―――あれから数日後。
今日はバイトが休みで、気分転換にとショッピングモールをぶらぶらしていた。
ましろはなんとかいつもの調子を取り戻し、葵とも自然に接することができていた。それもこれも葵が気を遣ってくれているおかげで、本当に優しい人なのだと思い知る。大人だし余裕もあるし。そんな葵だから推せると今も思っている。
(ああは言ったものの……これって絶対に良くない気がする。ってか、葵ルートをヒロインじゃなくて俺が開拓してどうするんだよ! 推しを攻略していいのはヒロインだけなのに! でも嬉しい! めちゃくちゃ嬉しい!)
一生一緒にいたい! けど、絶対にこの流れがよくないのもわかっている。泣くほど悩んだ推しに対する葛藤が、その答えだろう。もしもこのまま朱莉が一葉と結ばれるなら、それはそれで一つのハッピーエンドとしてエンディングを迎えられる。
結ばれないとしても、ノーマルエンド。バッドエンドはこの手の物語ではない場合もある。その場合は実質ノーマルエンド=バッドエンドといえよう。
(となれば、最低条件をクリアしてグッドエンドか全条件クリアでハッピーエンドってところかな……けど、一葉ルートの条件ってなんなんだろう?)
経験上、メイン攻略キャラにはいくつもの条件があって、何年の何月までにイベントを発生させるとか、クリア条件のパラメーターの平均値が他キャラよりも高いとか?
(今の感じだと、小鳥遊さんが出てきたのは一葉ルートのイベントなんじゃないかな? じゃなきゃ、発売前の宣伝PVで印象に残っていたはずだし)
モール内の本屋に入り、適当な漫画本を手に取りながらましろは一人考察する。
自分のことよりも、まずはヒロインのために。この問題を全部終わらせてからでなければ、葵への返事などできるわけがなかった。
あの申し出に応えるということは、自分の推しとこれから先もずっと、一緒に生活をしていくということ。だがしかし。
(……このままヒロインがエンディングを迎えたら、物語自体が終わるんじゃ……そしたら俺は、)
物語が終わったら、どうなるのだろう。別のルートが開拓されてループするとか? それとも完全に「おしまい」なのか。転生なんて非現実的な状態に陥っている自分は、どうなってしまうのか。不安しかない。
(そもそも、本当にゲームの中の話なのかな? 俺の妄想? 本当はただ眠っているだけとか。そんなオチだったりする?)
だとしたら、現実セカイの自分はまだ生きている可能性も?
「伊波?」
聞き覚えのある声にましろが振り向くと、すぐ後ろに立っていた竜星と目が合った。見下ろし見上げるのはいつもの角度で、長い前髪に隠れている金色の瞳がじっとこちらを見つめてくる。
それはいつもとは少し違い、どこか心配そうな色を浮かべていて、ましろは思わず覗き込んでしまいそうになったがなんとか留まる。
「こんなところで会うなんて偶然だね」
「……三回呼んだ」
「あ、ごめん! 俺、ぼーっとしてて」
確かに距離が近いとは思ったが、そういうことだったか……とましろは背後に佇んでいた竜星に対して納得する。元々大きな声では話さない竜星のことを思えば、聞こえていないと思って近づいてくるのは当然だろう。
「竜星くんも買い物?」
漫画本を戻して、ましろは訊ねる。竜星のことはあまりよくわかっていないが、お店で会う度に話しかけていたら名前で呼んでくれるようになったのだ。自分のことはあまり話したがらず、こちらから無理に聞き出すようなこともしなかった。
気付けばある程度の関係が築けたようで、竜星の方から話しかけてくれることも増えたのだ。
「……専門書を」
手には紙袋が握られていて、すでに購入済みのようだ。
「そうなんだ。システムエンジニア関係のやつ?」
竜星はそっち系の専門学校に通っていて、学費の関係で高卒後すぐに入学したわけではないらしい。お兄さんと二人暮らしで、あの社宅を借りているというところまでは話してくれた。大学ではなく専門学校にしたのも学費のことや短期間で学べることが理由らしい。
葵から聞いた話だと家族はお兄さんと竜星の二人だけのようで、両親は幼い頃に亡くなったそうだ。その後、親戚の家を転々とし、お兄さんが高校を卒業したタイミングで二人で家を出たのだという。
少しでも負担を減らそうと高校生の時から短期で色々なバイトをしていたようで、【Cafe:iRiS 】はオープン当時から働いていた。
カフェは開業してから二年ほど経つため、竜星は朱莉やましろの先輩なのだ。
「今日って確かバイト入ってたよね?」
現在午後二時。
「……五時からだ」
アルバイトはあくまでも社員の補助的なシフトなのだ。ましろは元々モブが大学に通っていたわけだが、今は行っていない。
休学届を出そうとしたが、個人情報がバグっているせいで手続きが進まなかったのだ。となれば、手続きをしようがしまいが一緒だと思い、大学は行かずにバイトオンリーとなった。
「じゃあ、一緒にお茶でもする?」
竜星は寡黙なクールキャラ。乙女ゲームの攻略キャラに最低一人はその属性のキャラがいるイメージがある。もちろんいない場合もあるので、レアキャラといってもいい。
「……………する」
長い沈黙は彼の葛藤だろうか。イメージ通り人見知りっぽいもんな、とましろは納得しつつも、してくれるんだ! という嬉しさで思わず笑みがこぼれるのだった。



