午後十二時四十五分。
雛希が戻り、様子を見つつ交代で一葉が休憩に入った。その間、葵がカウンターと厨房を一人で回し、ホールにましろと雛希という配置に変更する。三十分間はこの三人で上手く立ち回らないといけないわけなのだが……。
「ましろくん、俺が厨房にいる間に飲み物のオーダーが入ったらお願いしてもいい? あと今の時間は飲み物以外の持ち帰りも多いから、そっちのフォロー頼める?」
「はい、任せてください! 新しいメニューもこの前の勉強会でバッチリ覚えました」
「うん、知ってるよ。じゃあよろしくね」
夏限定のメニューがいくつかあり、飲み物はアイス系が何種類か増えた。アイスミントティー、シトラスオレンジティー、ピーチウーロン、水だしアイスコーヒーの四種類だ。
あとはショーケースの本日のケーキが、二層のオレンジババロアやオレンジの皮を使った果肉入りゼリーになっていて、店内のオーダーよりも持ち帰り率が高いようだ。
「すみません、持ち帰りでオレンジのババロアとゼリーを二つずつください」
「はい、少々お待ちください」
まだ一時前だというのに、すでに半分以上がなくなっていた。持ち帰り用の箱を用意し、丁寧に中に入れていく。近所だということだったが保冷剤を一つ入れて、会計に進む。せっかくなので雛希に会計をお願いしようと、ましろは「小鳥遊さん」と声をかけた。
「レジは教わった? 一緒に練習してみる?」
「……はい」
ホール側からレジの方に回り、少し遠慮がちに雛希はレジの前に立った。二十代くらいの女性のお客さんは、新人さんだとすぐに気付いてくれたようで「ゆっくりで大丈夫ですよ」と優しく声をかけてくれた。
「は、はい……えっと、ババロアとゼリーが二つずつで千四百円です」
タブレットを人差し指でポチポチと操作しながら、たどたどしくも間違いのないように雛希は会計を進めていく。女性はスマホを端末にかざして決済を完了させた。
「ありがとうございました〜」
雛希はましろが会計の間に置いてくれていた商品の入った箱を女性に手渡す。
「ありがとう。お仕事頑張ってね」
「……ありがとう、ございます」
また来ますね、と会釈をして女性は店から出て行った。
「すごいね、ちゃんと一人でできてる。オーダーの取り方も丁寧だし、こんな短時間で覚えちゃうなんて要領がいいんだね」
「べ、別に……これくらいできて当然です」
「いやいや。俺が初めてバイトした時なんて、お客さんと話すのにも緊張しちゃって、なかなか思うようにいかなかった記憶しかないよ。できて当然って言えるのもすごい!」
「そ、そんな風に褒めても、前言は撤回しません……」
ふん、とバツが悪そうに横を向き、雛希はもごもごと口ごもりながら呟く。ましろには見えていなかったが、そっぽを向いた雛希の表情には動揺の色が浮かんでいた。
(なんなんですか、この人……いつもカウンターで地味に働いている、モブ店員という認識しかなかったのに……どうして、)
悪く言えば能天気、よく言えばただの善い人。普通あそこまで言われたら、無闇に話しかけてなどこないだろう。自分が他人に対してあそこまで言ったのは彼が初めてではない。けれども彼のように効果が出なかったのは初めてだった。
「オーダーお願いします」
六番の二人がけのテーブルで追加のオーダーが入った。ましろは雛希に視線を向ける。
「小鳥遊さん、お願いしてもいい?」
「……はい」
淡々と仕事をこなし、情報収集をし、客としては見えなかった一葉のことを知ること。それが今日の目標のはずだったのに。
(……早く環さんに会いたい。お話がしたい)
このよくわからない心臓のバクバクを塗り替えるように、大好きな憧れの人の顔を思い浮かべる。朱莉と会えるのは数える程度なのに、このモブ店員はその二倍以上シフトが被るのだ。父親が自分の我儘を最大限に叶えてくれたと聞いていたのに、実際は期待と少し違っていた。
それでもその数回でふたりと仲良くなり、一葉×朱莉の恋を成就することができたなら、朱莉が幸せになるための手伝いがてきたなら、それで自分の目的は達成されるのだ。



