくださったおかげです。後輩くんもありがとう」
「あ、い、いえ! 俺は取説通りに作業してただけなんで、全然」
「そんなことないよ? 注文を間違えて違うテーブルに運んじゃった時、焦ってた私の代わりにすぐに対応してくれてすごく助かったよ〜」

 そうなんだ、と一葉が意味深な視線をこちらに向けてきたが、彼を背にしている朱莉はまったく気付いてすらいない。

(いやいやいや。モブに嫉妬とかあり得ないから! ヒロインは疑う余地もなくあなたが大好きなんだから、自信持って‼︎)

 誰からも好かれる性格で、友だちも多いとプロフィールにはあったはず。そういうキャラは今までの経験から、好奇心旺盛でなににでも興味があるか、逆に誰にも興味がないかのどちらかのタイプが多い。この感じからして、特別な子に対して強い執着心があるキャラということだろうか?

(ゲームを進めないとわからないタイプのキャラってことか……そういえば、今ってヒロイン的には何ヶ月目くらいなんだろうか)

 乙女ゲームの学園ものなら大体三年。ファンタジー系だと年数というよりも問題を解決するまでの過程の中で、キャラとの親交を深めるのがテンプレだ。今回の場合は大学卒業までだろうから、だいたい四年くらい?

「……おはようございます」

 そんな中、低くて暗めな声がスタッフルーム側から発せられる。ここにいる従業員の中でも一番背の高い青年が、のそのそと姿を現した。

「おはようございます! お疲れ様でした!」
「お疲れ様でした〜」

 逃げるようにスタッフルームに駆け込もうとしたのに、朱莉もカウンター側に回って来ていて、結果一緒に退勤する羽目に……。おかげで新たな攻略キャラを観察する機会を逃してしまう。

 塔山竜星は、乙女ゲームが好きな人間なら攻略しない選択肢はない「ヒロインに無関心なキャラが終盤からヒロインにだけデレる系」だろう、と予測していたキャラだった。

 黒髪に金眼。短髪だが前髪が長く、切ったら絶対にイケメンという保証付だ。ましろはすれ違った時に一瞬だけ視界に入ったのだが、言葉を交わすこともじっくりと眺めることすらできなかった。

 ましろの"推し"はもちろん葵だが、この乙女ゲームはどのキャラも良いので気になっており、全キャラ攻略予定だっただけに惜しまれる。

(今度シフトが被る時にでも話しかけてみよう!)

 スタッフルームは男女でロッカールームに仕切りがあり、どちら側からも見えないようになっている。ましろはオーダー用の端末で今が五月であることは知れた。ただ、このセカイの西暦? はイマイチ理解できず、どうしたものかと考える。

(えっと……たしか俺(モブ)はヒロインの一ヶ月後に採用されたんだっけ? ヒロインがバイトを始めてから何ヶ月目なのかがわかれば……)

 ロッカーの中に置いてあった自分の荷物らしきものを物色しても大した情報がなく、これではダメだと意を決してヒロインに直接訊くことにした。ちょうど彼女も着替え終わったようだ。

 朱莉は私服も可愛らしい。確かこのゲームの要素としてファッションもあったはず。攻略対象が好きそうな洋服のジャンルを着るのがデートイベントでのコツである。同じ洋服を連続で着て行くと好感度が下がるとか。よくある要素のひとつだ。

(女の子って大変なんだなぁ……って、感心している場合じゃないって!)

 店を出るタイミングは一緒だったので、特に不自然でもない。今しかない、とましろは「あ、あの!」と声が裏返ってしまったが、なんとか朱莉の足を止めることに成功する。

「どうかしたの、後輩くん?」
「は、はい。先輩はもうバイト慣れました?」
「私? うーん、慣れたかどうかって言われれば、もう半年も経つのに、コーヒーどころか水さえまともに提供できない劣等感に苛(さいな)まれてるよ〜」

 それはさすがにバイトとしてマズい気がするが、このゲームのヒロインだからという理由だけで許されていると思われる。
 
「ええっと、あれ? 先輩って今大学何年生でしたっけ……?」
「今年から二年生だよ? 後輩くんは同じ大学の一コ下だよね?」
「そ、そうでした! あはは〜。変なことを訊いてすみません」
「うん? 後輩くん、今日ずっと変だよ?」

 どうやらこのモブは十九歳でヒロインと同じ大学らしい。ヒロインの誕生日は五月だったはずなので、今月の何日かはさすがに憶えていないが二十歳の線が濃い。

 アルバイトはゲーム開始時は一日の行動アイコンの中でも鍵がかかっていることが多い。半年経っているということは、すでに何回かデートイベントをしている可能性もある。

「単刀直入に訊いてもいいですか?」
「う、うん? 質問によるけど、答えられる範囲で答えるよ!」

 真剣すぎる眼差しに身構えたのか、朱莉も胸元で両の拳を握りしめて頷いた。なんだこの可愛いヒロインは! と感動するのはその後だ。

「先輩、恋してますか?」
「ふぇ⁉︎」

 朱莉は思ってもいなかった質問に対し、漫画やアニメでしか聞かないような驚いた声をあげ、躓きかけて一葉に助けられたあの時のように、耳まで真っ赤になってしまうのだった。