【Cafe:iRiS 】〜乙女ゲームのヒロインや攻略対象と仲良くなる世界線はありですか?〜


「あ、小鳥遊(たかなし)さん?」

 お店の大きな窓がギリギリ見える位置。お店側からは路地の視界となっている場所から、こっそりと推しを覗き見ていた雛希(ひなの)は、突然かけられた声にビクッと肩を揺らした。推しが可愛らしい笑顔でお客さんに接している姿に夢中になりすぎて、存在が空気なましろの姿にまったく気付かなかったのだ。

 日陰から見守る姿は不審者と言われてもおかしくないが、それが育ちの良さそうなお嬢様風の白いフリルがついたブラウスに茶色と白のチェックのワンピース、白いリボンがついた茶色いベレー帽という装いの女子なら話は別だろう。

「びっくりさせないでください、モブ先輩」
「なにして……ああ、推し観察?」
「そうです。せっかくの夏休みなので、環(たまき)さんをこっそり堪能しています」
「そうなんだ。暑いのに偉いね」

 夕方ではあるが蒸し暑い。蝉の声がそれに拍車をかけて夏を感じさせる。

「お客さんとしてお店に入ればいいのに」
「それはダメです。無理です。これ以上は幸せの貰いすぎなので」

 シフトはほとんど被っていなかったが、この前初めて一緒になった。その時の朱莉はものすごく可愛くて可愛すぎて、朱莉しか勝たん状態になってしまった。つまり、ほとんど緊張して会話が成立しなかった。にも関わらず、朱莉の方から目が合うたびに話しかけてくれて、耳も目も幸せすぎた。

「洋服も朱莉さんを真似してるの? めちゃくちゃ可愛いよね、その服。小鳥遊さんと朱莉さん、背丈も似てるし並ぶと姉妹みたいに見える」
「そ、そんな姉妹だなんて恐れ多いです! あの方は私の憧れであり目標なんですから!」

 両手を胸の前でぐっと握り締め、思わず強く言ってしまった。はっと、慌てて口を塞ぐもましろはうんうんと大きく頷き、想像していたものとはまったく違う反応を見せる。

「俺も推し活してるから推しとの距離感が一番大切って、よくわかる。近くで見れるのは嬉しいけど、これ以上は踏み込んじゃいけないってラインは越えないようにしてるし」

 もしかして、ましろもあの店の中に推しがいるのだろうか。

「でも今日みたいに暑い日は気を付けないと。水分補給はしてる? 日陰だからって油断は禁物だよ?」
「え、あ、はい……大丈夫です、けど。モブ先輩は誰推しなんですか?」

 自分でもなぜそんなことを訊いてしまったのかわからない。雛希にとってましろは存在が空気だが、そのせいか簡単に心を許してしまっている気がする。仕事中も自然と彼の問いに答えてしまったり、他の人たちとは違って、少しも意識せずにいつも通りの自分で会話ができた。

「俺? 俺は葵さん」
「……確かに、かっこいいですけど。あの方は環さんの隣にいちゃいけない人だと思います。理由は特にないですが、なんとなく」

 葵は感情がまったく読めない。無表情で無口な竜星とはまた別の怖さがある。笑顔なのに笑っていないような、表情と感情が合っていない違和感。そしてましろと一緒にいる時の周囲への視線。この数日一緒に働いただけで雛希が感じたのは、そんな良いとはいえない印象だった。

「お客さんとして来ていた時、あの方とはほとんど会いませんでしたが……かなり異質な方だと思いますけど」
「そう? 一緒に住んでるけど、いつも優しくて気遣いの鬼って感じだけどなぁ」
「一緒に住んでらっしゃるんですか?」
「まあ、色々あって」

 推しとの距離感はどこへ? 雛希は怪訝そうな目でましろを見上げる。

「あ、誤解しないでね? 俺が頼んでそうなったわけじゃなくて。あと、ちゃんとモブとしての立場もわきまえてるから! 寝顔をこっそり見たりなんてしてないから!」
「……疑わしいですが、信じましょう」

 ありがと〜、と拝むようにましろが手を合わせてきた。雛希にとっては正直どうでも良かった。それが朱莉だったら詰めていたが。

「推し活を共感してくれた人、初めてなので」
「そっか。あのさ、俺も小鳥遊さんに訊きたいことがあるんだけど」

 言って、ましろは警戒心を無くした雛希に対して本題を口にした。