【Cafe:iRiS 】〜乙女ゲームのヒロインや攻略対象と仲良くなる世界線はありですか?〜


 午後五時。

 出勤すると早速オーダーが入り、朱莉(あかり)がカウンターにやってきた。世間は夏休みとはいえ今日は平日。時間的にもお客さんは引いていたが、席は半分ほど埋まっていた。少し前に入れ替わりで葵が退勤し、今は斎宮が厨房に入っている。

「塔山(とうやま)くん、おはよう! オーダーお願いします」

 同い年の朱莉は、竜星(りゅうせい)の反応が悪くても特に気にするわけでもなく、みんなと同じように接してくれる。【Cafe:iRiS 】の仲間たちはそれぞれに抱えているものがあり、お互いに詮索することもない。

 朱莉が男性なのに女性の格好をしていることに対して、竜星が何か思うことはなく。各々の個性が許される職場であることに理解すら示していた。それは竜星自身がほとんど会話に参加しないことや、接客が得意ではないのに採用してもらっていることにも関係する。

 普通なら、倉庫作業や裏方に回されてもおかしくないくらい接客業には向いておらず、決められた接客用語を口にするだけの店員など、店にとってもマイナスでしかないだろう。

 しかしオーナーの向井(むかい)斎宮(いつき)という人は、そういう変わった人間や暗い過去を持つ人間を集めて、このカフェを開いた変わり者である。

「おはようございます」
「……おはよう」

 作業をしていた竜星に雛希(ひなの)が挨拶をしてきた。彼女もある意味、変わり者である。よくわからない理由で親のコネを使いアルバイトとして働く、不思議な子。

 あの飲み会の後から、彼女の情報はましろがみんなに共有しており、来週の月曜日に一葉(かずは)と朱莉が二人きりで出かける計画が進行している。

「今日は朝から一人で頑張ってくれてて、本当に新人さんとは思えないよ〜。私なんてもうすぐ一年経つのに失敗ばかり……雛希ちゃんを見習わないと、だよ!」
「そんなことないです! 環(たまき)さんはそこにいるだけで店内の照度が上がる存在なので、なんなら立っているだけで私のやる気が回復する効果が!」
「わ〜ありがと〜。そんな風に言ってもらえると私も頑張れる気がするよ〜」

 竜星と交わした挨拶のテンションからは考えられないような声量と、推しへの熱量が違いすぎる。心なしか周りのお客さんたちも、そんな二人の様子を微笑ましく横目で眺めている気が……。

「……水出しコーヒーと、アイスカフェラテ」
「ありがとう。じゃあ持って行くね!」

 トレイにのせて飲み物を提供する。朱莉は笑顔で「ありがとう」と言って、軽い足取りでテーブルに向かって行った。しん、と急に会話がなくなったカウンターの横で、雛希がじっとこちらを見据えてくる。あまり絡まれたくない竜星は、あえて「どうした?」などと問うことはない。

「塔山先輩はノーマークなので安心してください」

 どういう意味だろうか。
 竜星は眉を動かしつつも表情は無に近かった。

「モブ先輩は今日はお休みなんですよね……聞いて欲しいことがあったのに残念です」

 なぜそれを自分に聴こえるように話すのか。竜星は気にしないふりをしつつ、カウンター内を清掃しようと布巾を手に取った。

「ただいま〜。ましろくんがどうかしたの?」

 朱莉のましろアンテナが反応したのか、竜星の代わりに雛希に問いかける。雛希は「いえ、なんでもありません」と思わせぶりな態度で小さく笑みを浮かべた。聞いて欲しいこととは、まさに目の前の朱莉のことであり、それ以外の話題など二人の間には存在しない。

(……やっぱり。私が知らなかっただけで、このお店はモブ先輩を中心に回っている気がします。唯一例外なのは一葉さんでしょうか。あの方だけはずっと彼のことをバイトくんと呼んでますし、距離があると言いますか)

 雛希の考察では、第一に葵、第二に朱莉、第三に竜星がましろを見ている回数が多い。一葉はどちらかといえば朱莉を見ている回数が他の人よりも多く、それで好意がないと言ったら嘘になるだろう。

 朱莉が幸せになるかどうかは一葉にかかっているという結論は変わらない。しかし朱莉が望むのは、ましろと両思いになることなのだと。

(葵さんがモブ先輩に執着しているのは誰の目から見てもわかりますし……気付いていないのは本人くらいなのでは?)

 ましろの推しは葵なのだ。推しから告白されたら、きっと迷いなく応えるだろう。そうなれば、朱莉はどうやっても隙間に入り込むことすらできないのだ。

(先に環さんが告白することができたら……けれども、モブ先輩はきっと)

 朱莉に対して恋愛をすることはないだろう。だったら最初から期待など持たせず、朱莉を見てくれている一葉に託すのが最適解なのだと。この時の雛希は考えていた。

 朱莉の想いはおいてけぼりのまま、本人の意向は無視して。ただ、朱莉の幸せのためにと願っての行動だった。


 それがまさか、朱莉にあんな決断をさせることになるとは知らずに……。


□STAGE:4 〜END〜□