俺と同じ顔した転校生が俺より俺を知っている

俺には、顔が二つある。

 ――なんて言ったら、厨二病だと思われるだろうか。

 でも、これは比喩でもなければ、頭がおかしくなったわけでもない。

 文字通り、俺と同じ顔をした男がいる。

「…………」

「…………」

 教室の中央。

 向かい合う俺たちを見て、クラス全員が黙っている。

 気まずい。

 ものすごく気まずい。

 誰か何か言えよ。

 俺がそう思った瞬間、一番後ろの席にいた男子が叫んだ。

「いやいやいやいや! 待て待て待て!」

 それを合図にしたように、教室が一気に騒がしくなった。

「双子!?」

「生き別れじゃねえの!?」

「え、でも転校生って今日来たばっかなんだろ?」

「ドッペルゲンガーじゃん!」

「怖っ!」

「鏡かと思ったわ!」

 好き放題言いやがって。

 俺は笑った。

「おいおい、みんな知らなかったのかよ」

 教室の視線が集まる。

 俺は隣に立つ男の肩を抱いた。

「こいつ、実は俺の替え玉」

「違う」

「即否定すんなよ!」

 どっと笑いが起こる。

 よし。

 今日も成功。

「じゃあ俺が本物だから、こいつが偽物な」

「どっちでもいいだろ」

「よくない! 俺のアイデンティティ!」

 また笑い声。

 俺は笑う。みんなも笑う。

 それでいい。

 それが一番いい。

 ――なのに。

 俺と同じ顔をした転校生だけは、笑っていなかった。

 ただ、じっと俺を見ていた。

 まるで。

 俺の顔の奥にある何かまで見ようとするみたいに。

 その視線が、少しだけ嫌だった。

 西薗真琴。

 それが俺の名前だ。

 高校二年生。

 好きなものは焼きそばパン。

 嫌いなものは早起き。

 そして最近、クラスで一番よく言われる言葉は、

「お前ら、本当に同じ顔だな」

 である。

「真琴ー! 今日も双子並べようぜ!」

「おっしゃ! じゃあ問題です!」

 俺は教室の前に立つ。

 隣には、例の転校生。

 名前は――

「東内亜蘭です」

 そう。

 東内亜蘭。

 こいつは俺と同じ顔をしている。

 髪型も、身長も、体格もほとんど同じ。

 違うところといえば、俺がよく笑うのに対して、亜蘭はあまり笑わないこと。

 そして俺がうるさいのに対して、蓮はものすごく静かなこと。

 つまり、顔だけ同じで中身は正反対だ。

「はい、問題! どっちが真琴でしょう!」

「右!」

「左!」

「いや、右じゃね?」

「え、待って。本当に分からん」

 俺はニヤリと笑った。

「正解は――」

 一拍置く。

「俺!」

「いやお前だろ!」

「そりゃそうだ!」

 教室が笑いに包まれる。

「じゃあ亜蘭は?」

「俺」

「お前もかよ!」

 また笑い声。

 俺も笑う。

 腹を抱えて笑う。

「もう一回やろうぜ!」

「飽きた!」

「ひでえ!」

 笑い声。クラスの中はどこも笑い声。

 ――よかった。

 今日も、ちゃんと笑ってくれた。

 俺は席に戻った。

「真琴」

「ん?」

 前の席の友達が振り返る。

「お前、朝から飛ばしすぎじゃね?」

「何言ってんだよ。俺はいつでも全力だぞ」

「疲れないの?」

「疲れる?」

 俺は笑った。

「俺、元気だけが取り柄だから!」

「それならいいけど」

「おう!」

 友達は前を向いた。

 俺も前を向く。

 チャイムが鳴った。

 授業が始まる。

 黒板を見る。先生の話を聞く。

 ノートを取る。いつも通り。

 ――大丈夫。

 俺は大丈夫。

 だって、今日もみんな笑ってくれた。

 それだけでいい。

 それだけあれば、俺はここにいていい。

 そう思っていると、

「西薗」

「ん?」

 小さな声が隣から聞こえた。

 亜蘭だった。

「何?」

「右手」

「右手?」

「ずっと握ってる」

 俺は自分の手を見る。

 確かに、右手を強く握り込んでいた。

「ああ、これ?」

 俺は手を開いた。

「癖だよ、癖」

「そう」

 亜蘭はそれ以上何も言わなかった。

 授業が終わる。

 休み時間になる。

「真琴、購買行こうぜ!」

「おう!」

 俺は立ち上がった。

「亜蘭も行く?」

「……いい」

「そっか! じゃあ俺ら行ってくる!」

「うん」

 教室を出る。

 廊下を走る。

 友達とくだらない話をする。

 購買で焼きそばパンを奪い合う。

 教室に戻る。

 また笑う。いつも通り。

 それなのに―――

 昼休み、俺が一人で教室に残って弁当を食べていると、

「西薗」

 亜蘭が話しかけてきた。

「ん?」

「今日、何回笑った?」

「……は?」

「さっきから」

「何回って……」

 そんなの数えてない。

「分かんないけど」

「十二回」

「……数えてたの?」

「なんとなく」

「暇かよ」

「うん」

 真顔で返された。

 俺は吹き出した。

「ははっ! お前、面白いな!」

「……」

「ん?」

 亜蘭が俺を見る。

「今の笑い方」

「何?」

「さっきまでと違う」

 心臓が、一瞬だけ止まった気がした。

「……何それ」

「今のは本当に面白かった?」

「面白かったよ」

「そう」

「何だよ」

「別に」

 亜蘭は弁当を食べ始めた。

 俺も箸を動かす。

 なんだこいつ。

 変な奴。

 俺の笑い方なんて、いちいち見てるのか。

「……なあ」

「何?」

「お前さ」

「うん」

「俺のこと、そんなに見てる?」

「見てる」

 即答だった。

「なんで?」

「気になるから」

「俺が?」

「うん」

「顔が同じだから?」

「最初は」

「最初は?」

 亜蘭が箸を置いた。

 俺を見る。

「今は違う」

「……」

 何だ。

 その言い方。

 胸の奥が、妙にざわついた。

 俺は誤魔化すように笑った。

「ははっ、何それ。俺のこと好きみたいじゃん」

「……」

「え?」

 蓮が黙った。

 俺も黙った。

 数秒。

 長い。

 なんで何も言わないんだ。

「……冗談だからな?」

「分かってる」

「ならいいけど」

 俺は弁当を食べる。

 卵焼きを口に入れる。

 味がしない。

「西薗」

「ん?」

「ここ」

 亜蘭の指が、俺の頬を指した。

「赤い」

「え?」

「熱あるんじゃない?」

「いや、これは……」

 俺は頬を触った。

 確かに熱い。

「教室暑いからだろ」

「そうかな」

「そうだよ」

「じゃあ、保健室行く?」

「大丈夫」

「でも」

「大丈夫だって」

 少し強い声が出た。

 蓮が黙る。

 しまった。

 俺はすぐ笑った。

「ごめんごめん! 心配性だな、お前!」

「……」

「俺、元気だから!」

 笑う。

 いつものように。

 すると蓮は、しばらく俺を見てから、

「……無理して笑いを取らなくていいよ」

 と言った。

 笑顔が、止まった。

「……何、それ」

「そのままの意味」

「俺、無理なんかしてないけど」

「してる」

「してない」

「してるよ」

 静かな声だった。

「さっきから、ずっと」

「……」

「みんなといるとき、ずっと笑ってる」

「普通だろ」

「違う」

 蓮は俺の目を見る。

「笑ってるのに、楽しそうじゃない」

 ――やめろ。

 その言葉だけは。

「……お前に何が分かるんだよ」

 自分でも驚くほど、小さな声だった。

 蓮は答えなかった。

 ただ、

「分からない」

 と言った。

「だから見てる」

「……」

「お前が何を考えてるのか、知りたいから」

 胸が痛くなった。

 俺は俯いた。

「……変な奴」

「よく言われる」

「はは」

 笑ってしまった。

 でも今度は、蓮は何も言わなかった。

 ただ、俺の机の上に置かれていた水筒を手に取って、

「飲んだ?」

「……まだ」

「飲んで」

「命令?」

「お願い」

「……分かったよ」

 俺は水筒を受け取った。

 一口飲む。

 二口飲む。

 蓮はそれを確認してから、ようやく自分の弁当に箸を戻した。

 ――なんなんだよ。

 本当に。

 こいつは。

 俺と同じ顔をして――

 俺よりずっと静かで――

 なのに..

 俺が自分でも気づいていなかったことばかり、見つけてくる。

 ―――その日の放課後

 俺は教室に一人残った。

 窓の外を見る。みんなはもう帰った。

 静かな教室。

 笑う必要もない。だから、笑わなくていい。

 俺は机に突っ伏した。

 少しだけ。本当に少しだけ。

 休もうと思った。

「……真琴」

「!」

 顔を上げる。

 教室の後ろに、亜蘭がいた。

「え、下の名前で初めて呼んでくれたじゃん!」

 いつも通りのテンションで、明るく笑顔を振りまく。

「別に..てかまだいたのかよ」

「おう!少ししたら帰るぞ!」

「お前を待ってた」

「……は?なんで」

「帰ろう」

「俺、まだ帰るって言ってないけど」

「でも帰りたい顔してる」

「……」

 俺は笑った。

「やっぱ変な奴」

「うん」

 亜蘭が俺の鞄を持った。

「ほら」

「自分で持てるって」

「知ってる」

「じゃあ返せよ」

「嫌」

「なんでだよ」

「今日は俺が持つ」

「……ほんと変な奴」

 俺は笑った。

 今度の笑顔は。

 ――少しだけ、本物だった。