再会そして愛〜後宮に向かったら帝は幼馴染でした〜

夢の中の春風が吹く季節。
私は毎日夢の出来事を振り返っていた。

(きっとあの夢の男の子は私の幼馴染かな……?)

幼馴染と言っても小さな頃に仲が良かった男の子だが。
私はあの子のことを鮮明に覚えている。出会ったのはたしか…10年前だ。私は赤塚家に生まれ、彼は孤児だった。

私は8歳。あの子は10歳だった。
『はははっ…!』
『待て待て〜!』
私たちはいつものように追いかけっこをして遊んでいた。土手でだ。清らかな川である「青龍川」が流れている。
『青龍の村よ、街よ、追いかけろ…あの川の流れに沿って…南の街もきっと青龍に救われてる〜きっと流れはやまぬ〜…追いかけろ〜青龍の流れを……』
あの子はいつもこの曲を歌っていた。気づけばずっと歌っているくらい。毎日出会うたびに歌っていた。青龍川を見つめながら。
(青龍…川……)
私はその歌声にうっとりしていた。青龍川の声が歌と一緒に流れ込んでくるような感覚。気持ち良くて身を任せてしまいそうだが、任せると流されてしまいそうな感覚。
(川が……)
あの子が歌うと川が光っているようだ。キラキラと反射する水面を私は眺める。
『君さ…名前は?』
私はそう聞かれて、
『春妃…赤塚春妃…』
と答えた。そのときの私は川に夢中だった。
『春妃…か……川は好き?』
私はそう聞かれて強く頷く。
『そっか……』
さぁっと優しい風が吹く。川も風に吹かれてキラキラとしていた。

一週間後、私たちは森に行っていた。
『森にも川があるのかな?』
私がそう聞くと、彼は頷いた。
『青龍川のもとがあるらしい』
そう言われて私はその元を辿りたくなった。私は『そこ行きたい!』と言った。すると、彼は強く頷いた。
『行こう!』
そう言って私たちは川を辿って北に北に歩いていく。いつしか、あたりは暗くなっていた。
『あれ…』
私は彼の体を掴む。あたりの木がざわめき、恐ろしい音色を奏でているようだった。私はその光景に震えが止まらなくなる。すると、
『あぁ…!人だ…しかも、彼の方にそっくりだ…!』
と言って男の人が数人出てきた。私はその人たちを見る。体中が真っ黒な服で覆われていた。
『え…』
私が呆然としていると、男たちの一人が彼を掴んだ。私はその瞬間、
『やめて!離して!離して!』
と夢中で叫んだ。しかし、男たちの一人に簡単に吹き飛ばされる。私は坂を少し転げ落ちたが、走って男を追いかける。幸い、移動していなかった。
『その子を離して!』
私がそう言うと、男は彼をチラリと見て、
『この子を連れて行かせてくれたら、村に戻してやる。この山を超えた先に村があるんだろ?村に返してやるよ』
私はそう言われた瞬間、喜んでしまいそうになった。しかし、彼は連れて行かれてしまうのだろう。
『私はっ……』
私が答えを導き出そうとしたそのとき、
『いい!俺は連れていっていい!その子を…春妃を返してあげて…!春妃には家族がいるけど…僕にはいないから!』
と彼が叫んだのだ。その瞬間、私は男に抱き抱えられていた。そのまま村に連れて行かれるらしい。もう一人は彼を運んでいっている。
『だめぇぇ!!』
私がそう叫んだその声が彼に聞こえたらしい。彼は、
『絶対会おう!』
と言った。私は涙を流しながら我慢した。

それ以来、会うことはなかった。
私は会いたい気持ちを必死に抑えている。だって、気を緩めて仕舞えば、必ず探してしまうからだ。家族もきっと。それを恐れているのだろう。
「お母さん……」
私は部屋に入る。そこにはお母さんとお父さんがいた。何を考えているのかわからない瞳だった。
「お母さん…?」
私が静かに部屋に入ると、母は私を見て目を見開いた。そして、「そうよ!この子を差し出せば…」と訳のわからないことを言い始めたのだ。
「え…」
私が今度は呆然としていると、父も母の案に賛成した。そして、二人は意を決した表情でこちらを見た。
「春妃、後宮へ行ってくれ」
突然の提案だった。私はつばをごくんと飲み込む。まずは事情を知りたかった。私は、「どうして…?」とおそるおそる聞いた。すると、
「借金をしてしまったんだ……借金をした相手が後宮の結構偉い人でなぁ…娘がいると言ったら後宮に連れてこいと言ったんだ。後宮に娘を連れてくれば、借金はなしにしてやると言っていた。俺たちは今、本当にお金がない。ここでさらに失うとなると生活できなくなる。だから、頼む。後宮に行ってくれ」
父の願いはあまりにも勝手だった。借金をしたのは父だ。お金がなくて生活がカツカツなのも父と母のせいだろう。それなのに、私にどうにかしろと言っているものだから、おかしな状況だ。
(なんでよ……)
私は母と父を殴りたい気持ちになった。
「一日考えさせてほしい……」
私は絞り出すようにそう言った。しかし、
「それは許さない…」
父は静かにそう言った。私にとって、その一言がとても重い言葉だということはきっと知らないのだろう。
(どうしてわかってくれないの……)
私は涙を一つ垂らす。私の涙を見てもなお、二人の瞳の色は変わらなかった。むしろ、さらに冷酷になっている。すると、肩をガシッと掴んできた。私は背筋が凍る。
「な…何っ…?!」
すると、頬を叩かれた。甲高い音がして、ヒリヒリとした感触が残る。私は叩かれた頬を抑える。
「後宮に行くんだ!!」
怒鳴られて私は頷いた。いや、頷いてしまったのだ。
「…わかった…」
声を絞り出すように言うと、父は満足したように部屋に戻っていった。

私の出発は明日だ。父と母は「いい着物」を買いに出かけて行った。私は家にひとりぼっちになってしまった。
「あーあ……」
私はよく知らない帝のところに嫁がなくてはいけないのだ。相手のことをよく知りもしないのに、結婚するだなんて考えただけでゾッとする。"まれに"お互い大好きになることがあるが、それはきっとあり得ない。

だって、あの子……彼のことがずっと好きだったから。

(私にとっての大好きは……父でも母でもなくてあの子……)
思い出すだけでたまらなく会いたい気持ちになる。会いたくて会いたくて……
今、この場でその子のことを考えると、苦しくなる。
しかし、そこで私は夢の内容を思い出す。
『後宮に来いと誘いがあったら来てくれ』
そう言っていた。あの人は彼と同じくらい私は大好きだ。しかし、あの人はどことなく小さな頃の彼を彷彿とさせる……。
(同一人物?ありえないよね……)
私はため息を一つ吐く。考えても無駄なことは考えない。私はそう決意した。そして、目を瞑る。すると、意識の闇に引き摺り込まれた。

『わぁ……』
また桜の季節だった。風がふわりと舞って、私の髪の毛を揺らす。
『綺麗…』
私は地面に落ちている桜の花びらを一つとった。すると、横にいた男の人も一つとっている。
『あの…あなたは誰なんですか?』
私は躊躇せずにそう聞く。すると、その人は、
『後宮への誘いは…来ただろう?…受けてくれたか…?』
と言った。私はぽたりと涙をこぼす。
『ご…ごめんなさいっ…受けましたけど…抵抗しないで受け入れようって決めていたのに…結局少し抵抗してしまって……』
私が涙を拭いながらそう言うと、彼は肩を優しく撫でてくれた。大きくて温かい手だった。
『受けてくれたんだな…ありがとう…』
そう言って彼は私の瞳を見た。そのとき、彼の顔を包んでいたモヤが晴れた。
『えっ……』
私は呆然とする。その顔は…彼の…あの子の面影があったからだ。同一人物なのかもしれない。
『まって…私とどこかで会いませんでしたか…?』
私がおそるおそるそう聞くと、彼はゆっくりと笑った。そして、
『もうじきわかる』
と言った。
その瞬間、私の夢は覚めた。

あたりを見回すと、光が差し込んでいる。どうやらご飯も食べずに朝になってしまったらしい。
(え…じゃあ、今日は後宮へ……)
私がそう思った瞬間、母が部屋に飛び込んできた。
「急いで支度して!もう外に迎えの人が来ているのよ!」
そう言われて私は母の部屋に連れ込まれる。そこには赤とピンクを基調とした着物が置いてあった。私が着るにはもったいないものだった。
「これは…」
私が本当に着ていいのか疑っていると、母は、
「それはあなたのよ。いいものを選んだの…あなたの名前に合わせて」
母の言葉には寂しさが滲んでいた。きっとこれは母なりの謝りなのだろう。感情を表に出して話すのが苦手な母らしい言葉だった。
(ちょっぴり心が軽くなった気がする…!)
私は自分の胸に手を当てた。後宮にはもしかしたらあの夢の人がいるかもしれない。
「さ、支度しましょう」
私は母の顔をチラリと見る。その表情はいつもより少し沈んでいるようだった。

「素晴らしいじゃないか!!」
父は悲しむ素振りも見せずそう言った。母は目の縁を少し光らせている。
私は心が冷える感覚に溺れる。これが呆れるということなのか。
「では行きなさい」
父はそう言って私を迎えの人のところに向かって押し出した。私は父と母に礼をする。そして、車に乗り込んだ。
「赤塚春妃様ですね…後宮までお連れします、䨩紗でございます」
そう言って彼は一礼してきた。私も慌てて一礼する。そして私が後宮へ向かう旅が始まった。

もう一時間ほど走ったのだろうか。田園風景から街が見えてきた。私の住んでいたところもそこそこ栄えていたが、ここは異次元だった。私の街なんて比較対象に入らない。
「すごいですね…ここは…」
私が呆然としていると、䨩紗さんが笑顔で、
「ここは青龍川の下流の街です。名は錦龍といいます」
解説を聞いて私は青龍川に反応する。ここまで青龍川が伸びていたとは。
「青龍川には…神様が祀られているというのは知っていますか…?」
私は静かにそう聞いていた。䨩紗さんは知らないらしく、首を傾げている。
「聞いたことはないですね」
そんな会話をしているうちに街はどんどん栄えてきた。中心部に近づいていっているらしい。
「…青龍川には青龍の尊がいるんです。伝承ですけど…その神に助けられたことがある人もいるとか」
私がそう言うと、䨩紗さんは興味深そうに頷いている。私は、遠いところ見て、
「後宮にはきっと、青龍の尊なんていませんよね」
と言った。後宮に来ることは夢の中の人にあってからずっと決めていたのに、いざ離れると寂しくてたまらなくなる。
私は涙を一粒こぼす。
(ダメよ…行くって約束したんだから…!)
私は頑張って自分を奮い立たせる。
「䨩紗さん、あとどのくらいで着くのですか?」
私は涙を拭って䨩紗さんに問う。すると、䨩紗さんは笑顔で、
「もうすぐです!」
と答えた。私はあたりを見回す。三階建てくらいの大きな建物がずらりと並んでいる。道では綺麗な着物を着たお姉さん(?)たちがたくさん歩いている。なぜか護衛もつけて。
(ここはどういうところなのかしら……)
私は首を傾げる。すると、正面にひときわ大きな建物が見えてきた。それは街に並んでいるどの建物よりも大きくて、広そうだった。
「着きました。…後宮でございます」
䨩紗さんは車を止めて私に向かって一礼する。私は䨩紗さんの手を借りながら車を降りる。
「わぁ……」
私が大きいと思った建物は門だったらしい。中の建物は全然はるかに大きいのだとか。
(こんなところにこれから住むの…?)
私は心臓がドキドキと大きな音を鳴らしているのを感じる。私は深呼吸をして門に足を踏み入れる。
「え…!」
中はとても広かった。信じられないくらい広かった。すると、背の高い男の人が現れた。
「お待ちしていました。帝直属の配下でございます、憂原といいます」
そう言ってお辞儀をしてきたので、私も慌てて返す。すると、私によく分からないが、巻物を手渡してきた。
「そちらが帝からの文でございます。そちらに位と名乗る名…〇〇妃というのが書いてありますから」
そう言って憂原は開くように言った。私は巻物を開く。そこには、
『遠いところからよく来てくれた。もうすぐ会えるだろう。其方は私の妃としてこれから過ごしてもらう。其方の名は"春妃"だな。よって春陽妃を名乗れ。春の陽のように温かいという意味だ。3日後、笑顔で会えることを期待している』
と書かれていた。
私は心の中で『春陽妃…』と口ずさむ。私はこの後宮で春陽人名乗るのだ。
「憂原さん、私、部屋に行きたいです…」
私がそういうと、憂原さんは笑顔で頷いた。そして、「憂原でいいです」と言った。主従関係はしっかりさせたいらしい。私は静かに頷いた。そして、後宮に一歩を踏み出したのだった。

部屋について、憂原さんが去った後。
「わぁ〜あなたが新しく来た妃?」
そう言われて私は驚く。そこには目が大きく可愛らしい女の子がいた。
「こんにちは…」
私は挨拶する。すると、その子は甘ったるい笑みを浮かべた。私はすぐにその子に対して苦手意識を持ってしまう。
(いけない…ダメよ…!)
私は自分を奮い立たせ、気持ちを落ち着かせる。すると、その子は私に笑顔を向けながら、
「江嶋雨華です。雨月妃の名を与えられています」
と言ってきた。ここまでされると、返事を返すほか、選択肢はない。
「赤塚春妃です。春陽妃の名を与えられています」
私は同じような挨拶をする。すると、雨華さんは笑顔で頷いて、「春妃かぁ…春妃ちゃん!春陽妃!」と言った。私は雨華さんがはにかんだので、私もはにかむ。
「雨華さん…これからよろしくお願いします…!」
私はそう言う。すると、雨華さんはにこりと笑った。私は一礼して部屋に入った。

「えぇ…!!」
私は驚く。あり得ない広さの部屋だったからだ。後3日で帝のところへ行かなければならない。
私はドキドキする。
(帝ってどんな人なんだろ…)
私は緊張する。私の名前を姫としての名前に入れてくれたのだから。きっとそこまで考えてくれるような人なのだろう。
「きっと大丈夫よね…!」
私は自分に向かってそう呟き、自分の荷物を片付け始める。幸い、持ってきたものが少なく、収納も大きいことから片付けはすぐに終わった。私がぶらぶらと暇そうにしていると、部屋の扉がノックされた。
「なに…?」
私は扉を開ける。そこには憂原さんが立っていた。
「明日、来るようにと帝からご指示です。後、こちらの二人が春陽妃様の専属従者になります」
私はそう言われて後ろにいる二人を見つめる。一人は身長が低めで、可愛らしい感じだ。もう一人は髪の毛を一つに束ねており、少し男を感じる子だった。
「鈴芽と言います」
可愛い子が言った。
「英奈です」
男を感じる子がそう言った。私は慌ててお辞儀をする。すると、二人に止められた。
「従者たる私たちに貴方様が頭を下げる必要などないのです!!」
「本当にその通りです!!」
全力否定されて私は頭を下げるのをやめる。すると、二人は満足したように頷いた。
「では…これからよろしくお願いします…?」
私が疑問系でそう言うと、二人は明るい笑みを浮かべて頷いた。そして、「よろしくお願いします!」と元気いっぱいの返事をしてくれたのだった。

「春陽妃様はなぜ高級へ来ることになったのでしょうか?」
突然、鈴芽にそう聞かれた。私はなんと説明したら良いのかわからないまま全てを話した。夢のこと、家族に後宮にいけと言われたこと……。
「春陽妃様は大変だったのですね…」
英奈がそう言った。私もゆっくり頷く。
「他の姫も私みたいな感じなのでしょうか…?」
私がそう聞くと、二人は首を横に振った。
「雨月妃である江嶋雨華様は名家の出身です。この国では名の知れている家系ですね」
そう言われて私は疎外感を感じる。自分だけ、田舎出身の姫君なのだ。帝はこんな私を見て、どう思うのだろうか。
それでも、正直、帝に会うのが楽しみだと思う。もしかしたら、孤児だったあの子かも知れないから。
「帝様のお名前はなんでしょうか?」
私はずっと聞こうと思っていたことを二人に問う。
「一瀬李音様ですね」
私は心の中でその名前を復唱する。
(一瀬李音…)
夢にいたあの人の顔が出てくる。その理由はよくわからないまま……


『あれ…?』
今日は後宮に来てから一日目の夜のはず。
『え…?』
普段は桜吹雪が舞っているのに今はなんだか不思議な世界だ。あたりが一面、花畑なのだ。
私は周りにある可愛らしい花を一つ一つと摘んでいく。
『ふふっ』
可愛くて綺麗な彩の花束が完成した。私はそれを持って草原を歩く。草原の中に小高い丘があった。その上に誰かの人影がある。
『行ってみましょう』
私はそう自分に言って歩き出す。花は増え、風が柔らかくなっていく。
『あの…?』
私はその人に話しかける。その人がくるりと振り返る。その顔は、家で見た夢の人と同じだった。あの子の面影がある人だ。
『後宮へ来てくれたんだな』
その人は笑顔でそう言った。私もにこりと笑う。そして、
『あなたは…私と会ったことがありませんか…?』
と私が聞く。すると、
『あるかもしれないな…もうすぐにわかるさ』
と言った。私はその人の手を握る。
『あなたのこと、ずっとずっと知りたかったんです…知れなくて、悲しく思った日もありました……』
私がそう言うと、その人は私の頬を撫でた。そして、
『明日、わかるさ』
と言った。

「…っ!」
私は目を開ける。そこには後宮の自分の部屋の天井があった。
(夢…)
私は外が明るいことに気づく。急いで支度をしなければ、帝に会えない。
(そう言えば…夢の人、明日わかるって言っていた…)
もしかして帝なのか?と私は思う。でもそんなはずはない。私と帝は会ったことがないし、話したこともなければ、一緒に過ごしたこともない。でも、帝は田舎に住んでいる私を選んだ(かもしれない)。
「でも…」
私は迷う。このまま帝に会いに行っていいものなのか、と。すると、鈴芽さんと英奈さんの声が外から聞こえてきた。
「支度をしに来ました」
二人はそう言っていた。私は部屋の扉を開ける。そして、二人を中に入れ、帝に会いにいく支度を始めるのだった。

「帝様、絶対惚れます!!」
「今の春妃様なら絶対に帝をおとせます!!」
二人は訳のわからないことを言いながら帝の部屋まで案内してくれている。実際、私はものすごく高そうな着物を着て、化粧もしてもらい、帝の元へ向かっている。
「さて、こちらです」
「春妃様、頑張ってください!」
二人はガッツポーズをしながらそう言った。私は深呼吸をして帝の部屋の扉を叩く。すると、中から「入れ」と声が聞こえてきた。私はおそるおそる扉を開ける。
「失礼します。新しく後宮に入りました、春陽妃でございます」
私はそう言って部屋の奥に進む。すると、そこには外を眺めている青年が立っていた。思っていたよりも随分若そうだった。
「よく来た…名は赤塚春妃だな?」
そう言われて私は下げている頭をおそるおそる上げる。その瞬間、私は目を見開いて驚いた。帝が夢の中に出てきている人だったからだ。
「え…夢の中の……え…孤児だったあの子……?」
私は夢の中の人と孤児だったあの子と目の前にいる青年を重ねる。全て同一人物にしか見えなかった。
「もしかして…私と夢の中で話しませんでしたか?」
私がそう聞くと、彼は頷いた。そして、私は二つ目の質問をぶつける。
「私と…小さい頃に会っていませんでしたか……?」
私がそう聞くと、彼は頷いた。
そのとき、私の中にあったあの子への想いが爆発した。
「会いたかった…ずっとずっと…会いたかった……」
私は涙をぽろぽろと溢す。すると、彼は私を抱きしめた。そして、
「もっと早く迎えに行けば良かったのかもしれない…でも…そうすればきっと多くの人が驚いてしまう…俺たちの関係性に…」
そう言われて私はさらに強く抱きしめる。
「別にいいのです…こうやって再会できたのですから……」
私は彼を見つめる。彼は私を見て、
「一瀬李音だ」
と名乗った。私もそれを聞いて、
「赤塚春妃です」
と名乗った。10年越しにお互いを確かめ合うために。私は李音様と笑い合う。
「…どうして、帝になっているんですか…?」
私がそう聞くと、李音様はぽつぽつと昔のことを話し始めた。
「聞いてくれるか…?」
そう言われ、私はゆっくりと頷く。
「俺はあのとき人攫いにあったと思っていた…しかし…それは違ったんだ……」

『絶対会おう!』
俺はそう言った後も担がれて山の中を抜けていっていた。
『離せ!』
俺が攻撃しようとすると、担いでいた人も他の人もぴたりと止まった。
『なんで…俺を連れていくんだよ…!』
俺が涙を流しながらそう聞くと、男たちのうちの一人が俺に近づいてきた。
『この国の帝が亡くなった。一瀬陽仁様だ。そして後継者であった一瀬李音様も亡くなった。二人とも暗殺だった。すると、帝の弟君が台頭してしまう。そう考えた大臣が俺たちに命じたんだ、「李音と同じくらいの年齢で顔つきも似ている人が青龍川のそばの村にいるから連れてこい」と。お前にはこれから帝として生きてもらう。名はあるのか?』
俺は全てを理解した。そして抵抗するのを止めようと思った。帝になってから春妃を迎えに行けばいいと思ったから。
『名はない』
俺がそう言うと、男は俺の肩を叩いて、
『では、お前は今から帝だ。帝の一瀬李音様だ』
そう言われてその名は俺の心の中に刻まれた。
そして現在にいたる。

「……という感じだ」
私は説明を受けて、李音様も苦労していたんだなと思った。私も苦労していたが、李音様も同じような境遇にいたのだ。
「そんな中、春妃に会いたいと思ったら夢に侵入できた。夢にいたのは俺だ」
そう言われて私はじわっと涙が滲んでくる。
「じゃあ、あの歌は歌える…?」
私はそう聞いた。あの歌とは、彼がよく歌っていた青龍川の歌だ。彼は頷いた。
「青龍の村よ、街よ、追いかけろ…あの川の流れに沿って…南の街もきっと青龍に救われてる〜きっと流れはやまぬ〜…追いかけろ〜青龍の流れを……」
歌声は少し低くなっていたが、音の取り方はほとんど変わっていない。
(ふふっ…昔を思い出す……)
私は彼を見つめた。彼は流れるような感じで歌っている。そう、青龍川の流れを表すかのように。

「では、また明日会いましょう」
私がそう言って部屋を出ようとしたら李音様がついてきた。
「春妃との婚約を発表しようと思う。受けてくれるか…?」
唐突に聞かれた質問だったが、私は、
「はい!」
と言った。すると、
「は?」
という声が真横から聞こえた。そこには雨月妃である江嶋雨華さんが立っていた。
「え…?」
私が驚いて固まっていると、李音様がいるにも関わらず、ツカツカと近づいてきた。そして、
「婚約ですって…?」
と言いながら睨まれた。私は心臓がどくどくと音を立てるのを感じた。しかし、雨華さんはそれ以上喋らず、その場を去っていった。李音様は冷たい瞳で雨華さんを見つめていた。

「ふぅ…」
私は部屋に戻り、服をいくつかたたんでいた。すると、鈴芽さんと英奈さんがかけよってくる…と思っていたのだが、今日はなぜか来ない。
「きゃあぁぁぁぁ!」
突然、悲鳴が響き渡った。鈴芽さんのだ。
「何があったんですか…?!」
私が急いで駆け寄ると、そこには雨華さんと雨華さんの部下と思われる人がいた。鈴芽さんと英奈さんはぐったりしている。しかし、死んではなさそうだ。
「どういうことですか…?」
私が雨華さんを睨みつけて問う。すると、雨華さんは冷たい視線で私を睨みつけたのだった。そして、
「婚約するんですってね…ここにきて一日目で婚約するとはどういうことなのかしら…?私の方がずっと前からここにいるのに…今更私の帝を奪わないでちょうだい!!」
「っまって!それはちが…」
「黙りなさい!」
私が反論しようと声を上げるが黙れと言われて反論できない。
「あなたにはしばらく眠ってもらいましょう…というかそのまま後宮の外に出しますけどね…」
そう言われて私は走ってその場を離れようとする。しかし、雨華さんの部下が追ってくるのだ。これでは逃げられない。
「やめて…っ!」
私は抵抗するが、力が何倍も違うため、叶わない。私は頭を何かで殴られ、意識を失った。
「これで大丈夫ね……私がやったってバレないわ……」
江嶋雨華は爪が甘すぎたのだ。

鈴芽と英奈が目を覚ますと、部屋は荒らされていた。
「春妃様はっ…?」
「急いで部屋を探しましょう…!」
走って部屋中を探すも、春妃の姿は見つからない。
「もしかして…あのまま連れ去った…?」
英奈が疑問を口にする。しかし、証拠がないのだ。ただただお茶をしようと誘いにきたんですと言われたらこちらとしては手も足も出ない。
「そうよ」
鈴芽の鋭い声が響く。そう、鈴芽は終始聞いていたのだ。倒れたふりをしながら、耳を澄ませて聞いていたのだ。実際、その後本当に気絶してしまったが。
「じゃあ、雨月妃が…?」
「そう…後宮の外に出してやると言っていたわ……」
鈴芽が唇を強く噛む。
「急いで帝様に知らせに行きましょう!今ならまだ間に合いますよ!」
そう言って、二人は帝の部屋に向かって走り出した。

「帝様…っ…帝様っ……!」
無礼を承知で帝の部屋の扉を叩いている鈴芽と英奈。周りの人からしたら処分を求めているのかという感じだろう。
「急ぎお伝えしたいことがあります…!」
鈴芽がそういうと、中から「入れ」という声がした。鈴芽と英奈は扉を開けて、急いで入る。帝は窓の外を見つめて立っていた。
「何用だ?」
そう聞かれて英奈は、
「春陽妃様が連れ去られました」
と言った。その瞬間、帝の瞳が大きく開かれた。驚きと悲しみが混ざった色だった。
「犯人は雨月妃でございます。終始、会話を聞いていましたから……」
鈴芽がそう言うと、帝が鈴芽の肩を掴んで、「話せ!頼むから話してくれ…!」と言った。鈴芽はゆっくりと頷いた。
「私たちは雨月妃の部下によって殴られ、気絶していました。英奈は気絶していたようですが…私はフリをしていたんです。すると、雨月妃が『婚約とはどういうことなのか』と言って『後宮の外に出してやる』と言いました。そのまま春陽妃は……連れ去られたのは間違いないのですが、現在、どこにいるのかがわかりません…」
鈴芽がそう言った。すると、帝は鈴芽と英奈の肩に手を置いた。
「最初に殴られたのは春妃を守ろうとしてか…?」
そう言われて、私たちは頷く。
「ありがとう…いずれ、褒美をやろう」
そう言われて鈴芽は首を横に振った。英奈もまた同じだった。
「私たちは立ち向かえなかった…特に私、鈴芽はもう少しできることがあったかもしれません…」
そう言った鈴芽を帝は優しく見つめる。
「良いんだ…褒美をやる…では、その代わりに探すのを手伝ってくれないか?」
そう聞かれて二人は頷く。
そうして捜索が始まったのだった。

「雨月妃はいるか?」
帝は鈴芽と英奈を連れて雨月妃の部屋に向かった。部屋を開けて出てきた雨月妃は鈴芽と英奈を見つめて嫌そうな顔をした。
「何でしょうか…?今はちょっと…実家からの仕事で忙しいのですけれど…」
雨月妃はどうにかその場を逃れようとしていた。しかし、そんなことが叶うわけがない。
「憂原」
そう言われて帝の後ろから男が出てきた。そして、その男は紙に書いてある文章を読み上げる。
「罪状、人攫い 帝の妃となろう方を攫うという悪質極まりない行為。これを以て、後宮を追放、立ち入り禁止とする」
雨月妃はその文章の内容を聞いて絶句していた。驚いて声が出ないようだった。
「え…私が…?私は何もやってない!」
雨月妃がそう叫んだとき、鈴芽と英奈が前に出てきた。英奈が、
「雨月妃様、あなたは春陽妃様の部屋に入ってきましたよね?男たちを連れて…一番最初に私たちに手をかけた」
と言い、
「あのとき、私は気絶していなかったのです。英奈は気絶していたらしいですけど…あと春陽妃様をどこへやったのですか?『後宮の外に出してやる』と言っていましたけど…」
鈴芽がそう言った瞬間、雨月妃はその場を逃げようと走り出そうとした。しかし、その腕を帝である李音がしっかりと掴む。
「逃げるのか?」
李音がそう言った瞬間、雨華はその場に倒れた。
「どうしてっ…あの子なの…私の方がずっと前から後宮にいたのに…!」
雨華は泣きながらそう訴えた。しかし、その訴えは李音に響かない。それもそうだ。李音が大切にしたいのは幼馴染であり、春陽妃である春妃なのだから。
「俺は…あの子と幼馴染だからだ…」
李音がそう言い、雨華が顔を上げたとき、李音は雨華に「案内しろ」と一言言った。雨華は全てを諦めたように李音を後宮の裏手に案内する。

「ここよ」
雨華は後宮の裏手にある倉庫の前で止まった。扉を開けると、中は埃が溜まっており、掃除をしっかりしていないのがわかる。
「ここのどこにいるんだ…?」
李音が雨華に問う。すると、雨華は倉庫の隅にある大きな麻袋を指差した。
「あそこにいるはず…そこにいなければ、知らない」
そう言って李音は袋を開けた。中には縮こまっている春妃がいた。春妃は袋が開いたことに気づいて見上げる。そこには李音の顔があった。
「李音様っ…!」
春妃は李音に抱きついた。李音もまた、春妃を抱き寄せる。二人の間に強い絆が生まれた瞬間だった。
「ありがとうございます…!」
春妃が涙を流す。李音はそんな春妃を優しく、強く抱きしめる。
「これからはずっと一緒だ」
不意に李音がそう言った。春妃は優しい笑みを浮かべた。そして、
「一緒に過ごしましょう」
と言った。