「初めまして、小鳥遊 雛希と申します。ご迷惑をおかけするかもしれませんが、本日よりよろしくお願い致します」
雛希は丁寧に頭を下げて挨拶をした。一つ一つの所作や仕草に育ちの良さを感じる。まさにお嬢様というやつだ。
「手続き関係はもう済んだから、最初はホールで基本的なことから学ぼうか。十二時になったら伊波くんが出勤するから、それまでは一葉から指導してもらってね、」
「……はい」
「よろしく、小鳥遊さん。まさか一緒に働くことになるとは思ってもみなかったよ」
色々と裏事情は聞いているわけだが。まさかあのピンク髪の女の子だとは予想もしていなかった。日曜日の午後三時くらいにやってくる常連の女子高生。いつも一人でやってきてパンケーキとブレンドコーヒーを頼む彼女は、一葉の中の印象としては好印象だった。
「は、はい……よろ、しく……お、お願いします」
あれ? と一葉は首を傾げる。自己紹介の時はすらすらと話していたのに、急にいつもの状態になっている雛希。初日なので緊張しているのだろうか。
(これが初バイトなら、当たり前か)
店員とお客さんという関係から同じ従業員として働くというのは、また違う感覚だ。しかもまだ十六歳となれば、接客という仕事も慣れるまでは難しいだろう。彼女の目的はどうあれ、一緒に働く上でのフォローはしっかりとしてあげる必要がある。
「ホールはそんなに難しい仕事じゃないけど、臨機応変に対応するのは大事だから、なにか問題が起きそうだったら早めに教えて? 俺も気にするようにはするけど」
「は、はい……なんとか、頑張ります」
「肩の力を抜いて、いつも通りでいいからね」
一葉の言葉に、ほんの少しだけ笑顔が浮かぶ。薄いピンク髪はいつものポニーテールで、灰色の大きな瞳が特徴的だ。可愛らしさの中にも上品さがあり、背は朱莉《あかり》と同じくらいか少し低いくらいだろう。高校生にしては、かなり落ち着いた雰囲気をまとっているのがわかる。
オーダーの取り方や端末の使い方、運び方や提供の仕方、レジ打ちなど、最低限の仕事を教えたわけだが、初めてと言いつつも覚えるのが早く、一時間後には一人でほとんどできるようになっていた。
午前十一時五十五分。
「おはようございます!」
カウンターにやってくるなり元気よく挨拶をしてきたのは、記憶喪失継続中のましろだった。あれから二ヶ月以上経つが、未だそれ以前の記憶は戻っていないらしい。名前も実は仮名なのだが、そもそも今までが「バイトくん」だったので逆に親しみが増した。葵とルームシェアをしていて、それなりに良好な関係と聞いている。
「あ、おはよ。斎宮さんから聞いてると思うけど、今日から一緒に働く小鳥遊さん。小鳥遊さん、この子は伊波ましろくん。主にカウンター担当だけど、基本的になんでもできるから、俺がいない時は彼に聞くといいよ」
「……小鳥遊雛希です。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします。伊波でもましろでも気軽に呼んでくれて大丈夫だよ」
ましろは人懐っこい笑顔でにこにこと挨拶を交わすが、雛希はどこか怪訝そうに観察しているように見える。一葉は自分や斎宮とのやりとりとはまた違った雛希の様子に首を傾げつつも、特にそれ以上は気にならなかった。
(俺と朱莉ちゃんをくっつけたいとか、ちょっと意味がわからないんだけど……今の感じだと俺たちの周りを探ってるわけでもなさそうだし。あんまり気にすることもなさそう?)
一時間半くらい一緒に働いてみたが、普通に真面目に仕事を覚えようとしていた。メモもちゃんと取って、言われたことを忘れないようにというちょっとした行動も好感が持てる。もう少し笑顔があれば、及第点といえよう。
そんな風に油断していた一葉だったが、思わぬ事態が起こる。
「……伊波ましろ」
「う、うん?」
急な呼び捨てに対してましろは戸惑っており、雛希はそんなましろをカウンター越しにじっと見つめていた。
「あなたがあの方にどんな好意を抱いているかは知りませんが、私は絶対に認めません」
「は、はあ……ええっと、それはどういう?」
「あの方に相応しいのは一葉さんなんです。あなたのような存在感の薄い空気みたいな凡人に、あの方を幸せにできるとは思えません。ちょっと仲が良いからって勘違いしないでくださいね」
「なんかすみません……ええっと、ちなみにあの方? って、どの方?」
「とにかく、私の邪魔だけはしないでください」
まったくなんのことかわかっていないましろは、首を傾げたまま頭に「?」を浮かべていることだろう。雛希の豹変ぶりに、一葉は前言撤回をせざるを得ない。
(まあ、朱莉ちゃんと一番仲良いのはバイトくんだからな。バイトくんにもある程度、説明しといた方がいい気が……)
先ほどの発言から、一葉の中で「あの方」が朱莉であり、雛希は朱莉の強火担だということがなんとなくわかった。そしてどういうわけか一葉×朱莉という図を妄想しているようだ。くっつけたいというのはつまりはそういうことだろう。
どういう理屈でそうなってしまったのかはさておき。小鳥遊雛希は、本気で自身の目的を達成させようとしているようだ。



