翌日。
朱莉が迎えに来た。
「こんにちは、雨月さん。ましろくんいますか?」
「こんにちは。少し待っててくれるかな」
葵は昨夜二人で出かける予定があると聞いていたので、朱莉がインターホンのカメラに映っていた時点でわかっていたが、あえてましろに知らせなかった。インターホン越しではなく扉を開き、直接会話を交わす。
「朱莉ちゃん、彼に自分のこと話してなかったんだね。てっきり話してるとばかり思っていたから、昨日ちらっと話してしまったのだけれど……、」
「……あ、そうなんですね。私も今日タイミングを見て話そうと思ってて。ありがとうございます。おかげで少し勇気が出ました」
昨日のましろはそれ以前の記憶がない。それを知った時、朱莉は意図的に自分のことを隠してしまったのだ。本当の自分を、ありのままの自分を受け入れてくれるのか。以前の彼はまったく気にする様子もなく、自然に接してくれた。でも今の彼は同じだけど違うかもしれない、と。
「あの子は以前の彼同様、俺たちに理解を示してくれている。昨日色々と話した感じだと、君が不安に思うようなことはないと思うから安心して?」
「はい、それは私もそう思いました。なので、今日はたくさん仲良しになりたいと思って。雨月さん、抜けがけはダメですからね?」
期間限定とはいえ一緒に住むことになった葵とましろ。葵が自身のことを話したのであれば、ましろは意識するはずだ。理解があるということは、流されてしまう可能性もある。しかも相手が葵ならば、その気がないノーマルなましろでも唆されてしまうかもしれない。
朱莉は上目遣いで葵を見上げ、可愛らしく言いつつも牽制しているように思える。どうやらすでにましろに対して恋愛感情を抱いているようだ。どう転ぶかは彼の対応次第だろうが、葵としては今の段階では純粋に応援してあげようという気分だった。
「葵さん?」
葵の後ろから顔を覗かせて、来客が朱莉であることを知ると「先輩、こんにちは!」と明るい声で挨拶を交わす。
(葵さん? 雨月さん、いったいなにをましろくんに話したのかな? 以前の彼は雨月さんって呼んでたのに!)
朱莉は呼び方一つで余計な考察してしまう。呼び方については自分自身も同じような刷り込みをしているわけだが、葵がましろに名前呼びをさせたことに疑問を抱く。
(大丈夫かな? 大丈夫だよね? パクって食べられちゃったりしないよね? 私が同性だって知ったなら、今度は誘っても断られないかも?)
頑なに拒否されていたのは、おそらく自分を女性だと思い込んでいたからだろう。
「夕方には戻ると思います。ついでに服とか必要なものも買ってこようと思ってて。なにか欲しい物があれば後で連絡ください」
「うん。いってらっしゃい」
「行ってきます!」
ひらひらと右手を振って、にこやかに柔らかい笑みで葵が送り出す。いったい昨日の今日でなにがあったのか。あの葵が他人を自分のパーソナルスペースに簡単に入れていることも驚きだが、朱莉としては気が気でなかった。
本当はデートの下見をする予定だったが、朱莉の提案で関わりのあるだろう場所を巡ることになった。ついでにショッピングモールで買い物をしたり、大学に立ち寄ってみたり、ファーストフード店でお昼を食べたり。とにかくましろが行きそうな場所を案内してみたのだが、記憶が戻るような様子はない。
「ましろくん、大学はどうするの? 今日は授業なかったのかな?」
「とりあえず休学届を出そうかと……行って知り合いに会った時に説明するのも大変というか。問題が解決したら考えます」
ポテトの先を口に入れたまま、ましろはもごもごと答える。
「私のこと……雨月さんに聞いたんだよね?」
「はい。でも俺の考えは変わりません。先輩の恋を応援するって決めたので」
「あのね、たぶん誤解をしていると思うの」
誤解? とましろは不思議そうに問い返す。
「うん。私ね、確かに気になる人はいるんだけど、上坂さんじゃないよ?」
「え? だってあの時……ほら、上坂さんに抱えられてる時、先輩が真っ赤になってるの、俺見ましたよ?」
「あ、あれは誰だってそうなっちゃうよ! みんなに見られてたんだもん」
「まあ、確かにそうか……って、今は一葉ルートじゃないってこと?」
昨日も思ったが、ましろは時々よくわからない解釈をしている気がする。一葉ルート? ルートってなに? と、朱莉にはまったく理解できず。
「じゃあ誰が気になってるんですか?」
真正面から真剣な眼差しで、ましろがじっと見つめてくる。
(うぅ……本人を目の前にそんなの言えるわけないよ! 鈍感! ニブニブ!)
朱莉は俯いていちごシェイクをずずっと勢いよく啜り、バン! とテーブルに乱暴に置いた。
このタイミングでカミングアウトなんてできるわけがない……。
「き、君には絶対に教えてあげない!」
「ええ⁉︎ 俺、先輩を大切に想う気持ちは、誰にも負けないって断言できるのに!」
「…………私を想う気持ち?」
それはどういう意味?
期待の眼差しで朱莉はましろに再び視線を戻す。
「俺と先輩はいわば戦友。友だちよりも強い絆で結ばれていると、俺は勝手に思ってます!」
どこまでも真剣な物言い。
もしましろのことが好きだと言ったら、この関係は崩れてしまうのだろうか?
「……そっか。私とましろくんは誰よりも強い絆で繋がってるってことで合ってる?」
「はい。先輩が楽しい時は俺も楽しいし、嬉しい時は一緒に喜びます。悲しいことが起きても、先輩が泣き止むまで俺が励まし続けます。言わば、一心同体というやつです!」
「そっか、うん……ありがとう。そんな風に言ってくれた人は、君で二人目だよ」
最初の一人は、中学からの親友だ。朱莉のことを理解してくれた唯一無二の親友。ましろはその子とは全然違うけれど、時折重なって見えることがある。たとえこの恋が叶わない恋だとしても、このままずっと叶わない方が良いなんて。
彼とそばにいられるなら。
こんな風に自分自身が笑顔でいられるのなら。
ずっとこのままがいい。
だから。
この想いに蓋をして、秘めて、隠したまま。
なんて。
そんなの―――全然、私らしくないよね。



