俺のゲーム内旦那様は、クラス一のモテ男でした。

昨日、黒川くんと遊びに行った俺は、翌日からテスト期間であることを思い出す。
テストまで残り一週間。赤点は絶対に回避したい。
そんな俺は、黒川くんの『高得点を取る秘訣』に食いついた訳ですが。

「マンツーマン授業かーい」
「勉強しなきゃ得点取れるわけないだろ」

当たり前だろ、といった顔をする黒川くんに、何か楽な方法があるのかと考えた自分が恥ずかしい。
一緒に勉強を始めて三日目。今日も図書室が閉まるまで、二人で勉強に取り組むのである。

「それにしても、毎日俺に付き合ってて大丈夫なん?」
「それなりに。水野ここ綴り違う」
「えっ?あっ。ほんまや」
「英語は範囲内の単語さえ覚えれば点とれるから」

教えたら俺も覚えるし一石二鳥、と言いながら黒川くんが俺の間違いを指摘する。
俺の勉強に付き合いながらそう言える彼の要領の良さに、俺は素直に感心する。

黒川くんの申し出を受けた俺に、黒川くんは放課後の勉強会を提案してくれた。授業終了後、二人で図書室にこもる。同じようにテスト勉強に励む生徒がいる図書室は、自然と背筋が伸びる緊張感が漂っている。

「一人でやるより、聞ける相手がいるほうがいいだろ」

そう言って黒川くんも俺の隣に座り勉強してくれた。俺の書く手が止まる度に、どうしたと確認してくれる黒川くんに俺の胸はよろこびと申し訳なさで一杯になる。

「ごめんな、毎日付き合わせて」
「俺から提案したことだし、気にしなくていい」
「でも何回も手を止めさせとるし、わからんとこは聞くから放っといてええよ」

皆が勉強に集中している図書室の静けさに、俺達は少しだけ顔を寄せて話す。もう少し離れて話したいのだが、どれだけ小声でも部屋全体に響きそうな気がした。
だからいつもより近い距離で話すのだが、その度に黒川くんの口が何かいいたそうに動く。
なら筆談にしようとも考えたけど、楽しくなりそうなので我慢した。

「黒川くんはなんで勉強できるん?」

俺の質問に、黒川くんがきょとんとした顔をする。

「なに突然」
「黒川くん、全然手が止まらんなあって思って」

俺と黒川くんの前には、同じ英語の問題集がある。それに指定された範囲を解いていくわけだが、俺は何度も手が止まるし、ページを戻ったりするのに、黒川くんはそんなことがない。
すらすらと淀みなく書かれていく文字に、俺はぼうっと紙に書かれていく音を聞いてしまう。
一方で、こんなふうに何度も手が止まる俺を、黒川くんはどう思ってるんだろうと気になってくる。

「……水野ってさ、勉強のことどう思ってる?」
「勉強?うーん、せなあかんこと、かなあ」
「俺はさ、いつもの授業もこれも、クエストだと思ってる」

クエスト?
予想外の単語に、俺は完全に手を止めて黒川くんを見る。

「授業がその日のデイリークエスト、テストは通常クエスト。点数取れたやつが一位のやつで、得点が俺のクエストでの得点」

黒川くんの説明に、俺は自分の問題集を見る。今開いているページはクエストの内容で、点数によってクエストクリア時の判定がちがう。黒川くんはA判定で俺はB判定。そう思うとちょっとだけ悔しくなるのはゲーマーの性だろうか。

「俺もA判定ほしい……」
「勉強すりゃいいだろ」
「そのモチベが続けば苦労はせんねん」

俺は机に倒れ込む。
デイリークエストも普段のクエストも、そう思えばやってみようかなとは思う。
だけど判定結果を良くしようと思うには、もう一つ、なんか魅力的なものが欲しい。それこそアイテムもらえるとか、武器の素材をもらえるとか。

「何かご褒美ほしい」
「自分で用意したら」
「金欠やねん」
「それは自分でどうにかしろ」
「黒川くんは?」
「なにが」
「黒川くんは、クエスト報酬何にしとるん?」

普通のことを聞いただけだと思ったが、黒川くんは動きを止めてしまう。さらには顔を少し赤くして、そわそわと視線を彷徨わせる。
何か変なこと聞いただろうか。首を傾げる俺を見て、黒川くんは口を開いて閉じる。
それを何度か繰り返して、そして俺から顔をそらして黒川くんはつぶやく。

「レベル……」
「レベル?」
「クエストクリアしたら……レベル、アップしたって、考えてる……」

申し訳ないけれど、俺は一瞬理解が追いつかなかった。
ぽかんと口を開ける俺に、黒川くんの顔が真っ赤になっていく。

「っ、昔!親が今日の宿題をクリアしたらレベルアップだねって!そう教え込んできたんだよ!それで俺も素直にそれに従ってきたってわけ!!それだけっ!」

終わりっ、と言い切りながらも、黒川くんの横顔は相変わらず真っ赤で、潤んだ目でこちらを見ないようにじっとノートを睨んでる。
その頑なな姿が、俺の目に自然とちっちゃな子を思い浮かばせる。

『今日俺頑張ったからレベルアップした!』

そう言ってはしゃぐちっちゃい黒川くんが見えた気がした。
なにそれかわいい。
俺の中に、言い表しがたい擽ったさと抱きしめたい衝動が生まれる。

「かっわい…………」
「〜〜〜〜っ!?」

俺の呟きに今度こそ黒川くんは顔を隠してしまう。
机に伏せて腕でガードする黒川くんに、俺はまたも込み上げる微笑みを我慢する。

宿題したらレベルアップ、か。

その響きだけでとても魅力的に感じる。
授業も、テスト勉強も、テストも運動も、日常生活全部レベル上げ。

「…………俺めっちゃレベル上げてきたんちゃう?」

確信した響きの俺の呟きに、黒川くんが変な顔で顔を上げる。

「俺、今日までの人生、めっちゃレベル上げてきたんやなあ」

今度こそ、黒川くんが驚いて顔を上げる。

だって、考えてみたらそうじゃないか。これまでのやってきたこと全部、俺ってやつのレベル上げに俺は邁進していたわけだ。

「なら俺ももっとレベル上げたい!黒川くんに並ぶくらい上げたい」

黒川くんのほうが成績いいってことは、勉強に関しては黒川くんのほうがレベルは高いってことかな。だけど俺だって今日もレベル上げしてる。そのうち追いつく日だって出てくるかもしれない。

「俺頑張って黒川くんに追いつくからな!俺だって毎日ちょっとずつレベルは上げてきたんや!」

俺の宣言に黒川くんは目を丸くする。しかし、ぷっ、と吹き出すと、ふるふると体を震わせる。

「っ、……だな。今は俺の方がレベル高いのかも。でも俺も水野に負ける気ないから」
「おっ、勝負する?」
「いいぜ。俺絶対勝つし」

余裕の笑みを見せる黒川くんに、俺はむっと口をとがらせる。
ほんなら点数勝負な、と俺たちは顔を見合わせ笑い合う。

「でもUFOキャッチャーに関しては俺のほうがレベルは上やで」
「……………………」

ふとこの前のことを思い出して俺が宣言すると、黒川くんの顔がわかりやすく不満を訴える。

「あれは水野がやり込んでるから」
「せやで!だから俺のほうがレベルは上!」

黒川くんに勝てるもんあった、とはしゃぐ俺に黒川くんの顔はますます歪んでいく。

「テストの点は俺のほうが上だ」
「わからんで。教科によっては俺が上かもしれんし」
「総合点は俺が上!」
「でも音楽は俺のが上な自信あるで!」
「それ言ったら体育は俺が上だ!」
「でも美術は俺のが上に――」

「静かに!!」

目の前に立っていた司書の先生が俺たちを鋭い目で睨みつける。周りを見るとほかの生徒達も皆俺たちの方を見ており、気がつけばずいぶん注目の的になっていたらしい。

「図書館では静かに!」
「「すみませんでした」」

しおらしく頭を下げた俺たちに、司書の先生は怒りを納めてカウンターに戻っていく。
すみませんとほかの生徒達にも頭を下げ、また図書館は静寂に包まれる。

「やってもうたな……」
「水野が騒ぐから」
「そこは黒川くんも共犯やろ」

顔を近づけこそこそと話していると、カウンターからまた司書さんの咳払いが聞こえる。
それに愛想笑いを浮かべ頭を下げ、俺たちは顔を見合わせ笑い出す。

「めっちゃ見られてる」
「こりゃもう今日ここで勉強は無理だな」

勉強道具をまとめて図書室を出る。
学校を出ると空にはまだ夕焼けが残っていて、二人で鞄片手にだらだら歩く。

「テストまであと何日?」
「四日。初日は数学と公民」
「俺、今回の公民はいける気がする」
「数学は」
「そこはこれから頑張る」

二人で笑いあいながら駅まで歩く。こっそり黒川くんの横顔を見る。
教室や電車内で見るだけだった横顔が、今は俺の横を歩いてる。

「なんだよ」

俺の視線に気がついた黒川くんが、俺のほうを見て不思議そうな顔をする。


「俺、黒川くんと仲良くなれてよかったなあって思って」

俺の正直な気持ちを話すと、黒川くんの目が丸くなる。
いざ口に出してみると感情がこみ上げてきて、俺はひとり腕を組みながらうんうんと頷く。

「昔はずっと遠くから見とっただけで、どっか遠い人やって思っとってん。だけど喋ってみると好きなもん一緒やし、おもろいもんがどんどん増えていく」

例えば今持っている鞄の中の教科書だって、朝まではただ重い本だった。だけど今はレベル上げの道具に思えるし、レベルを上げた自分を楽しみに思う。

「全部黒川くんのおかげやなあ。黒川くんのおかげで、いろんなもんが楽しいもんやって思えた。俺の世界が変わった気がするのも、全部黒川くんが教えてくれたおかげや」

こみ上げてくる衝動のまま、俺は足を止めて黒川くんを見る。黒川くんも立ち止まって、俺を驚いた顔で見つめている。

「ありがとな黒川くん。俺と一緒にいてくれて」

ついでにこれからもよろしく!と手を挙げれば、意識が戻ったらしい黒川くんの顔が赤くなる。

「はっず!」
「ええやん!こういうときはノリや!口に出すのは大事やで」
「だからってこんなところで言えるの、俺だったありえねえ……」

そんなことを言いながらも、黒川くんの頬は相変わらず赤い。ついでに歩き出した横顔に見える耳も夕焼けに負けず劣らず真っ赤に染まっている。

「照れんでええで」
「照れてないっ!!」

大声で否定したかと思うと、黒川くんが駅まで早足で歩き出す。
その後ろ姿を追いかけながら俺も楽しくなってくる。
そんなことを繰り返しながら駅までの道を歩く。


このときの俺は、全部うまくいっていると思っていた。