一葉が休憩後にホールに戻った時、店内はある程度賑わっていた。葵の指示が良いからかましろの動きが良いからか、忙しくも余裕があるように見えた。カウンターには持ち帰りのドリンクを買うために並んでいるお客さんが三名ほどいて、葵が一人でさばいていた。
レジは新人バイトの雛希がちょうど会計中で、特に問題なく対応している。ホールではましろがオーダーをとっている最中で、カウンターの状況を確認しながらゆったりとした口調で時間稼ぎをしているのがわかる。
(バイトくんは全体がちゃんと見れてて、葵との息もぴったりなんだよね。小鳥遊さんもこの短時間でよくやってるし)
意味のわからない目的など忘れて、このままきちんと仕事をこなしてくれたらいいのに……と思いつつ、一葉は戻ってきたましろに「おつかれ」と声をかけた。
休憩時間をずらしても良いのだが、結局はどの時間もランダムで忙しいので仕方がないというのが現状だ。葵は休憩時間という決まった時間はなく、オーダーのない空いている時にちょっとずつ休むのが定着しており、なんだかんだで一番大変なのだ。
「おつかれさまです。やっぱり夏休み効果なのか微妙に忙しいかもです」
店内のテーブルはほぼ埋まっていて、お客さんたちの声で賑わっているのがわかる。
「葵さん、あとは俺が。オーダー入ったのでお願いします」
「うん、ありがと」
端末を渡してカウンターに入ると、ましろは持ち帰りのドリンクのオーダーを引き継ぐ。三人いた内の二人組はすでにレジの方に流れ、厨房にいくついでに注文のドリンクをレジの横のカウンターにそれぞれ置いた。
「すみません、お待たせいたしました。お決まりですか?」
「ええっと、この限定のアイスミントティーをシロップなしで」
「かしこまりました。もう少々お待ちください」
限定メニューのイラストは朱莉が手書きで書いたもので、ものすごく可愛らしくてお世辞なしに上手だった。お客さんも「可愛いね」と口に出して褒めてくれるので、ましろはなんだか自分のことのように嬉しかった。
(あとで教えてあげないと!)
せっかくのお披露目の日に休みなのは残念だ。仕事が終わったら報告のメッセージを送ろうとましろは思った。今日は十二時から六時までのシフトなので、葵と一緒に帰ることになりそうだ。マンションに着いてから直接報告してもいいが、夕食の準備を葵だけに任せるのは気が引ける。
ルームシェアの条件として、なるべく時間の合う時は一緒に食事をする、どちらかが遅い時は早い方が準備をする、朝昼は各々自由に、というのが最低限の約束だった。
掃除や洗濯は居候の身なのでましろが「自分にやらせてください」と頼み込んだのだが、掃除は自分の部屋だけでいいと言われてしまう。家賃も半分払うと言ったのに、その半分でいいと言われてしまったため、せめて料理くらいは葵の口に合うものを作りたいと思い、勉強中の身なのだ。
「一葉、十番のオーダーできたよ」
「オッケー。行ってくる」
先ほど受けたオーダーは【ふわふわかき氷(苺の果肉たっぷりソース)】と【ふわふわかき氷(レアチーズケーキ味)】で、これも夏限定のかき氷メニューだった。レアチーズケーキ味がましろ的にはかなりオススメで、上にのっているレモンの蜂蜜漬けがまたいい感じに合うのだ。シロップやソースはぜんぶ葵の手作りで、試作品を食べさせてもらった中でも一番好きな味だった。
「お客さんにどれがオススメですかって訊かれたので、俺が一番好きなのをオススメしてみました」
「ふふ。ありがとう。ああ、そうだ。今日は何食べたい? 君が好きなものでいいよ」
「ええ⁉︎ ……ちょっと悩んでもいいですか? 葵さんのご飯はぜんぶ美味しいので、選ぶのがめちゃくちゃ難しいです」
「いいよ。帰るまでに決めておいてね」
ふっと小さく笑みを浮かべた葵は、先ほどまでの静かな怖さは微塵もなく、ましろは安堵していた。自分が何か気に障ったことを言ってしまったのではないかと思っていたからだ。
しかしそんな心配など嘘だったかのように、いつもの柔らかく心地の好い推しの「今日は何食べたい?」という問いに、思わずキュンとしてしまったのは本人には絶対に内緒だ。



