水野は、モモさんと良く似ている。
これが、ここ最近俺を悩ませている議題だ。
水野のことは、今年同じクラスになってから名前だけは知っていた。関西弁のよく笑うやつ。いつも笑顔で誰かと話している。
その頃は水野がゲーム好きなんて知らなかったから、話したことなんてないしきっかけもなかった。
ただ、彼が時折言う
「しゃーない」
だけが、あの人とよく似ていて耳に残っていた。
そんな水野を俺が意識したきっかけは、水野がアストラル・ゲート・オンラインについて呟いていたから。どれだけ小さな声だったとしても、教室内ならそのゲームの名は俺の耳に届く。
ついでに俺がゲーム動画みていることにも気がついていたみたいで、その時点で「俺と近い」とは思っていた。
だから、「レベルが低いから」で壁作られたときは、俺的には地味にショックだった。
ゲームは流行っている割には、身近にプレイしている人はいない。
たまに見つけたとしても交流メインのタイプばかりで、俺みたいにクエスト回しまくる奴はいない。
だから、水野は初めて見つけた「仲間」だと思った。たくさん話したいことがあった。たくさん聞きたいことがあった。
なので拒否されたときはショックで、がっかりして冷めたりもしたけれど、モモさんにも宥められ、翌日声をかけられ俺は浮上した。
そして現在、水野とはゲーム仲間として上手くいってる。クエスト一緒にまわれないのは不満だが、現実でもゲーム語りができて、ゲーム内ではモモさんがいて、俺は充実した生活を送っている。
これがいい、と思っていたのに。
「ただいま」
「お帰り。今日も長かったね」
フィールドワークから帰ってきた俺を、母さんが出迎える。父さんはまだ仕事らしく、リビングに置かれたテレビではバラエティが放送されている。
「今日もどっか遠くまで歩いて帰ってきたの?」
「今日は授業の延長で歩いてきた」
学校の周りグルッとしてきたと話すと、母さんは「大変ねえ。お疲れ様」と軽く言った。俺が日常的に長距離歩きに行ってるので、母さんも特に気にせずバラエティを見ている。
「夕飯は?」
「ラーメン食べてきたけどいる」
「はいはい。食べてきたってことは誰かと一緒?」
珍しい、と母さんが表情を変える。その反応に俺は複雑な気持ちになる。
「別に一人じゃないことも多いし。竹田とだってよく行くし」
「でも最近は一人じゃない。竹田くんも付き合ってくれなくなって」
あんまり遅くまで歩かないのよー、と母さんに軽く釘を差される。別に遅くなるつもりはないが、次のチェックポイントまで、と思うと自然と歩行距離が延びていく。
晩御飯を食べ部屋に戻ると、俺は早速パソコンのスイッチを入れた。
アストラル・ゲート・オンラインを俺は自室のパソコンでプレイ中だ。
ログインしギルドのテント内を見回すと、桃色の髪の毛が揺れているのが見える。
『こんばんはモモさん。今日もかわいいね』
アバターを選び声をかけると、桃色の髪の少女がこちらに振り向く。全身を着物風の衣装で統一したモモさんは、今日もきれいで誰よりも可愛い。
「こんばんはレンくん!今日はログイン遅かったんだね』
『今日は用事があって遅くなったんだ。それでもモモさんに会えてうれしいよ。モモさんはいつからログインしてたの?』
『私は今日は朝からやってたの。みんなで衣装合わせて撮影会したんだ』
これ、とモモさんから画像が送られてくる。ギルド内のほかの人たちも着物風衣装で統一している。画像が撮られた時間は午後三時頃。俺が水野と一緒に施設を回っていた時間だ。
「そりゃちがうか…………」
気がつけば漏れていた言葉に、俺はびっくりして口を押さえる。
俺、いま何考えた?画面のなかではモモさんが笑っている。
俺、モモさんの中の人、水野かもしれないって考えた?
なんてそんなこと、と考えたところで、共通点が多いところに気がつく。
関西弁に、口癖が「しゃーない」、ゲームが好きで、機嫌悪いとこなんて見せない。
探せば共通点なんていくつも見つかって、俺の中で疑惑が濃くなっていく。
『用事ってなんだったのか聞いてもいい?』
ぽんっ、とモモさんから質問が送られてくる。
『大丈夫だよ。ただの学校の課題。いろんなとこ回るやつ』
『わー、それは大変だ。私も似たようなのやったことあるー』
『友達と二人で全部回ってきた』
『すごいね!楽しかった?』
送られてきた文章に、俺の動きは止まる。
うん、楽しかった。色んな話をした。笑いあった。走って、協力して、分担して、喋って。
『俺、黒川くんの考え方好きやわ』
よみがえった水野の声に、心臓がきゅっと痛くなる。
楽しかった。だけどそれを言うとモモさんを裏切ったような気持ちになる。
俺が「楽しかった」って送ったら、きっとモモさんは「よかったね」って返してくれる。
そんなわかりきった言葉を、いまだけは見たくないと思った。
『大変だった。課題多すぎ』
『分かる。学生って大変だよね。お疲れさま!』
それだけ言うと、モモさんは別の人に話しかけられて行ってしまった。
俺はコントローラーを握りしめ、何度もチャットを読み返す。
さきほど生まれた疑惑が薄くなっていく。
「やっぱり…………」
俺はスマホを手に取り、LINEの画面を開く。
『月曜昼、いつものとこ』
それだけ送ると、俺はスマホをベッドに放り投げた。
「それで、今度は何があったんだよ」
月曜日の昼休み。校舎裏に現れた竹田は、嫌そうな顔を隠すことなく俺に不満の声を上げる。
「俺サッカーしたかったんだけど」
「モモさんに水野と回ったの楽しかったって言えなかった」
「聞けよ。つかやっぱモモさんの話かよ。お前それ以外に話題ねーの?」
校舎側の段差に腰掛けてた俺の隣に座ると、竹田は手に持っていたパンを食べ始める。
「モモさんのこと以外で竹田に話すことなんてゲームのことくらいしかない」
「結局ゲームのことしかないのかよ!それで、水野のこと言えなかったって何」
「なんか、現実で水野と回ったの楽しかったって言ったら、悪い気がして……」
俺の話に、げんなりした顔で竹田が俺に聞く。
「モモさんそんなことでキレる人?」
「いや、むしろ俺が学校生活楽しむこと、よろこんでくれるっぽい」
「なら言えばいいじゃん」
「でもなんか、あんま言いたくないっていうか……」
「なんで?実際水野と回って楽しかったんだろ?」
竹田に言われて、俺はなんとなく返事がしにくくなる。手に持っていたパンを一口かじる。
楽しかった、それは確かに事実だ。だけどそれをモモさんに言うのも、よろこんでくれるのもなんとなく嫌だ。
「いろいろあるんだよ」
「めんどくさ」
言い切られ、俺は思わず竹田を睨む。
「モモさん年上だし既婚者っぽいんだろ?なら子ども扱いされるのは仕方ねーだろ」
改めて言われた指摘に、俺の心は潰されたように痛む。
竹田が食べ終わったパンの袋を潰す。竹田を見ると、その後ろにある校舎が目に入る。
モモさんが俺より年上なことは、結構早いうちからわかっていた。学生だと打ち明けた俺に、モモさんは学校生活を過去形で話していたから。
「モモさん追いかけるのそろそろやめたら?」
黙った俺に、竹田がこちらも見ずに言う。
「既婚者追いかけるのはヤベーだろ」
「別に略奪したいわけじゃないから」
呆れた顔をする竹田を無視して、俺はまたパンを一口かじる。
モモさんが既婚者だというのも、俺と竹田の予想だけど、お互い確信を持っていた。
モモさんは基本的に個人情報をあまり話さない。だけどかつて一度だけ、家族について話してくれたことがあった。
「それなのにここまで変われるとか、モモさんの力ってすげーな」
竹田がこんなふうにモモさんについて言うのも、俺が変わったのも、モモさんが家族について話したのも、全部去年の夏にあったリアルイベントがきっかけだった。
東京で開かれたゲームショウのなかに、アストラル・ゲート・オンラインもブースができると言う話だった。
そのニュースはギルド内でも話題の中心で、行くか行かないかって話になった。さらにはそこでオフ会しようなんて話もでて、俺とモモさんにも声がかかった。そして。
『都合が合えば、私も参加してみようかな』
モモさんのその一言は、それまでの俺の世界を壊した。所詮はゲーム、と区別していた俺に、現実でのつながりという新たな世界の可能性を見せた。
モモさんに現実でも会えるかもしれない。
その可能性は、俺を突き動かすには十分だった。
会いたい、会ってみたい、と思った俺は、すぐさま開催場所と時間をチェックした。
しかし、その後風呂場で自分の姿を見た俺は愕然とした。
ぼさぼさの髪に、寝不足で荒れた肌に古びたジャージ。
レンとは似ても似つかない姿に、最初は俺だと思えなくて言葉が出なかった。
この姿でモモさんと会うのか?
瞬時に「無理だ」と思った。そんな姿を彼女に見せられるわけがない。部屋に戻り散々調べた履歴を消した。
結局、俺は現地に行かなかったし、モモさんも会場に現れなかった。
『家族と都合が合わなくて無理だった』
と話すモモさんに、ほっとしたと同時に、既婚者である可能性をみてよく分からない気持ちになった。
『家族が大きくなってくると予定合わせるの難しいね』
その一言に、ギルド内のメンバーは同意していた。
『うちも子どもが大きくなって――』
『部活が忙しくて――』
そんな会話で埋め尽くされていくチャット内で、モモさんはあのひと言以降何も言わなかった。
その時はそんなもんだった。モモさん既婚者なんだ、ただそう思った。
所詮ゲームの話だし、仲が良いとはいえ現実は別だと割り切って考えることができた。
問題は、その後のギルド内でのことだった。ゲームショウ内で行われたオフ会は好評で、第二回を開こうという話になった。
『私も機会があったら行きたいな』
モモさんは当たり障りのない返事をしていた。
俺も似たような返事を返したと思う。ゲームと現実は別、そう割り切って考えないと、と思った。
そう思ったのに、俺は次の日髪を切りに行った。
本屋に行ってファッション誌を買ってみた。内容は全然分からなかった。
勉強も前よりやる気になった。筋トレもしてみようかなんて思った。
通学する電車内で「推しに可愛いって思ってほしい」と女子がグループで盛り上がっている声が聞こえた。
俺もつまり、そういうことなんだと思う。
「……中の人はこんななのかって思われるの嫌じゃん」
「あー、お前のキャラやたらイケメンだしな。それに動画とかでもあるよな、声めっちゃかわいいのに姿見たら違うってなるやつ」
「そんな風にがっかりされたくないし」
「カッコつけ」
「うっせ竹田」
俺の悪態に竹田はおもしろそうに笑う。
「それで、なんでモモさんに水野とのこと言えなかったんだよ」
二個目のパンを食べ終わって、竹田が最初の話題に戻す。ぼうっと昔のことを考えていた俺に、当然答えなんて浮かんでこない。
「……わかんね。ただなんか、水野のこと言いたくないって思っただけ」
「ふーん」
「どうせただの世間話だし。別に話すほどのことでもないって事だと思う」
「へーえ」
「それに………………ってさっきからなんだよその返事」
「お前、むしろここまで聞いてる俺に感謝しろよ」
そんなんイケメンの嫌味ーって言われるぞ、という竹田の忠告に、俺は意味がわからなくて首をひねる。
「とりあえず、モモさんのこと気にせず水野と遊んだら」
「……なんで」
「お前が誰かと遊ぶなんて貴重じゃん」
「お前とだって出かけるだろ」
「アイテム複数欲しいからって付き合わせるのは遊ぶとは言わねえ」
言い切られて俺は返す言葉も無い。春休みに図鑑を埋めるため、限定モンスターゲットに付き合わせたのは俺だ。
「だから、楽しかったならもっと誘ってみたらいいんじゃね?同じレベルで付き合ってくれるヤツなんてレアだぜ」
「わかってる」
「ならそーいうことで。俺サッカーするから」
じゃーな、と竹田は校庭に歩いていく。一人残された俺は食べかけのパンにかじりつく。
誰かと遊ぶ、なんてどこに行くんだ。痛くなってきた頭にスマホを取り出す。暇つぶしがてらネットニュースを開くと、好きなゲームの記事が目に入る。
「これ……」
そこには、俺の悩みを解決する答えがあった。
その記事を保存すると、俺は早足で教室に戻った。
これが、ここ最近俺を悩ませている議題だ。
水野のことは、今年同じクラスになってから名前だけは知っていた。関西弁のよく笑うやつ。いつも笑顔で誰かと話している。
その頃は水野がゲーム好きなんて知らなかったから、話したことなんてないしきっかけもなかった。
ただ、彼が時折言う
「しゃーない」
だけが、あの人とよく似ていて耳に残っていた。
そんな水野を俺が意識したきっかけは、水野がアストラル・ゲート・オンラインについて呟いていたから。どれだけ小さな声だったとしても、教室内ならそのゲームの名は俺の耳に届く。
ついでに俺がゲーム動画みていることにも気がついていたみたいで、その時点で「俺と近い」とは思っていた。
だから、「レベルが低いから」で壁作られたときは、俺的には地味にショックだった。
ゲームは流行っている割には、身近にプレイしている人はいない。
たまに見つけたとしても交流メインのタイプばかりで、俺みたいにクエスト回しまくる奴はいない。
だから、水野は初めて見つけた「仲間」だと思った。たくさん話したいことがあった。たくさん聞きたいことがあった。
なので拒否されたときはショックで、がっかりして冷めたりもしたけれど、モモさんにも宥められ、翌日声をかけられ俺は浮上した。
そして現在、水野とはゲーム仲間として上手くいってる。クエスト一緒にまわれないのは不満だが、現実でもゲーム語りができて、ゲーム内ではモモさんがいて、俺は充実した生活を送っている。
これがいい、と思っていたのに。
「ただいま」
「お帰り。今日も長かったね」
フィールドワークから帰ってきた俺を、母さんが出迎える。父さんはまだ仕事らしく、リビングに置かれたテレビではバラエティが放送されている。
「今日もどっか遠くまで歩いて帰ってきたの?」
「今日は授業の延長で歩いてきた」
学校の周りグルッとしてきたと話すと、母さんは「大変ねえ。お疲れ様」と軽く言った。俺が日常的に長距離歩きに行ってるので、母さんも特に気にせずバラエティを見ている。
「夕飯は?」
「ラーメン食べてきたけどいる」
「はいはい。食べてきたってことは誰かと一緒?」
珍しい、と母さんが表情を変える。その反応に俺は複雑な気持ちになる。
「別に一人じゃないことも多いし。竹田とだってよく行くし」
「でも最近は一人じゃない。竹田くんも付き合ってくれなくなって」
あんまり遅くまで歩かないのよー、と母さんに軽く釘を差される。別に遅くなるつもりはないが、次のチェックポイントまで、と思うと自然と歩行距離が延びていく。
晩御飯を食べ部屋に戻ると、俺は早速パソコンのスイッチを入れた。
アストラル・ゲート・オンラインを俺は自室のパソコンでプレイ中だ。
ログインしギルドのテント内を見回すと、桃色の髪の毛が揺れているのが見える。
『こんばんはモモさん。今日もかわいいね』
アバターを選び声をかけると、桃色の髪の少女がこちらに振り向く。全身を着物風の衣装で統一したモモさんは、今日もきれいで誰よりも可愛い。
「こんばんはレンくん!今日はログイン遅かったんだね』
『今日は用事があって遅くなったんだ。それでもモモさんに会えてうれしいよ。モモさんはいつからログインしてたの?』
『私は今日は朝からやってたの。みんなで衣装合わせて撮影会したんだ』
これ、とモモさんから画像が送られてくる。ギルド内のほかの人たちも着物風衣装で統一している。画像が撮られた時間は午後三時頃。俺が水野と一緒に施設を回っていた時間だ。
「そりゃちがうか…………」
気がつけば漏れていた言葉に、俺はびっくりして口を押さえる。
俺、いま何考えた?画面のなかではモモさんが笑っている。
俺、モモさんの中の人、水野かもしれないって考えた?
なんてそんなこと、と考えたところで、共通点が多いところに気がつく。
関西弁に、口癖が「しゃーない」、ゲームが好きで、機嫌悪いとこなんて見せない。
探せば共通点なんていくつも見つかって、俺の中で疑惑が濃くなっていく。
『用事ってなんだったのか聞いてもいい?』
ぽんっ、とモモさんから質問が送られてくる。
『大丈夫だよ。ただの学校の課題。いろんなとこ回るやつ』
『わー、それは大変だ。私も似たようなのやったことあるー』
『友達と二人で全部回ってきた』
『すごいね!楽しかった?』
送られてきた文章に、俺の動きは止まる。
うん、楽しかった。色んな話をした。笑いあった。走って、協力して、分担して、喋って。
『俺、黒川くんの考え方好きやわ』
よみがえった水野の声に、心臓がきゅっと痛くなる。
楽しかった。だけどそれを言うとモモさんを裏切ったような気持ちになる。
俺が「楽しかった」って送ったら、きっとモモさんは「よかったね」って返してくれる。
そんなわかりきった言葉を、いまだけは見たくないと思った。
『大変だった。課題多すぎ』
『分かる。学生って大変だよね。お疲れさま!』
それだけ言うと、モモさんは別の人に話しかけられて行ってしまった。
俺はコントローラーを握りしめ、何度もチャットを読み返す。
さきほど生まれた疑惑が薄くなっていく。
「やっぱり…………」
俺はスマホを手に取り、LINEの画面を開く。
『月曜昼、いつものとこ』
それだけ送ると、俺はスマホをベッドに放り投げた。
「それで、今度は何があったんだよ」
月曜日の昼休み。校舎裏に現れた竹田は、嫌そうな顔を隠すことなく俺に不満の声を上げる。
「俺サッカーしたかったんだけど」
「モモさんに水野と回ったの楽しかったって言えなかった」
「聞けよ。つかやっぱモモさんの話かよ。お前それ以外に話題ねーの?」
校舎側の段差に腰掛けてた俺の隣に座ると、竹田は手に持っていたパンを食べ始める。
「モモさんのこと以外で竹田に話すことなんてゲームのことくらいしかない」
「結局ゲームのことしかないのかよ!それで、水野のこと言えなかったって何」
「なんか、現実で水野と回ったの楽しかったって言ったら、悪い気がして……」
俺の話に、げんなりした顔で竹田が俺に聞く。
「モモさんそんなことでキレる人?」
「いや、むしろ俺が学校生活楽しむこと、よろこんでくれるっぽい」
「なら言えばいいじゃん」
「でもなんか、あんま言いたくないっていうか……」
「なんで?実際水野と回って楽しかったんだろ?」
竹田に言われて、俺はなんとなく返事がしにくくなる。手に持っていたパンを一口かじる。
楽しかった、それは確かに事実だ。だけどそれをモモさんに言うのも、よろこんでくれるのもなんとなく嫌だ。
「いろいろあるんだよ」
「めんどくさ」
言い切られ、俺は思わず竹田を睨む。
「モモさん年上だし既婚者っぽいんだろ?なら子ども扱いされるのは仕方ねーだろ」
改めて言われた指摘に、俺の心は潰されたように痛む。
竹田が食べ終わったパンの袋を潰す。竹田を見ると、その後ろにある校舎が目に入る。
モモさんが俺より年上なことは、結構早いうちからわかっていた。学生だと打ち明けた俺に、モモさんは学校生活を過去形で話していたから。
「モモさん追いかけるのそろそろやめたら?」
黙った俺に、竹田がこちらも見ずに言う。
「既婚者追いかけるのはヤベーだろ」
「別に略奪したいわけじゃないから」
呆れた顔をする竹田を無視して、俺はまたパンを一口かじる。
モモさんが既婚者だというのも、俺と竹田の予想だけど、お互い確信を持っていた。
モモさんは基本的に個人情報をあまり話さない。だけどかつて一度だけ、家族について話してくれたことがあった。
「それなのにここまで変われるとか、モモさんの力ってすげーな」
竹田がこんなふうにモモさんについて言うのも、俺が変わったのも、モモさんが家族について話したのも、全部去年の夏にあったリアルイベントがきっかけだった。
東京で開かれたゲームショウのなかに、アストラル・ゲート・オンラインもブースができると言う話だった。
そのニュースはギルド内でも話題の中心で、行くか行かないかって話になった。さらにはそこでオフ会しようなんて話もでて、俺とモモさんにも声がかかった。そして。
『都合が合えば、私も参加してみようかな』
モモさんのその一言は、それまでの俺の世界を壊した。所詮はゲーム、と区別していた俺に、現実でのつながりという新たな世界の可能性を見せた。
モモさんに現実でも会えるかもしれない。
その可能性は、俺を突き動かすには十分だった。
会いたい、会ってみたい、と思った俺は、すぐさま開催場所と時間をチェックした。
しかし、その後風呂場で自分の姿を見た俺は愕然とした。
ぼさぼさの髪に、寝不足で荒れた肌に古びたジャージ。
レンとは似ても似つかない姿に、最初は俺だと思えなくて言葉が出なかった。
この姿でモモさんと会うのか?
瞬時に「無理だ」と思った。そんな姿を彼女に見せられるわけがない。部屋に戻り散々調べた履歴を消した。
結局、俺は現地に行かなかったし、モモさんも会場に現れなかった。
『家族と都合が合わなくて無理だった』
と話すモモさんに、ほっとしたと同時に、既婚者である可能性をみてよく分からない気持ちになった。
『家族が大きくなってくると予定合わせるの難しいね』
その一言に、ギルド内のメンバーは同意していた。
『うちも子どもが大きくなって――』
『部活が忙しくて――』
そんな会話で埋め尽くされていくチャット内で、モモさんはあのひと言以降何も言わなかった。
その時はそんなもんだった。モモさん既婚者なんだ、ただそう思った。
所詮ゲームの話だし、仲が良いとはいえ現実は別だと割り切って考えることができた。
問題は、その後のギルド内でのことだった。ゲームショウ内で行われたオフ会は好評で、第二回を開こうという話になった。
『私も機会があったら行きたいな』
モモさんは当たり障りのない返事をしていた。
俺も似たような返事を返したと思う。ゲームと現実は別、そう割り切って考えないと、と思った。
そう思ったのに、俺は次の日髪を切りに行った。
本屋に行ってファッション誌を買ってみた。内容は全然分からなかった。
勉強も前よりやる気になった。筋トレもしてみようかなんて思った。
通学する電車内で「推しに可愛いって思ってほしい」と女子がグループで盛り上がっている声が聞こえた。
俺もつまり、そういうことなんだと思う。
「……中の人はこんななのかって思われるの嫌じゃん」
「あー、お前のキャラやたらイケメンだしな。それに動画とかでもあるよな、声めっちゃかわいいのに姿見たら違うってなるやつ」
「そんな風にがっかりされたくないし」
「カッコつけ」
「うっせ竹田」
俺の悪態に竹田はおもしろそうに笑う。
「それで、なんでモモさんに水野とのこと言えなかったんだよ」
二個目のパンを食べ終わって、竹田が最初の話題に戻す。ぼうっと昔のことを考えていた俺に、当然答えなんて浮かんでこない。
「……わかんね。ただなんか、水野のこと言いたくないって思っただけ」
「ふーん」
「どうせただの世間話だし。別に話すほどのことでもないって事だと思う」
「へーえ」
「それに………………ってさっきからなんだよその返事」
「お前、むしろここまで聞いてる俺に感謝しろよ」
そんなんイケメンの嫌味ーって言われるぞ、という竹田の忠告に、俺は意味がわからなくて首をひねる。
「とりあえず、モモさんのこと気にせず水野と遊んだら」
「……なんで」
「お前が誰かと遊ぶなんて貴重じゃん」
「お前とだって出かけるだろ」
「アイテム複数欲しいからって付き合わせるのは遊ぶとは言わねえ」
言い切られて俺は返す言葉も無い。春休みに図鑑を埋めるため、限定モンスターゲットに付き合わせたのは俺だ。
「だから、楽しかったならもっと誘ってみたらいいんじゃね?同じレベルで付き合ってくれるヤツなんてレアだぜ」
「わかってる」
「ならそーいうことで。俺サッカーするから」
じゃーな、と竹田は校庭に歩いていく。一人残された俺は食べかけのパンにかじりつく。
誰かと遊ぶ、なんてどこに行くんだ。痛くなってきた頭にスマホを取り出す。暇つぶしがてらネットニュースを開くと、好きなゲームの記事が目に入る。
「これ……」
そこには、俺の悩みを解決する答えがあった。
その記事を保存すると、俺は早足で教室に戻った。
