小さい頃から『可愛い』と言われ続け、それは小学生になっても中学生になっても変わらず、そんなに言われ続ければ自分は『可愛い』のだと自認せざるを得ない。
元々、ヒーローよりもヒロインに惹かれ、王子様に救われるお姫様に憧れ、女の子が観るようなキラキラしたアニメが好きで、可愛いものが好きで。洋服も小物も女の子っぽいものが好きだった。
「ほら朱莉、やっぱりこっちの色の方が似合うわ」
母親はそんな我が子を矯正するために、いつからか朱莉が好きな色とは真逆の色を選んでは「こっちの方が好きでしょ?」と決めつけた。
赤を選べば青。ピンクを選べば水色を。とにかく今までの朱莉を否定するかのように、男の子であることを強制した。
けれども周りは、
「朱莉くんってめちゃくちゃ可愛いよね〜。女の子みたい」
「文化祭のメイド喫茶、朱莉くんならメイド服でも違和感なくない? なんなら誰より似合ってるし! 嫌じゃなかったらお願いできるかな?」
女子は男の子としての朱莉ではなく、女の子っぽい朱莉を望んだ。
「あいつ、ホントに男? 実は女なんじゃ……誰か確かめてこいよ」
「女子とばっかり遊んでるし、俺たちとは違う次元っていうか」
男子は女の子っぽいという理由で、自分たちとは違うと朱莉を遠ざけた。
「朱莉は男の子なんだから、男らしくなりなさい」
父親は目も合わせてくれない。
「こんなぬいぐるみなんてもちろん欲しくないわよね? 小さい子どもじゃあるまいし。これもいらないわね。これもこれもぜんぶいらないわね」
母親は部屋に隠していた可愛いものをすべて取り上げて、ゴミ袋に詰め込んだ。安心できるはずの場所が、息を吸うことすら苦しい場所になった。
「僕は……僕でありたいだけなのに」
ぽつりとこぼれた言葉。本当の自分はどこに在るんだろう。好きなものさえ誰かのもので。自由に選ぶことすら許されない。好きな洋服を着て、好きな物を集めて、好きなひとに好きと伝えることさえままならない。
拗れていく両親との関係。反発すれば母親が泣きながら怒鳴り散らす。そんな母親の姿を見て、父親がうんざりした様子でため息を吐いた。もう限界だった。
「少し、距離を置いてはどうだい?」
祖父が両親に提案した。祖父は大手企業を退社してからは趣味で喫茶店を開き、朱莉は何かある度にそこに逃げ込んでいた。祖父のコーヒーは砂糖を入れなくてもほんのり甘い香りがする不思議な味わいで、ひと口飲めば幸せな気持ちになるのだ。
高校二年の終わり頃から、朱莉は祖父の家で生活するようになった。両親が嫌いなわけじゃない。自分がその期待に応えられないことがただ情けなくて。お互いに噛み合わないままここまで来てしまった感じ。わかってもらいたいのに、理解して欲しいのに、届かない。
「朱莉が好きなようにすればいい。私は若い子のことはよくわからないけれど、可愛いものが好きなら好きでいいんじゃないか? それを否定する人がいてもいいし、肯定してくれる人だっているだろう。それこそ十人いれば十人それぞれの考えがある。自分自身の生き方は、自分で決めていいんだ」
祖父は朱莉が朱莉らしく生きるためのきっかけをくれた。自由には責任が伴う。それだけは忘れてはいけない、と。その日から、朱莉は今まで押し殺してきたものをすべて捨てた。自分自身を縛っていた常識という鎖も、周りの期待も、ずっともやもやしていた違和感も。
高校を卒業し、そのまま大学に進学した。
十九歳。大学一年生の秋。
「おじいちゃん、バイトの面接受かったよ!」
色々あってどうしてもカフェでバイトがしたかった朱莉は、今までも何件か面接をしていたが全滅していた。本当は祖父の喫茶店で働かせてもらいたかったが、趣味でやっているため従業員を雇う余裕はないらしい。
「オーナーさんが社宅としてマンションも貸してるらしくて、アルバイトでも希望があれば入居してもかまわないって。制服も好きな方を着ていいって言ってくれたの。当分はホール担当をしながら、少しずつ練習すればいいよって」
雑誌やネットでも人気のカフェ【Cafe:iRiS】には、オープンした時から何度も足を運んでいた。全メニュー制覇はもちろん、客層の研究、店員の動き、すべてが理想的で。扉を開けた瞬間に伝わってくるお店の空気がたまらなく好きだった。祖父の喫茶店とはまた違った匂い。
朱莉はここで働きたいとずっと思っていたが、待てど暮らせどバイト募集の広告は出ず。他のカフェの面接を受けては落ちを繰り返していた中、たまたま立ち寄った際にお店の中にチラシが貼ってあったのだ。
「あの! 面接を受けたいのですが!」
その場でチラシを指さして、店員さんに言った。赤い髪の店員さんは最初は驚いていたがすぐににっこりと笑って、
「ちょっと待っててね。オーナーと連絡取るから」
すぐにオーナーさんに連絡して対応してくれた。それからとんとん拍子に面接日が決まり、後日改めてという話になる。
朱莉は自分のことを包み隠さずに話し、その結果が合格だった。社宅の契約をし、祖父の家を出た。今までの感謝の気持ちと、少し寂しい気持ちと。
「私ね、おじいちゃんのお店を継ぐのが夢なんだ」
自分のような居場所のない人間さえも優しく迎えてくれるような。あたたかくて安心できる空間。誰かの陽だまりのような場所に。
自分もなれたらいいな。



