俺のゲーム内旦那様は、クラス一のモテ男でした。

凍ったクラス内の空気が溶けるように、クラスメイト達がゆっくりと動き出しペアを組んでいく。
ペアが決まった人から席を移動していく。
そんな中、早々にペアを組み席に座っている俺を、近くに来た奴らが変な顔をして振り返る。黒川が誰か誘ったのを初めて見た、そんな呟きがどこからともなく聞こえてくる。

「なんで黒川が水野と組むんだ」

ちらちらとよこされる視線に、俺は口を固く結ぶ。クラス中の奴が考えていることが手に取るように分かる。
そんなもんゲームに決まってるやろ!
むしろそれ以外の理由が浮かばないのが悲しい。

「黒川くん、ほんまに俺とでええの?」
「うん、だって水野とまだスキルの事話し足りないし」

授業中やからね?
隣に座る黒川くんに心の中で突っ込む。ペアになったため、黒川くんは俺の隣の席に移動中だ。
ペアを組んだ理由を聞いてみたはいいが、予想通りの内容に「やっぱり」という感想しか出てこない。

「ペア組んだら机くっつけて。プリント回すから二人で確認して」

先生の言葉とともに回ってきたプリントを受けとり後ろに回す。
二人の間にプリントを置いて見ると、それは課題について書かれている。

「明日の授業では街に出ていくつかの施設を回ってもらうから」

先生の言葉に、そこかしこから嫌そうな声が上がる。プリントに書かれている施設は六つ。市役所や図書館に商店街など、描かれた地図では学校を中心に円を描くように散らばっている。

「この中の最低二か所にいって、どうだったか役目をまとめてきて。時間内に行けるなら全部行ってくれてもいいから。どこ行くかも内容もペアの人と決めて」

始め、の先生の掛け声とともに、俺は隣に座る黒川くんを見る。黒川くんは真剣な顔でプリントを読んでいて、俺の視線に対して反応は無い。

「どうする?」
「うん、……ちょっと……」

それだけ言うと、黒川くんはまだじっと地図をにらみつける。せっかくのフィールドワークだし一緒に回りたいのだろう、近くに座る女子達が俺たちの会話を気にしているのがわかる。
大所帯で行動することになるかもなあ。俺は後ろから感じる視線に首をすくめる。
前では先生がフィールドワークの目的を話し出し、俺はぼんやりその話を聞く。

「……水野」
「?なに」

隣からシャープペンでつつかれ、黒川くんが何かプリントに書き込む。
先生が黒板を向いたのを確認し、俺もプリントを確認する。

『全部回ろう』

右上隅に書かれた文に、俺はぎょっとしてしまう。

『回るって全部?』
『全部』
『六個とも?』
『行ってないとこあるの嫌じゃん』

ひょうひょうとそう書く黒川くんだが、顔は真剣そのものやった。
こちらに向ける執念のこもった瞳に、俺は思わず笑ってしまう。
図鑑もアイテムも全部埋めたい。行ったことない施設があると耐えられない。
ゲームと行動一緒やん。レンに付き合っていろんなところを巡った記憶がよみがえる。

『ええやん。俺も、黒川くんのその気持ち分かる』

そう書くと、黒川くんの目が輝く。

『どこからいく?』
『学校から近いとこ』
『なら市役所やな』
『なに調べるんだっけ』
『役目とか機能』
『事前に項目作る?』
『そのほうが楽やな』
『次は?』
『公民館』
『歩きでいける。なら次ここ?』
『そこ。歩けるとこやし』
『なら次は西に――』

先生が板書していく音を背景に、俺と黒川くんはプリントに交互に書き込んでいく。
プリントの右上に、黒川くんの走るような字と、俺のまるい雑な字が並ぶ。

『これ一日で終わらないかも』

黒川くんがそう書き込む。確かに、授業中に終わらせるには移動距離を考えたら難しい。
悩む俺達を他所に、先生が黒板前で言う。

「このフィールドワーク終わったら、そのまま帰宅するかたちになるから」

ホームルーム無しね、のひとことに俺たちは顔を見合わせる。

『水野明日予定は?』
『ない』
『おれも』

文字を見て、俺たちは顔を見合わせて笑い合う。
考えていることは一緒だ。
その予感に、にやにやしてしまう。

授業後、黒川くんは挨拶もそこそこに一人早足で帰っていった。
俺も、家に着いた途端ゲームもせずに机に向かう。
公民のプリントを取り出し、訪れる施設のリストを作る。チェック項目に移動距離に時間、最後にまとめるための内容。

それらを一つのファイルにまとめ、俺は意気揚々と眠りについた。
そして翌日、天気は快晴。
絶好のフィールドワーク日和に、朝から俺のテンションは上がってたりする。

「姉ちゃん、クエストの約束せんといてな。姉ちゃん一人じゃできひんのやから」
「わかってますー」

大学が休みらしい姉ちゃんに一声かけて、俺は意気揚々と学校へと向かう。学校で会った黒川くんは、机にうつ伏せになって眠そうやった。
そうして一時間目から過ごしていき、昼休みを越してようやく待ちに待った六時間目。公民、フィールドワークの時間。

授業開始だと校舎の外に出たタイミングで、俺は黒川くんにファイルを差し出す。

「黒川くんこれ!……って、あれ?」
「水野これ、……って」

お互い差し出されたものを見て目を丸くする。そして顔を見て、またファイルを見て、俺達はどちらからともなく笑い出す。どおりでお互い寝不足の顔だ。目の下のクマに苦笑いする。

「考えてること一緒や!」
「水野もめっちゃやる気じゃん!」

それは黒川くんのほうやろー、と笑いながら、俺達は互いのファイルを受け取り確認する。
チェック項目に効率の良い回り方の案、それぞれの所要時間に移動時間と距離。
一目見ただけでどれだけやる気なのか分かる内容に、俺はまたこらえきれずに笑う。

「水野笑いすぎ」
「……っ、だって、どれだけ本気やねんって、思うやん!」
「そりゃやるなら無駄なことしたくないだろ」
「あかんっ、……めっちゃ頼りになる……!!」

ひーひーと笑いで息が苦しくなる俺に、黒川くんが憮然とした顔をする。お前だって準備してんだろ、と突っ込まれては返す言葉はないけれど。

「っ、ふぅ。よっしゃ行くでー!」
「まずは一番近い市役所から。それから時計回りにぐるっと行くぞ」

走れっ、と駆け出した黒川くんに遅れて俺も市役所目指して走り出す。
途中他のグループとすれ違って驚いた顔されて、それに「お先にっ」なんて軽く返してみる。

「っ、はぁ!よし、目標時刻通りに到着」
「いやっ、はぁ、っ、黒川くん走るの早っ!」
「水野が遅い。運動不足なんじゃね?」

午後の市役所は、人も少なくのんびりした空気が漂っていた。
日に照らされた明るいエントラスで、手すりにもたれ俺は大きく呼吸する。
浅い呼吸を繰り返す俺に、隣で黒川くんが呆れた顔をする。

「黒川くんだってゲームばっかしてるやん」
「俺土日はよく歩いてるし」
「まじで?運動意識してるん?」
「位置ゲーのクエスト進めてる」

チャリ使うと操作しにくいから、と見せてくれた位置げーのゲーム画面には、広大な草原が広がっていた。その中に立つプレイヤーのレベルは三桁。こちらもだいぶやり込んでいるらしい。

「土日じゃないと距離稼げないし」

真面目な顔をする黒川くんに、俺は緩みそうになる頬をこらえる。
ゲームを進めたい一心で、律儀に長距離を歩く彼に感心する。その努力の甲斐あってなのか、同じ距離を走って息切れする俺の隣で黒川くんは涼しい顔だ。
何でもやり込んだもの勝ちやな、そこまで到達できていない自分に悔しくなる。

「黒川くんってなんでも得意って思っとったけど、結構ゲームの効果なんやな」
「なんだよゲームの効果って」
「だって体力あるし、勉強もできる。ゲームってすごいなあ」

市役所の中を歩きながら感心する俺に、黒川くんが微妙な顔をする。
俺もゲームは好きだけど、黒川くんと同じだけ真剣にはなれない。
レンも、目標の達成まで足は止めない。運営に文句は言いつつも動き続ける。

「黒川くんは好きなものに一途なんやな」

俺の言葉に、さらにわかりやすく黒川くんが微妙な顔をする。その困惑した横顔に、俺はつい笑ってしまう。

「今回の授業もやりこみ厨らしいしなあ」
「それは水野だって同じだろ。図鑑全部埋めるタイプ?」
「もちろん」
「空白が気持ち悪いんだよなあ」
「分かる。全部埋まってるほうがきれいやし」
「それ」

ゲームはやり込んでこそだろ、と呟く黒川くんに、俺も同じだ、と思ってうれしくなる。草原を走って、素材集めに何時間も消費して、衣装で悩んで、装備を考えて、その世界を隅から隅まで味わうのが心地よい。

「俺、黒川くんの考えかた好きやわ」

思わず漏れたつぶやきに、黒川くんが足を止める。どうした、と振り返って彼を見ると、驚いた顔で俺を見てる。

「……無意識?」
「なにが?」
「さっきのやつ…………好きってやつ………………」
「え……………………って、あれ駄目っ!!?」

若干引き気味な黒川くんに、俺は焦り出す。
あれそんなに気持ち悪い言葉でしたか!?
内心パニックになる俺に、黒川くんが視線をそらす。心なしか開いた距離に、俺は必死に弁解の言葉を探す。

「んんっ……!いや、そんな変な意味ちゃうねん!!褒め言葉!楽しめる黒川くんすごいなーって!図鑑全部埋めるとかよほど時間ないとできひんし、今日も施設全部回るとかやりこみ厨らしい熱中具合というか無謀というかよくわからん情熱持っとるなって――」
「おい」

それ褒めてないからな、と黒川くんの眉間にしわが寄る。だけど黒川くんの頬は淡く染まっており、俺が視線を合わせようとすると勢いよくそらされる。

「黒川くん?」
「っ、とにかく、さっさと終わらせて次行くぞ」
「おう!」

仕切り直して、俺達は作業を分担し課題を進める。俺が館内の写真や見取り図を持って帰ってくると、黒川くんも必要なことはメモし終わっていた。
ふたりとも作ってきたチェック項目を参照し、漏れがないかチェックした俺達は次を目指す。
道中、今度は歩きながらずっとアストラル・ゲート・オンラインについて話す。
やり込み要素満載と謳うゲームだけあって、語ることは山程あり、フィールドワーク中だけでは足りないくらいだ。

「そういえば水野のプレイヤー名、何で教えてくれねーの?」

四つ目の施設を回ったところで、黒川くんが切り出す。

「だからレベルが低くて……」
「三桁あるくせに」
「…………ちょっと、口にするには恥ずかしい名前で…………」
「ああ、たまにいるよな、名前すごい人」

きのこ@信州産とか、とギルマスの名前を筆頭に俺達はプレイヤー名について話しだす。

「ちなみに栃木さん北海道出身らしい」
「栃木関係ないのかよ」

そんなふうに笑いあいながら、俺達は次の目的地を目指す。スマホを確認するともう六時間目が終わっている時間で、ちらほらと制服を着た学生を見かけるようになる。

「もう学校終わったんやな」
「終わってまだ半分ちょいか」

予定時刻のメモを見ながら黒川くんが悔しそうにつぶやく。当初の予定では五つ目まで終了している予定だったらしい。

「さすがにこの時間では無理ちゃう?」
「いや、もっと作業効率化と短縮ルートを見つけていたらいけたかもしれない」
「どんだけ真剣に向き合っとるんや…………」

スマホのマップを開いてぶつぶつ言い始めた黒川を横目に、俺は歩いている学生を眺める。少しずつ日も傾いて来たな、なんて考えていた俺の前で、一人の男子生徒が俺たちに気がついて近寄ってくる。

「レン」

そう声をかけてきたのは、俺の見知らぬ男子やった。

「竹田。部活は」
「ミーティングのみ。レンたちのそれ公民のやつ?」

俺等と同じ制服を着た背の高いその男子が黒川くんのプリントを覗き込む。日に焼けた体格の良い太い腕が、ワイシャツの袖から伸びている。

「何お前ら、これほぼ埋めてんの?」
「全部回るし」
「うわ、絶対レンが考えたやつだろ」

俺レンと組みたくねえ、と嘆く背の高い彼をスルーして、黒川くんが放置気味の俺に声をかける。

「水野、これ隣のクラスの竹田」
「よろしく」
「よろしく。……それよりレンって」
「あだ名。こいつが小学生のとき読み間違えたやつ」
「それ以降プレイヤー名として使ってるくらいなんだから感謝しろよ」

飛び出した初耳の情報に、俺は素直に驚いて黒川くんをみる。レンの由来はそこからか、と納得する俺の前で、二人はプリント片手に話し続ける。

「2個以上回ってんなら終わったら?」
「無理、空白残すとかあり得ない」
「マジお前のゲーム脳めんどいな」
「竹田が雑すぎんだよ」
「いや普通に疲れんだろ」

なあ、と突然話を振られ、俺は思わず周囲を見回す。どうやら俺以外いないようで、俺は黒川くんと竹田くんの視線に背筋を伸ばす。

「いや、俺は楽しいけど……」
「マジでか。こいつやり込みすぎるとこっちの話聞かねーだろ」
「今のところそんな気はしないけど。でも、熱中する黒川くんっておもろいやん」

レンらしい、とつい頬を緩めると、竹田くんが奇妙なものを見る目で俺を見る。
さらには黒川くんを一瞥すると、なにやら意味深な笑みを浮かべ黒川くんの背中を叩く。

「よかったじゃん、お前のめんどくさいのに付き合ってくれるやつできて」
「うっせ」
「あと終わったらプリント写さして」
「無理」
「じゃ、俺帰るから。水野、頑張れよ」
「おお!?うん」
「じゃーな。お前らもぼちぼち帰れよー」

真剣な顔して黒川くんにそう言うと、竹田くんは家のあるらしい方へと大股で歩いて行ってしまう。その背の高い後ろ姿を見送り黒川くんが露骨に嫌そうな顔をする。

「あいつ小学校から一緒なんだよ」
「なるほど、ええなあずっと仲良い人いるって」
「別に仲いいわけじゃない。水野は生まれ関西?」
「そう。高校からこっちやねん」

それまでずっと関西、と笑う俺に対して、黒川くんは笑顔を見せたかと思うとすぐに真顔に戻ってしまう。
そしてプリントを握りしめたかと思うと、スマホを確認して、そして暗くなり始めた空を見る。

「……もう夜だな」
「えっ、もうそんな時間?!」
「まだ時間はあるけど次も回ってたら微妙」

時間を確認すると六時過ぎ。ここからもう一箇所回って帰る頃には七時過ぎだろう。

「別にそない遅くもないで?」
「でも、授業終了からはだいぶ経った」

黒川くんが淡々と告げる。言うとおり、当初の下校時刻よりは一時間以上過ぎている。だが元々そういう予定だと考えていた俺は、特に気にすることもなかった。黒川くんは違ったのだろうか。心配する俺の前で、黒川くんの表情が曇る。


「ごめん」

黒川くんからの謝りの言葉に、俺は訳が分からず面食らう。

「どないしたん?」
「俺、いつも一人だけやり過ぎて、周りのやつ付き合わせることあるから……」

竹田見て思い出した、ごめん、と謝る黒川くんに、俺は大きく首を振る。
同時に先ほどの竹田くんの真剣な顔と、わざわざ声をかけてきた理由に合点がいく。
彼は今まで黒川くんの行動に付き合ったことがあるんだろう。黒川くんが熱中しすぎることを知っているのだ。
だけど俺はそれを羨ましいと思う。俺は、黒川くんみたいに課題を楽しんだことがない。
だから。

「俺、今日めっちゃおもろかった」

黒川くんが俺を見て目を丸くする。ずっと立って休憩していたからか、今頃足が痛みを訴え始める。
だがそんな痛みを感じるのも、久しぶりだと思った。
俺も位置ゲー始めてみようかな。今日みたいに一緒に歩けたら面白そうだ。

「俺も一緒に付き合わせてくれてありがとおな」

そう言えば、黒川くんは今度こそ言葉を無くす。信じられないものを見るかのように俺をじっと見つめてくる。黒川くんみたいな美形に見つめられるのは初めてで、俺は徐々に頬が熱くなってくる。
それに俺恥ずかしいこと言った気がする!!
この空気を打ち消さなければ、と俺は黒川くんの前にプリントを出す。

「ほらっ、あと一箇所やってまおう!もうクリア予定時刻だいぶオーバーしとるで!」

そういえば黒川くんもはっとした顔になり、力強く頷く。

「そうだな」
「とりあえず現地まで走る?」
「水野に体力残ってんなら」

無理だろ、と笑いながら黒川くんが言う。指摘通り、俺に体力は残ってない。

「歩きで行こうぜ」
「俺めっちゃ遅いで」
「別に明日土曜だし、遅くてもいいだろ」

帰りにラーメン食って帰る?なんて話しながら次の場所へ向かう。帰りが遅くなると連絡したら、姉ちゃんから「了解」のスタンプが返ってくる。

「モモさんも似たようなこと言ってた」

道中、黒川くんが優しい顔で言う。頭の中に姉ちゃんがちらつく。

「モモさんもラーメン好きって?」
「ちがう。一緒が楽しいって」

なるほど、確かに言いそうだ。そう思ったけど口には出さない。
俺と姉ちゃんの考えることはよく似ている。だから、俺が言った言葉は姉ちゃんも言ってるんだろう。

「良かったやん」

と言った俺に、しかし黒川くんは曖昧に笑うだけだった。
スマホがLINEの着信を告げる。姉ちゃんから「楽しんできてね」とスタンプが届いていた。