【Cafe:iRiS 】〜乙女ゲームのヒロインや攻略対象と仲良くなる世界線はありですか?〜



 時刻は午前十一時。

「おはようございまーす」

 赤髪の青年がカウンターの奥にある厨房とは反対側の扉から姿を現す。正面から見て左側がスタッフルームで、カウンター側で作業をしていたましろは平静を装いつつも、緊張の面持ちでカチコチと挙動がおかしくなってしまう。

「おはよ、バイトくん」
「お、おはよう、ございます」

 明るい声でにっこりと屈託のない笑みを浮かべ、モブにも忖度なく挨拶をしてくれたわけだが、やはり名前を呼ばれるわけでもない。どうやら自分は、後輩くんとバイトくん、その二択らしい。

「おはようございます、上坂(こうさか)さん!」
「おはよ、朱莉(あかり)ちゃん」

 ヒロインのテンションとほぼ同じ波長を感じた。それはモブのましろに向けられたトーンとはわかり易いくらい違っていたので、これがヒロインと攻略対象キャラの交流の違いなのだろうと観察する。

(上坂(こうさか) 一葉(かずは)。プロフィールは、賑やかしい性格でノリも良く、人当たりも良い。男女問わず友だちも多く、年配のお客様や子どもにも好かれている。時折見せる暗い表情が意味深……だったっけ?)

 それぞれのキャラごとに解決しないといけない問題があって、そのイベントでの選択肢ももちろん重要だし、ヒロインのパラメーターも平均値以上に達しないとハッピーエンドに辿り着けないという、高難易度攻略キャラ。メイン攻略キャラといえば、大体これに該当する。

 クリア条件を達成できていなかったり、一つの選択肢の失敗がエンディングに関わってくるというアレだ。

(にしても、この二人が並ぶと眩しすぎる! 店の照度が上がってる気がしてならない!)

 現に、一葉が姿を現した途端、店内の空気が変わった気がした。朝から一時間以上滞在していた女性客たちがチラチラとカウンター側に視線を送ってくる。お目当ての推しに出会えて、心の中で「よっしゃ!」とガッツポーズをしていることだろう。

(その気持ち、めちゃくちゃわかる!)

 ましろは目を閉じて頷きながら、推しを目の前にしたお客さんたちに対して共感していた。一葉がホールに出るなり、「オーダーお願いします!」という声があちこちから上がる。これによって、最初の注文が控えめだった理由が判明する。

 忙しくはあったのだが、それは窓際のお一人様用カウンター席も含め、テーブル席がほぼ満席だったせいである。休日とはいえ開店と同時に半分以上が埋まり、三十分後には今の状態になっていたのだ。

 カウンター席は十席。二人がけ用テーブル(並べれば四人でも座れる)は十個で計二十席分。個人経営のカフェにしては、そこそこ席が用意されている気がする。

「今から順番でテーブルにお伺いしますので、端末から選択して送信準備をお願いしますね!」

 一葉はにこにこと営業スマイルでお客さんたちに向けて声をかけつつも、遠回しに「まず落ち着け」と言っている気がした。

「うわぁ……急にオーダーが増えた」
「まあ、いつものことだからね。さて、俺もこれから忙しくなるかな」

 厨房から顔を出して、葵が苦笑いを浮かべていた。待ってました、と言わんばかりにお客さんたちがランチの注文を始めたからだ。

「あ、俺も手伝いましょうか?」

 って、何を言っているんだこの口は⁉︎

 ましろは自然と口から出た自身の言葉に驚く。これはモブとしての発言というよりも、日頃のましろ自身の反射的なものだった。

(まずい! いつものバイトのノリで、反射的に言ってしまった……っ)

 元のセカイでは居酒屋のバイトをしており、盛り付けが単純な品や、食器を洗ったり食材を切ったりする調理補助的な作業も行っていた。人数が少ない時やお客さんが急に入って来た時など、臨機応変に動いていたましろにとっては仕方のないことかもしれない。

「うん、大丈夫。君も今からカウンターが賑やかしくなると思うから、そっちに集中してもらった方がいいかも。それだけでじゅうぶん助かってるよ」
「あ、はい! すみません、急に変なことを言ってしまって」

 その言葉はごもっともで、そもそもこのカフェのパティシエ兼厨房担当であるプロの葵がいるのに、自分など必要ないだろう。

 調理にも飲み物同様に熟練度があると思われるが、厨房にいかないと自分のレベルは確認できなさそうだ。カウンター担当だけのモブなんだとしたら、そもそも関われない可能性の方が高い。

(そういえば、葵ルートでしか厨房は解放されないってネットに書いてあった気がする)

 しかもそれは恋愛ルートに入ってかららしいので、信頼関係をちゃんと築けていないとどちらにしてもダメなはずだ。まだプレイしていない自分にはそのきっかけもまったくわかっていないが、もしヒロインが葵ルートを選択したら一緒に並んで指導している姿が見られるかもしれない。

「あ、す、すみません!」

 そんな中、朱莉の慌てた声で現実に引き戻される。ホール側を振り向くと、カウンター前で躓きかけ、前のめりになっている朱莉を片腕で支える一葉の姿が目に入った。まるでスチル絵を見ているかのような特別な絵面に、店内の空気が数秒止まっている気さえした。

「大丈夫? 俺がいてラッキーだったね」
「あ、え、ええっと! えっと、私、すみません! わざとじゃないんです!」
「そんなの見てれば誰でもわかるよ。君が一生懸命で少しドジなのはいつものことだしね」

 一葉の眩しすぎる笑顔に、朱莉の色白な頬が真っ赤に染まっていく。さりげなくお客さんに説明しつつフォローまで。二人のその様子を見たましろは「あれ?」と首を傾げる。

 この過剰な反応は無自覚ヒロインにはかなり不自然だった。つまりもしかしなくても……。

(ヒロインの攻略相手って、一葉ってこと?)

 ふたりの貴重なシーンに感動していたましろだったが、直視しすぎたせいだろう。朱莉はましろと視線が重なるなりさらに真っ赤になり、勢いよく目を逸らされてしまうのだった。