俺のゲーム内旦那様は、クラス一のモテ男でした。


帰りのホームルームが終わった教室は、一気ににぎやかになる。

部活に行ったり、寄り道の話をしたり、皆が思い思いの放課後を過ごすなか、俺もりょうちんとかっちゃんに声をかける。

「帰ろーやー」
「俺、今日委員会」
「俺はそろそろテストあるし本屋寄ってく」

筆箱を抱えて教室を出ていくりょうちんを見送り、俺とかっちゃんは顔を見合わせため息をつく。

「テストなあ……」
「俺今回はマジでヤバそう。湊は?」
「わからんとこ多くて逆にわからん」

だよなあ、と二人で嘆いていると、後ろから足音が聞こえてくる。周りの女子達が俺の後ろを見るから、俺は誰が近づいてきたかすぐに分かる。

「黒川くん」

後ろを振り返れば予想通り、涼しい顔した黒川くんが立っていた。かばんを肩にかけており、周りの女子達が声をかけたそうに彼を見ている。

「どないしたん?」
「ちょっと水野に話が……」

と、黒川くんがちらりとかっちゃんを見る。黒川くんの視線に、かっちゃんがびっくりして俺を見る。

「俺だけ?」
「そう、水野に」
「場所変えたほうがええ?」
「そこまで大層なもんでもなくて……」

その割に黒川くんの表情が硬くなる。周囲の人達が声を潜め俺たちを見守る。
よくわからないが急に緊張感ただよう空気に、俺も必然的に背筋を伸ばす。

「……水野」
「っはい!」
「その……よかったら……」


「……俺と、付き合ってほしいんだ」

このあと教室内が阿鼻叫喚になったのは言うまでもない。



「……………………っ!!」
「水野笑いすぎ」
「だって、……っ、黒川くん誘うのあれって…………っ!!」

笑いの収まらない俺に、隣にいる黒川くんがむっとした顔になる。黒川くんがUFOキャッチャーのボタンを押し、ケースの向こうではアームがゆっくり動く。
学校の最寄り駅から何駅か行った、カラオケやらボーリングが併設されたゲームセンターに俺は黒川くんと一緒に来ていた。

あの黒川くんの爆弾発言のあと、よくよく話を聞けば黒川くんは俺をゲーセンに誘いたかっただけらしく、そこを説明した瞬間の教室内の白け具合はひどかった。

「普通にゲーセン行こ、でええやん」
「そう言ったつもりだったんだよ」
「全然違うこと言ってたで」
「しかたないだろ、誘うの慣れてないんだから」
「えっ?」

黒川くんの言葉に、俺は本気でびっくりする。だって黒川くんは放課後誰かしらによく誘われている。今日だって黒川くんが俺に声をかけなければ、たぶん近くにいた女子達が誘っていただろう。

「よく皆と一緒に出かけとるやん」
「いや、声かけられるけど行かないし。カラオケ誘われても歌う曲ないし、それなら家でゲームしたい」

黒川くんがまたUFOキャッチャーのボタンを押す。ケースのなかでドラゴンのマスコットが揺れる。
黒川くんが挑戦しているのは、今日から設置されたアストラル・ゲート・オンラインのモンスターマスコットのUFOキャッチャーだ。

「土日は?」
「基本ゲームと位置ゲー。水野は」
「俺もゲームやなあ」
「水野も似たようなもんじゃん」

俺には散々なこと言っといて、と黒川くんが俺を睨む。それに俺は苦笑いでごまかす。ケースの中でアームが空を掴む。

「でも意外やったわ。黒川くんが人を誘ったこと少ないって」
「なんで」
「うーん、説明がむずいんやけど……」

俺は黒川くんの横顔を見る。UFOキャッチャーに夢中になっている顔もイケメンだ。
こんな人に誘われて喜ばん人はおらんやろ。脳内に姉ちゃんの横顔が再生される。
姉ちゃんはよく人に誘われるし、姉ちゃんの誘いを断る人もほとんどいない。
休日はよく出かけてるし、その隣にも必ず人がいた。

「なんかキラキラした生活送ってそうやなーって……」

キラキラした人は、キラキラした生活を送っている。
俺の姉ちゃんはその体現者やと思う。キラキラ生活がよく似合うし、周りの人もその生活を期待している。
しかし、俺の感想を聞き黒川くんは訝しげな顔をする。
ついでにまた失敗したらしく、ケース内のアームが空を掴む。

「人を誘うかどうかはまた別の話だろ」

俺の勝手なイメージに、黒川くんが興味なさそうに呟く。
はい交代、と黒川くんがUFOキャッチャーの前からどいて、俺を空いた場所に押しやる。

「俺は水野とこれがやりたかったの」

黒川くんがいつもの顔で言う。ケースの中ではモンスターマスコットが揺れる。つまりはゲーム基準ってわけか。黒川くんの考えは分かりやすい。

「でも黒川くんUFOキャッチャー下手やん」
「…………水野はどうなんだよ」
「俺結構これ得意やでー」

姉ちゃんによくせがまれるし、と俺は機械に小銭を入れる。UFOキャッチャーは機体によってコツがある。お小遣いないでクリアするために動画見てさんざん研究したんや。

「ほらっ!」
「おー!」

三回ほどやって取れたマスコットに、黒川くんから歓声が上がる。手のひらサイズのマスコットは、羽にうろこの模様など思ったよりも精巧だ。

「黒川くんはどれがいい?」
「いいのか?なら、右上の氷龍」
「まかしとき!」

威勢よく返事をして、俺はまたボタンを叩く。こちらも三回ほどで景品口にマスコットが落ちる。

「すげえ」
「俺の数少ない特技の一つやで」
「別にそうは思わないけど、これはすげーな」

黒川くんが景品を取り出し、目の前にかざす。

「細か」
「やんなっ!よくできてる!」
「俺氷龍の武器好きなんだよね。水野は?」
「俺はこれ。水狐のやつ。使わんけどこれの大剣ってかっこええよな」
「わかる」

二人でマスコットを並べ、ここが再現度高い、この角度良い、なんて話す。
同じゲームのモンスターだけど、知らない人から見たらそうだとは気が付かないだろう。
そう思ったら、俺にいたずら心がわく。せっかくのゲーム仲間、二人にだけわかる証ってロマンだ。

「なあ黒川くん、これ、一緒に鞄につけへん?」

俺の誘いに、黒川くんは首をひねる。

「鞄に?」
「そうそう。ゲーム好きの主張」

こんなふうに、と俺は鞄につけてみせる。

「結構ええサイズちゃう?」

俺の提案に、黒川くんはしばし思案する。だけど最終鞄に着いた氷龍に、俺は浮かれて頬が緩みまくる。

「ええ感じやん!姉ちゃんに自慢したろー!」
「姉ちゃん?」
「俺の姉ちゃん!氷龍好きやねん。衣装が可愛いってよく言って……て…………」

そこまで言って、俺はようやく自分の失言に気がつく。黙り込んだ俺に、黒川くんが不思議そうに追い打ちをかける。

「水野姉ちゃんいるんだ。何歳?」
「……大学生。4個上やねん」
「姉ちゃんこのゲームしてるんだ」
「……せやねん。……言うて、バイト忙しいからあんまログインせえへんねんけど…………」

あははー、と誤魔化し笑いを浮かべる俺に、黒川くんが眉間にしわを寄せる。これは早急に話題をそらさんと。
そう思うのに、黒川くんは逃がしてくれない。

「写真とかある?水野の姉ちゃん見てみたい」

珍しく好奇心の見える顔に、俺は答えに詰まる。

見せたくない。

瞬間、そう思った。姉ちゃんの友達が俺を見ると、皆決まって同じ事を言う。

「凪の弟?全然似てないじゃん。ちょっとがっかり」

なにががっかりやねん、って何度も心のなかで突っ込んだ。似てない、は俺が物心ついたときから耳にタコになるくらい言われてきた。

俺の友達も、姉ちゃんを見ては「似てない」って言う。

「湊の姉ちゃん美人だよな!」

そう言って姉ちゃんを前に顔を赤くする。
だから、姉ちゃんの写真を見せるのはいややった。黒川くんが姉ちゃんに「かわいい」って言うのを聞きたくない。
もう散々ゲームで聞いてきたし、現実で可愛いなんて言うの聞かんでもええやん。

そう思っても口に出せるはずもなく、俺は諦めてスマホを取り出す。

「……これ、姉ちゃん」

フォルダ内探しても姉ちゃん単体の写真は無かった。だから仕方なく俺とのツーショット写真を見せる。

我ながら似てないな、と俺でも思った。姉弟というより美人と平凡、後から思い出そうとしても姉ちゃんしかのこってないと思う。

「俺の姉ちゃん美人って評判やねん」

じっと写真を見つめる黒川くんに、俺は先に姉ちゃんについて説明をする。美人で、いつも人気があって、俺とはあまり似ていない。俺のことには触れなくて済むように、俺は姉ちゃんのことだけを口にする。

「姉ちゃん結構背も高くて、モデル体型って街でも声かけられてて。特に目がかわいいって評判で」
「うん、それわかる」
「やろ?まつ毛長くてくりっとしてて」
「水野とよく似てるよな」
「…………へ?」

俺から出た変な声も、黒川くんは全く気にならないらしい。隣で呆ける俺を気にせず、黒川くんはうなずきながら写真を見る。

「目が似てるんだな。あと笑った顔も結構似てる。……うん、かわいい」
「へあっ?!」
「………………いや姉ちゃんがな」

わかっとるわっ!!と元気よく返した割に、俺の顔は熱くてたまらなかった。
姉ちゃんが可愛いなんてわかっとる。だけど似てる、なんて言われたこと俺の記憶では数えるほどもない。

「ほんま似てる?」
「え、似てるだろ?特に笑ったときの目の形とか」
「うーん、全然わからへん」

写真をまじまじと見つめる俺に、黒川くんのほうが不思議そうな顔をする。

「別に姉弟なら似ていても普通だろ」
「いやー、姉ちゃんと似てるかぁ…………?」

わからへん、と頭を悩ませる俺の隣で、黒川くんが姉ちゃん見て「かわいい」って再度呟く。

「水野の写真うつりが悪いんじゃね?」
「それはそれで俺のことディスっとらん?」

唇を尖らせる俺を見て、黒川くんが吹き出す。
悪い、と言いながらも笑いの止まらない黒川くんに、俺もつられて笑う。
姉ちゃんと俺って似てるんか。
初めて知った事実に、つい何度も写真を見てしまう。

「って、そろそろ帰らなあかんな」
「えっ?もうそんな時間か」

黒川くんもスマホを確認し、時間を見て眉を寄せる。

「帰ろか」
「だな。明日からテスト期間だし、早めに帰って勉強……って水野?」

黒川くんが不思議そうな顔で、足を止めた俺を振り返る。
俺はそれに応えるどころではなく、思い出した事実に冷や汗が伝う。

「……テスト?」
「テスト」
「明日から?」
「正確には明日がテスト一週間前」
「〜〜〜っ!!」

忘れとった!マスコットがうれしくて忘れていた!
かっちゃんとそんな会話したばっかやのに、と自分の記憶力にうなだれる。別に成績が悪いわけではない。普通よりちょっと上、そこら辺が俺の順位だ。
だがそれは準備あってこそ、一応予習復習やる優等生だ。
むしろそうしなきゃ追いつけないわけで、そして最近はモモのことで頭が一杯で…………。

「なに、水野ってやばい成績だっけ?」
「そこまでやけど、でも今回はあかんねん……」

赤点……ゲーム…………と呟く俺に、黒川くんが何かを察した顔をする。

「ならさ、水野明日から暇?」
「勉強一色や……」

「今日連れ回した詫びも兼ねて、高得点取る秘訣教えてやるよ」