【Cafe:iRiS 】〜乙女ゲームのヒロインや攻略対象と仲良くなる世界線はありですか?〜



 ショッピングモールを後にして、ましろは竜星を連れて朱莉のおじいさんが経営する『喫茶びいどろ』にやって来た。ここから【Cafe:iRiS】までは徒歩で十五分くらいの距離なので、のんびり話をするには良いと思ったのだ。

 マスターと会うのは一週間ぶりで、朱莉との作戦会議で訪れたのが最後だ。定期的にデートの下見をしたり朱莉の話を聞いたりしているわけだが、次の約束はまだできていなかった。

「こんにちは、マスター」
「こんにちは、ましろくん。今日は朱莉と一緒じゃないんだね」

 マスターこと環(たまき)理人(まさと)は穏やかな性格がわかる目尻の皺が特徴的なカッコいいおじさんという印象がある。紳士的でなんでも話を聞いてくれそうな雰囲気も、ましろにはかなり好印象だった。

 にゃあ、と白猫のイリアもどこからか姿を現し、竜星の足に擦り寄っている。竜星と同じ金色のまん丸の瞳が可愛らしく、長い尻尾もぴんと立ててご機嫌な様子。そんなイリアを竜星はじっと見下ろしていて、お互いになにかわかり合っている感じがするのが面白い。

「竜星くん、もしかして猫好きなの?」
「そうなのかい? イリアは大人しいから触っても大丈夫だよ」

 勝手に猫好きにされている竜星だったが、なんとなく嬉しそうにも見える。いつもの無表情にほんの少しだけ柔らかさを感じた。ましろはマスターに目配せをした後、イリアを抱き上げて竜星と向かい合った。

「ほら、いい子でしょ?」

 ぷらんとだらしなく伸びた長いカラダ。真っ白で上品そうなのに人懐っこいイリアに、ましろは来るたびに癒しをもらっていた。

「猫カフェとか行ってみたくなるかも?」
「この街にあったかな?」
「意外とないかもですね。朱莉さんと色んなお店を見て回りましたが、カフェは数軒ありましたけど、猫ちゃんがいたのはここくらいかも?」

 朱莉の趣味がカフェ巡りということもあり、デートの下見の合間に立ち寄ったりしていたが、その中に猫カフェはなかった。

「竜星くん?」

 マスターとの会話が弾み入口で盛り上がってしまったが、本来の目的は竜星とお茶をすることだった。お客さんは数人各々の時間を楽しんでいて、読書をしていたりパソコンで仕事をしていたり。

 そんな中、竜星はじっとこちらをというよりイリアを見ていて、ましろはやっぱり猫好きなのかも? と思いつつイリアを床に戻した。

「……可愛いな」
「うん、可愛いよね!」

 竜星の口からまさか「可愛い」などというワードが飛び出すとは思わず、ましろは嬉しくなって同意する。イリアは気まぐれなのかいつもいるレジ横の棚の上に置かれた寝床に飛び乗って、そのまま丸まってしまった。

「ご注文は?」
「俺はブレンドにします」

 マスターのブレンドコーヒーはアイリスとはまた違った香りと味わいがあるのだ。

「同じものをお願いします」
「じゃあ二人とも、好きな席に座って待っててね」

 はい、とましろはいつもの席ではなく窓際の席を選んで竜星を誘導する。その後、ましろがほとんど会話の中心にいたわけだが、特に苦でもなかった。真正面で竜星を眺める機会があまりなかったこともあり、かなり新鮮だったのは確か。

 マスターのコーヒーは確かにクセになる味で、完全にリピーターになっていたましろ。落ち着いた空間。匂い。喫茶店のお手本みたいなこの店を、朱莉が継ぎたいという気持ちもわかる。この店はマスターそのものという印象があるが、朱莉には朱莉の良さがあり、また違った空気感になるのだろうと想像できる。

「竜星くんも気が向いたらまた来てね。うちはお一人様が多いから一人で来ても全然気まずくないし、無言でコーヒーだけ飲んで帰る人もいるしね」
「……ご馳走様でした。また来ます」

 マスターはにっこりと笑って、ちゃっかり竜星をリピーターにしようとしていた。一人を強調したのは、彼の性格を一目で把握したからに違いない。一時間ほど滞在し、二人はそのままマンションに戻ることにした。

 竜星の部屋はエレベーターを降りて二番目の部屋。一番目が朱莉、三番目が一葉、四番目が葵とましろの部屋だった。一番奥の五番目の部屋は斎宮がたまに使用しているようで、常にいるわけではないようだ。葵が言うには、仕事終わりに少し離れた場所にある自宅に帰るのが面倒な時にだけ、ここを使用しているらしい。

「じゃあ、竜星くん、バイト頑張ってね」
「……ああ」

 竜星の部屋の前で別れ、ましろは合鍵で葵の部屋に入る。今日は葵が仕事なのでましろが夕食を作ることになっていた。食材は買いだめしている分があるので、ネットで食材を検索して夜ご飯の献立を参考にすることにした。

「葵さんのパソコンは問題なく使えるのに、俺の端末は電子マネー以外の使い道がないってひどすぎる。いや、電子マネーが使えるだけマシか」

 電話帳もバイト先と葵たちの分はちゃんと存在していて、他の連絡先は使い物にならない仕様だ。これもモブの洗礼と言うべきか。モブだった時は必要なかったのだろうから仕方のないことだが。

 葵のおかげで料理のレパートリーも増え、ちょっとハマりつつもあるましろは、知らない間に自身の調理の熟練度が上がっていることに気付いていない。それがまさに葵とのハッピーエンドのクリア条件であることを、初見のましろが知るわけもなく。

 出来上がった料理を前に、るんるん気分でいつものように葵を待つのだった。