【Cafe:iRiS 】〜乙女ゲームのヒロインや攻略対象と仲良くなる世界線はありですか?〜


「先輩、恋してますか?」

 後輩くんが橙色のまっすぐな瞳で真剣に問いかけてきた。予想もしていなかった突然の問いかけに、朱莉(あかり)は思わず「ふぇ⁉︎」と変な声が出てしまう。しかもなんだか勘違いをしている気がしてならない。

(え? え? 私が上坂(こうさか)さんを? 確かに憧れの人ではあるけれど、好きとかそういう段階までは……そもそも、私なんかが好きになっていい人じゃないよ……)

 朱莉の恋愛対象は確かに男性ではあるが、一葉《かずは》はきっと違う。

「ま、待って。ええっと、なにか勘違い……あ、そうだ! おじいちゃんのお店に行こ?」

 お店の前でする話でもないし、後輩くんはなんだか誤解をしているようだ。朱莉はその手を引いて祖父の喫茶店に移動することにした。あそこなら落ち着いて話せるだろうし、後輩くんのことを知る良い機会になりそうだ。

 お店の近くまでずっと繋いでいた手に、朱莉は思い出したかのように「ご、ごめんなさい!」と謝った。後輩くんがここまでなにも言わないので、自然と繋いだままだったのだ。

 同じように頭を下げて「こちらこそ、なんかすみません!」と謝られ、なんだかおかしくなって笑ってしまった。後輩くんも笑っていたのでほっとする。嫌がられていなくて良かった。

「先輩、ダメですよ。簡単に男の手を握ったりしたら。勘違いされたらどうするんですか」

 後輩くんはいつもちゃんと女の子扱いしてくれる。それは他のみんなもそうなのだが、後輩くんは朱莉にとって少し特別だった。

「そうなの? でも後輩くんって、信頼度が高いっていうか。大丈夫感があるから油断しちゃうの。子犬っぽい感じ? 可愛いって思うし。男の子っていう認識があんまりないっていうか……って、悪口じゃないからね!」

 なにを言っているんだろう、と朱莉は自分でも思ったが、本当のことだった。

「わかってますよ。俺は恋愛対象にはならないってことですよね? 全然気にしてませんから。むしろその方が話しやすいというか」

 違う、と朱莉は心の中で呟く。
 言葉にするにはまだ遠くて。
 曖昧すぎる感情だった。

「さっきも言ったように、俺は先輩の恋を応援したいんです」

(応援、か……後輩くんは本気で私のことを想って言ってくれてるんだよね)

 きゅっと胸元を握り締め、朱莉は頷く。こうなったらこの勘違いを利用して後輩くんのことをもっと知ろう、と心に決める。その上で自分の気持ちも確かめればいい。

「そういえば後輩くんの名前、知らないかも?」

 祖父との会話の流れで、今までなんとも思っていなかった疑問が発生する。後輩くんの名前は、伊波《いなみ》ましろというらしい。

「ましろくん、可愛い名前だね!」

 思わず可愛いと言ってしまったが、後輩くんもといましろは特に気にしていないようだった。その様子にほっとしつつ、今まで名前を知らなかったこと、知ろうとしなかったことが不思議でならない。名前を呼んでいる人がいなかったということもあるだろう。

(もしかして誰も知らなかったとか? そんなわけないか……うーん?)

 その後、喫茶びいどろで作戦会議なるものをした。やはりましろは盛大な勘違いをしているようだ。けれども一生懸命に自分のために考えてくれているのだと伝わった。

 今度、二人でデートコースを下見する約束をした。実質デートのようなものだ。朱莉は一緒に遊びに行けるという嬉しさと、"二人きり"というワードにドキドキを隠すのが大変だった。

「君も知っている通り、あの子のことをちゃんと理解してくれる友だちがなかなかいなくて。幼い頃からあんな感じ(・・・・・)だったから、大きくなるにつれて両親とも関係が拗れていってしまって。だから今日、あの子が自然に笑っている姿が見れて安心したよ。色々と迷惑をかけることもあるかも知れないが、あの子のこと、よろしく頼むね」

 帰り際、トイレに寄って戻ってきた朱莉の耳に偶然聞こえてきた会話。

(そんなの、ましろくんの迷惑になっちゃう)

 壁に寄りかかり、朱莉は聞かなかったことにしようと決める。ましろだってそんな風に頼まれても困るだろう。けれども。

「はい、任せてください。先輩のことは俺が最後までちゃんと見守ります」

 それは、朱莉が思っていた反応ではなく……。

 ましろは戸惑うでもなく、誤魔化すでもなく、朱莉が予想すらしなかった返答を祖父に返していた。その瞬間、あの曖昧だった感情のピースが一ミリのズレもなくはまったような感覚に、朱莉の心がきゅんと高鳴った。

(やっぱり私……ましろくんのこと、)

 頬から零れた涙。
 だとしたらこれは、叶わない恋だ。
 それでも。

(絶対に無理かもしれないけど……でも、簡単には諦めたくない)

 せめて、自分の気持ちを伝える努力をしよう。
 ダメでも、無理でも。
 涙を拭い、二人の前に姿を見せる。

「お待たせ! じゃあ帰ろっか」
「はい。あ、コーヒーごちそうさまでした。またお邪魔します」

 帰り道、ましろは突然「あ!」と声を上げた。どうしたの? と朱莉は首を傾げて訊ねるが、「な、なんでもない、です」と明らかに動揺していた。

「私にできることなら言って?」
「あ、えっと……いや、先輩に頼むのはちょっと」
「……私じゃやっぱり頼りない?」

 悲しくなって、しゅんと落ち込む。

「ち、違うんです! ええっと……ああ、もう素直に言っちゃいますけど」

 ましろはわかりやすく落ち込んでいた朱莉に対して申し訳ないと思ったのか、急に声のトーンが低くなった。

「実は、その〜……笑わないでくださいね?」
「うん、笑ったりしないよ」
「自分の家がわからないというか」
「え? どういう……?」
「なんなら、家すらない可能性も」
「…………うん?」

 ましろは真剣な声で表情でそんなことを言い、朱莉は傾げた首がさらに傾ぐのだった。