彼女が彼の彼女であること

 月曜日。久しぶりにいつもの日常が戻ってきた。朝、七時半に葉月を迎えに行くと一緒に登校し、昼休みは葉月が作ってきた弁当を三人で食べた。

 放課後―――。帰り支度が終わると、さっき担任から頼まれごとをして教室を出て行った葉月を待っていた。すると、麗奈たちがまた葉月の陰口を言い始めた。

「葉月のやつ、いい子ぶってさ」

結はロッカーの上に鏡を置くと、「ずっと風邪引いとけっての」と言ってドライヤーを手に取る。それは、葉月から借りたドライヤーだ。

「葉月って先生だけじゃなくて、男子にもいい顔するよね」
「わかる~」

俺は気分が悪くなり教室を出た。すると、反対側のドアの脇に葉月が立っていた。壁に寄り掛かり、俯いたままじっと足元を見ている。教室の中からはまだ麗奈たちの声が響いている。

「葉月って、自分のこと可愛いって思ってそうじゃない?」
「思ってるでしょ!だから、男子に自分からバンバン話し掛けるんだよ」
「その癖、告白されても誰とも付き合わないから意味わかんない」
「モテてる感覚が欲しいんじゃない?誰かと付き合うと告白されなくなってつまらないとか?」
「あ~なるほどね。よし、帰ろうか」
「今日はどこに寄っていく?」
「新しくできた雑貨屋に行きたい」

葉月は、ぱっと顔を上げるとあっという間にいつもの明るい顔を作った。そして、教室へと駆け足で入っていく。

「あっ葉月、また明日ね!」

さっきまであんなに文句を言っていたのが嘘のように葉月に声を掛ける麗奈。そして、話を全部聞いていたとは思えないくらい明るい声で返事をする葉月。

「うん、また明日!気を付けて帰ってね!」
「あっ、ドライヤーロッカーに入れといたから。ありがとうね」
「また必要だったらいつでも言って」

 麗奈たちに一言言ってやろうかと思った。でも、そんな考えは一瞬で消えた。葉月は、これでいいからこうしているのだと思った。あいつはいつだって、自分がしたいように行動をしている。だから今だって―――きっとそうなんだ。

 麗奈たちが教室から出て、少しすると教室に入った。

「あっ葉月、戻ってたんだ」
「うん。ねぇ千歳君、今日は三人で駅前のカフェに行って、秋限定のスイーツを食べようよ!」

いつもとまったく変わらない葉月。でも、全部知っている俺には、その笑顔が無理をしているように見えてしまう。

「葉月……」

思わず葉月を抱きしめた。何だか、どうしようもなく愛おしかった。

「どうしたの、千歳君……」
「バッティングセンターで思いっきりボール打った方がすっきりするんじゃない?あんなひでぇこと言われて腹立っただろ?」

俺は葉月から離れるとその顔を見た。葉月は「なんだ、見てたんだ」と、恥ずかしそうに言った。

「最低な、あいつら」
「全然平気だよ私。嫌われているのは前から知っていたし」
「前から?」
「うん。ずっと前から」
「それ、平気じゃないだろ?」
「この通り、ノーダメージ!」

葉月は両手を広げ、くるりと回る。

「下向いてたし……」
「そういう女の子をやっていただけ」

葉月はいたずらっぽく笑うと鞄を肩に掛け、俺の背中をドアに向かって押す。

「早く行こう!小野寺君が待ってる」
「あぁ…」
「何か納得いってなさそうだね。麗奈ちゃんたちのこと怒ってる?」
「まぁ。腹は立つよな」
「そう」

 廊下に出ると、小野寺が教室の前まで来ていた。葉月は「行って来る」そう言うと突然走り出した。俺と小野寺は顔を見合わせると葉月の後を追った。すると、階段の前で葉月は足を止め「待って!」と大きな声を出した。その先には麗奈たちの姿があり、三人は階段の踊り場で足を止めた。

「私、男子にも女子にも平等に声を掛けてるつもりだよ。そう見えなかったらごめんだけど。こんなこと言うとますます誤解されちゃうかもしれないけど、いい子ぶってる訳じゃないよ。ただ、自分ができることはしたいんだ。あと、誰とも付き合わなかったのはね……」

葉月は一瞬、言葉を詰まらせた。けれど、すぐに堂々と話した。

「あのね、私、病気をしていてね、あまり長く生きられないんだ。だから、誰とも付き合わないようにしていたの。何か気に入らないことがあったら言って。理由があれば説明するし、直すところがあったら直すから」

麗奈たちは、自分たちにだけ聞こえる声で何やらぶつぶつ言っている。俺は、凛とした葉月の姿に気圧されていた。

 三人は睨みつけるような目で葉月を見た。どうやら、開き直ることにしたようだ。

「うちらの話、盗み聞きしてた訳?」
「うっざ」
「本当、それ」

さすがに我慢の限界だった。俺は階段を下りていくと三人の前に立った。

「三人揃ってそんなことしか言えねぇの。ちなみに結、お前がいない時、麗奈と美鈴がお前の文句言ってたぞ」
「えっ?」
「葉月、小野寺、行こう」

 結がいない時、麗奈と美鈴が文句言ってたという話は嘘だ。盛大にもめるなり、疑心暗鬼になるなりすればいい。葉月は病気のことまで話したのに、それを聞き入れることもせずに切り捨てたあいつらへの罰だ。きっと神様も許すに違いない。

 校舎を出ると、ずっと黙っていた小野寺が口を開いた。

「ごめん。僕、あの時葉月ちゃんに“何で邪魔するの”って言った……」
「いいんだよ。ただ、もう二度とあんなことしないでよ」
「約束するよ」

葉月は笑顔で「病気してるのも悪くない」そう言った。