出会う五分前の証明

この世界のハッピーエンドはなんだろう。古い記憶をなくす事?幸せな人と一緒にいる事?
そんなことを考えながら扉を開ける。
「あ、きたきた!」
奥の方に立っている彼女は、こちらを振り向く。何かを喋っているようだが、上手くは聞こえない。
近づくにつれてようやく明確になっていく。そして、その一言を聞いた。
「世界五分前仮説って知ってる?」
青々と広がる空の下で、彼女は大きく手を広げている。
「世界五分前仮説ってね!ラッセルって人が提唱してる思考実験の一つなんだけどさ、五分以上前の記憶がある事は何の反証にもならなくて、それは偽の記憶を植えつけられた状態で、五分前に世界が始まったのかもしれないかららしいってお話!」
「それがどうしたのさ」
「えぇ〜!つれないなぁ。今日が最後っていうのに!」
「だからなんでそんな元気なんだって。今日が最後なんだろ」
「最後くらい元気じゃないとさ!締まり悪いじゃん?」
彼女は笑う。下から突き抜ける風が髪を崩していく。髪に邪魔されていくその笑顔は、本当に終わりを迎えてしまうかと不思議に思うほどだった。
「で、なんで世界五分前仮説の話をしたかっていうと、生まれ変わってももしかしたら一緒に入れるんじゃないかなって」
「それはどうして?」
「だって私達はあの通りだったら偽の記憶を植え付けられてるんでしょ?私達がここにきたのは五分前。世界が始まったばっかでしょ?そしたら世界が始まって初めて会ったのは私達なんだからさ!記憶が新しいじゃん?」
「でも、また偽の記憶を植え付けられてリセットならその記憶だって無くなってしまう」
「今、この状況は偽物の記憶だってこと?」
「君がそう言いだしたんじゃん」 
ははは、と彼女は向こう側へと振り向きなおした。
「じゃあ、五分以内にいなくなったら今の記憶のままいられると思わない?だってもう機能としては無くなるんだからさ」
「まあ。そうだろうね」
君にとっての幸せがそれなら、僕は否定しない。僕なんかが記憶に残ってもいいなら。
「今、私幸せだからさ!そのまま行かせて欲しい」
「そう。君の記憶の最後が僕で良かったって思っておくよ」
「じゃ!またね」
突然の出来事だった。きっと、外から見てる人たちですら何が起きたかわからない。
僕の前から彼女は消えた。風が強く突き抜けていく。
その終わりは、彼女にとってハッピーエンドを迎えたのか。頭の中でぐるぐると回る。自分も体験したら分かるのだろうか。
彼女がいた場所に立ってみた。下ではうるさい音が世界を騒がしている。
時間を見れば、彼女と出会ってから10分になろうとしていた。もし彼女のいうことが本当なら、きっともうすぐ変わってしまう。
なら、この記憶を無くさないために。最後の日に乾杯をしよう。
「これでずっと一緒だね」