彼女が彼の彼女であること

「千歳君見て!ウミガメだよ!」

俺たちは今日、学校をさぼって水族館に来ていた。これも、もちろん葉月のやりたいことの一つだ。

「デカいね」

葉月はウミガメを見ながら、ふと思い出したかのように口を開いた。

「そういえば私、アルバイトやめたんだ」
「体調が悪いとか?」
「……何か、飽きた!」

答えるまで、ほんの少し間があった。

「葉月?」

呼びかけるけど、葉月は隣の水槽へ移動した。

「うわっカニも大きいよ!」

 前に葉月は、「心配されるのは好きじゃないの」と話していた。俺はそれ以上、なにも聞かなかった。

 葉月は終始、子供みたいにはしゃいでいた。俺は、そんな葉月を見ているだけで幸せだった。

 帰り道、俺たちはいつものように河川敷に寄った。風に揺れる生い茂った草を眺めながら、黙って過ごす時間も愛おしい。葉月と一緒になってから俺は、一日を大切にするようになった。そして、何も後回しにしなくなった。

「ねぇ葉月?」
「何?」
「来年、十八歳になったら結婚しよう」

準備していた訳ではない。ふと、そんな言葉が出た。

「えっ?それって…」
「本気で言ってるよ」

葉月は黙り込んでしまう。また、俺のことを気に病んでいるのだろう。

「でも……何年も一緒にいられない」
「それなら、尚更早くしなきゃ。葉月の方が俺よりも誕生日が後だから、葉月の誕生日の次の日なんてどう?五月二十一日。誕生日祝いと結婚祝いはちゃんと分けるから」

 誰かと結婚したいと思う日が来るとは思わなかった。父親の不倫が原因で両親が離婚した時から、人に興味がなくなった。母親の不倫を知って、結婚に興味がなくなった。奈々華が湊と付き合ったと知った時、そんなものだと思った。結婚はおろか、人と関わること自体、面倒くさいし、鬱陶しいし、くだらない。そう思っていた。

「私の人生に結婚なんてイベント、ないはずだよ……」
「それは、何かの間違い」

葉月の瞳が揺れた。そして、小さく肩が震える。

「私、結婚できるんだね……」
「一年もしないうちに」

前に、「結婚はしないって決まっている」と話していた葉月。自分にそう言い聞かせて生きてきたのだろう。

「クラスの中で私たちが一番早いかもね、結婚」
「うん。葉月……」

俺は葉月の手を握った。

「ずっと、一緒にいよう」

月並みなことしか言えなかった。でも、その月並みが俺たちにはかけがえのないものだった。

「うん。ずっと一緒にいよう」