最初は些細なことだった。
笑い方が似ているとか。
自分の周りを子犬みたいについて回る姿だったり。なんの疑いもなく無条件に慕ってくれるところとか。いつの間にかその距離は縮まっていて、気付いたら目で追っていた。
「葵さん!」
その声に表情に彼を重ねていたのは認める。
「俺、もっと葵さんの役に立ちたいんです」
そばに置いておくだけで良かったはずなのに。それだけでは満足できなくなった。もっと甘やかしたい。優しくしたい。大切にしたい。そんな気持ちを秘めながら、この二ヶ月を過ごした。
小鳥遊雛希。
一葉と朱莉をどうにかしたいというのはさておき、ましろにあんなセリフを吐き出した彼女を遠ざけたいと思った。けれどもましろは、そんな彼女を自分がなんとかすると言い出す始末。思いもしなかったその反応に呆気にとられたが、ますます心配になったのは事実。
話の流れで一葉は朱莉と恋人のフリをすることを決めてしまったため、葵もその方向で動かざるを得なくなった。一葉が朱莉を気にしていることは知っている。少なからず好意があることも。
「じゃあ俺たちは二人のサポート役に回ろう。ましろくんは小鳥遊さんにそれとなく小出しに情報を流して、印象操作をしてもらう。竜星くんはいつも通りでいいよ」
その後からだ。ましろが心ここに在らずになったのは。こうなることを望んでいたのではなかったのだろうか。途中までは間違いなくそうだった。
二人きりになった後もぼんやりしているましろに、あの頃の凪砂の姿が重なった。一人で何かを抱え込んで深い海の底に沈んでいってしまいそうな、そんな仄暗さを感じたから。
だから過去の話を聞かせた。聞かせる予定はなかった。話したところでましろには関係ない。それでも、自分が囚われているものから解放されたかっただけかもしれない。乗り越えなければ何も始まらないと、知っていた。始めるつもりもなかったのに。
二度と離したくないと思ってしまった。
答えはわかりきっているけれども。
こんなのはただの自己満足だと知りながら。
「……俺、は……だめ、なんです……葵さんのその言葉は、俺にじゃなくて、」
言って、ましろはぽろぽろと泣き出してしまった。その意味を、葵は知らない。
単純に男からそんなことを言われても、気持ち悪いだけだろう。幻滅したのかもしれない。いずれにせよ、ましろに拒絶された。これが普通の反応といえばそうなのだろう。
「ごめんね。どうしても知ってて欲しくて。困らせるってわかってて言った。でもこれだけは憶えていて欲しい。俺にとって君は、なによりも大切な存在だってこと」
けれどもこんなのもう、終わりにしよう。
「それだけ伝えたかった。でもだからって同情する必要はないよ? 君が好きなところへ行ってくれて、全然かわまないから」
あの時、凪砂を守れなかった後悔。
ましろは凪砂とは違う。
それでも。
自分の素直な気持ちを伝えることが大切だと、言葉にしなければ駄目なのだと、思い知ったから。
「…………い、やです、俺……、」
「ましろくん……?」
とっくに諦めていたのに。
また予想外の答えが返ってくる。
「少し……考えさせてもらっても、いいですか?」
「俺から離れるのを?」
「そうじゃ、なくて……その、さっきの"ずっと一緒に"の方の答えを、ちゃんと考えたくて」
ましろからこぼれた涙で、手の甲があたたかかった。緊張して冷たくなっていた指先が、少しずつ熱を帯びていくような。
「もちろん」
「……ありがとう、ございます」
それはつまり、期待してもいいということ?
「あと、ぜんぶ終わったら、……俺の推しに対する気持ちのすべてを、葵さんに伝えたいです」
推しに対する気持ち? とは?
言っていることはいつもの如くよくわからなかったが、葵はとりあえず頷く。
「うん。いつまでも待ってる」
そっと目尻に残った雫を親指で拭ってあげた。驚いた顔で見下ろしてくるましろに、葵は優しく微笑むのだった。



