月曜日。
今日は朱莉と二人で出かけることになっている。仮とはいえ恋人として二人きりで出かけるということは、つまりデートということになるが、これには諸々の事情があってのことであり、そこに恋愛的な要素はない。
朱莉は二つ年下。彼が【Cafe:iRiS】にやって来てからもう少しで一年が経つ。思えばお客さんとしてお店に来ていた時から気になっていた。空いていれば大体決まった席に座り、可愛らしい手帳を広げて楽しそうに何か書いている姿が印象的で。
「ありがとうございます!」
オーダーを持っていくといつも明るい笑顔でこちらを見上げてくるのだ。亜麻色のふわふわの長めのショートボブ。緑色の大きな瞳。可愛い系の洋服や小物も。彼女がそこにいると、その空間だけ特別に思えた。
「あの! 面接を受けたいのですが!」
掲示板に貼っていた『アルバイト募集』のチラシを指さして、期待の眼差しでこちらを見上げてきた。一葉は少し動揺したものの、いつもの笑みを浮かべて「ちょっと待っててね。オーナーと連絡取るから」と言って、斎宮に電話をかけた。
もしかしたら、あの瞬間から始まっていたのかもしれない。今まで動くことのなかった感情に、気付かないフリをした。
数日後、彼女を採用すると斎宮から聞かされ、一葉は素直に嬉しかったのを憶えている。そして彼女が彼女ではなく、彼だったことを知った。
(まあ、斎宮さんが採用するってことはそういうことだよな)
一葉もそうだが、葵も竜星も色々と抱えている問題があった。
一葉は高校生の時に母親が亡くなって以来、感情のコントロールがバグってしまい、笑うことはできても泣くことができなくなった。そして元々最悪だった父親との関係が改善されないまま、今に至る。
朱莉は心と身体に違和感のある子で、女性的な感性の持ち主。そんな自身の悩みを親に受け入れてもらえず、祖父のところで離れて暮らしていたらしい。現在は少しだけ改善されたようだが、完全に理解はしてもらえてはいないようだ。
葵は同性愛者で、この店がオープンする直前に別れた恋人を忘れられないまま、過去に囚われてしまっている。いつもの笑顔に隠され、なにを考えているかわからないところは、少し自分と重なって見えた。年上だがタメ口で話せる友人の一人でもある。
竜星は幼い頃に両親を亡くし、唯一の家族である兄と二人暮らしをしている苦労人。親戚の家を転々としていた過去があり、そこで色々と嫌な思いをしたと彼の兄が前に語ってくれたことがある。感情が顔に出ず、言葉も少なく、仕事はできるが接客には向いていない。
バイトくん。朱莉が採用された一ヶ月後に斎宮が連れてきた子。大学生。すぐに仕事にも慣れて、仕事ができる子という印象。誰とでも気兼ねなく会話をし、他の者たちの事情を知っても特に何か気にすることもなく、その場に溶け込むのが上手かった。
そんな彼が二ヶ月前から記憶喪失になり、前以上に自分たちと距離を縮め始めたのは記憶に新しい。今では葵のお気に入りであり、朱莉の視線の先には彼が必ずいて、あの竜星さえも懐いている。一葉はそんなみんなの変化を遠目で楽しみながらも、一線引いた場所から眺めていたのだが……。
「おはよう、朱莉ちゃん」
「おはようございます、上坂さん」
気付けば巻き込まれている自分がいた。
「今日はどこ行こっか。行きたいとこ、ある?」
一緒に出かける、というミッションが二人には課されており、このデートがみんなに筒抜けという状態で。
「ええっと……そうですね。じゃあ、動物園なんてどうですか?」
「いいね。俺、動物園なんて行ったことないから楽しみ」
なんなら遊園地も水族館も行ったことがない。
「じゃあ、行きましょう」
「うん、行こ」
自然に朱莉の左手を握って、一葉は歩き出す。
束の間の恋人。たったひと月だけの関係。
それでも。
朱莉が少しでも自分を見てくれたら、と淡い期待を胸にして。
期間限定の恋人として、この想いは隠したまま。
偽りの仮面を付け、隣で笑っていよう。



