俺のゲーム内旦那様は、クラス一のモテ男でした。

第二話
黒川 怜くんは俺の学年で知らない人はいないくらいの有名人だ。

まず顔がいい。声がいい。身長も高い。
運動神経も良いし体力もある。テストだって上位常連だ。

そしてクラスでは一人席に座って動画を見ていることが多い。
別に友人がいないわけではない。むしろ色んな人に声をかけられる陽キャ一軍グループの一人だ。
だけど窓辺の席で動画を見ている姿があまりにも様になりすぎていて、黒川くんが動画を見ていると誰も声を掛けられなくなる。
この芸術品を鑑賞しなもったいないってなるんや。

なので休み時間になると、うちのクラスの前の廊下がちょっとした鑑賞スポットになる。
他クラスどころか他学年からも鑑賞に来るのに本人は気にした様子もなく、基本ワイヤレスイヤホンを片耳に突っ込みスマホに夢中。
そんなクラスのクール系イケメンを俺たちはいつも遠くから見ていた。

格好良い洋画とかMVとか見てるのかなあ、なんて想像していたわけですが。

「あれ、ゲーム実況動画なんだな……」
「超真剣に見てるぞ」 
「あのキャラの動き、おそらくプロゲーマーのきしのさん。のプレイ動画や。しかも昨晩アップされた最新もの……」
「そういう細かい解説はいらないから、湊」

一段と多くなった廊下の鑑賞客(主に女子)に慄きながら、俺とかっちゃんとりょうちんは教室の隅から黒川くんを観察していた。
電車での爆弾発言はまたたく間に学校内に広がったらしく、廊下からは嘆きの声とすすり泣きが聞こえてくる。

「結婚っていってもゲーム内の話だろ?」
「でもそこで知り合って付き合って現実で結婚、とはたまに聞くぜ?」
「そういえば湊、同じゲームやってるって言ってなかったっけ?」
「っんんっ!?」

二人からの注目に俺は乾いた笑みを浮かべる。せやったっけ、なんて言いながら誤魔化してみる。
ふと視線を感じてそちらを見ると、黒川くんと目が合った気がしてどきりとする。
まさか聞こえてた?と戦々恐々とするが、黒川くんは動画を見たまま動く様子はない。
気のせいだったかと胸をなでおろす俺の横を、一人の男子が通り過ぎる。

「黒川ってさ、結婚してるってマジ?」

そいつは黒川くんの席の前に立つと、動画を見る彼に話しかけた。教室にその男子の声が響く。皆考えることは同じようで、その場にいる全員の視線が二人に集まる。

「…………あくまでゲームの話だけど。でも俺はその人が好きなんだよ」
「でもゲームの話だろ?黒川その人と実際にあったことあんの?」
「会ったことはないけど、どんな人かはなんとなくわかってる」


「はあっ!!?」

裏返った俺の声にクラスどころか廊下の人たちまで注目する。

(俺身バレするようなこと言った覚えないんやけど!!!?)
慌てて口を手で押さえるけど、黒川くんとばっちり視線が合ってあまりの恥ずかしさに顔が赤くなる。

「スミマセンオレノコトハキニセズ」
「何やってんの湊」
「別に黒川くんの発言に驚いただけデス」

続きをどうぞ、と手で促せば、また皆の注目は黒川くんに戻る。

「…………たぶん、年上」
「んんんん?!!」
「だからなんで湊が反応すんだよ」
「それでそれで、黒川続き」
「あと……いつも俺の素材集めに付き合ってくれて、ちっともでなくても愚痴ることなく「しゃーない」って励ましてくれて、装備にも詳しくて俺のゲームの話にもついてきてくれて、この前なんてイベントの面倒な敵倒すのに二人で深夜までかかって、その間も一度も落ちることなくログインし続けてて、それにーー」

長い長い長い。
モモについて語り続ける黒川くんに、俺は思わず心のなかでツッコんでしまう。
ちゅーか、それ好きな部分ではなくモモがいかにゲーム厨かって話ではなくて?
首を傾げる俺だったけど、しかし周囲のクラスメイトたちはそうは思わないらしく、むしろ感動したような顔を黒川くんに向けている。

「……だから、俺はモモさんのことが超好き」

しまいにはそう言い切った黒川くんに、周りからは拍手がまき起こる。
頑張れ、負けるな、なんて声まで聞こえてきて、盛り上がる周囲に俺は痛み始めた胃を押さえる。

「すごいなあ黒川……」
「本気で恋してんだなあ」
「んんんぅんんぐぐっ、んぐぅ…」
「もう何が起こってるんだよ湊」

机に突っ伏す俺にかっちゃんが冷たい目を向ける。
だって仕方ないやんか!その恋する相手が俺なんやもん!
いや正確には違うけどー、そう叫びたいけど叫ぶわけにはいかないので俺は口を尖らせる。
もし俺が中の人やってバレたら、黒川くんえらい顔するんやろうな。
ふと冷めた目の黒川くんに見下される想像をしてみる。
あっこれ思ったよりもキツイ。美形の冷たい顔の破壊力はバツグンだ!

「結婚詐欺ってゲームでも成立するんかなぁ……?」
「はあ?」

俺の呟きにりょうちんが怪訝な顔をする。
どう考えても訴えられたら負けるよな俺……。
机に頬を付け悩む俺をよそに、急に周りがざわめきだす。
なんや、次はなにしたんや黒川くん。
ざわめきに俺も頭を上げる。なんだ、と周りを見渡すと、ふっと頭上から人型の影が差す。

「水野、アストラル・ゲート・オンラインやってんの?」

至近距離の黒川くんは、俺の想定以上の迫力やった。
さらりとした黒髪に蛍光灯が反射して、もうそれだけでイケメンだとわかる。
(俺、黒川くんの顔正面から見たの初めてかもしれん。)
四月から一緒のクラスだけど、俺はほとんど黒川くんと話したことがない。高校生にもなるとクラス全員お友達、なんてノリはほとんど見かけない。それぞれ仲いいやつと集まって、グループが違う俺等は関わる機会がなかった。
なら、せっかくの機会やしよく見せてもらおう、と俺は黒川くんの顔をよく見てみることにする。
切れ長で涼し気な黒い瞳に、真っ直ぐ通った鼻筋に漆黒の髪。
お人形さんみたいやなあ、と惚れ惚れしてしまう。無言で見上げる俺を、黒川くんは表情一つ変えず見下ろしてくる。

——って、そうじゃなくて。

「えっ、なんで……」

なんで知ってるん、と驚く俺に続いて、周りから「私も!」と何人かの手が上がる。
しかし黒川くんの反応はない。じっと俺を見つめてくる。

「水野?」
「あっ、そやった!ゲームの話やっけ?」

再度名前を呼ばれて、俺はぴんと背筋を伸ばす。
黒川くんは俺より背が高いため、椅子に座っていると結構見上げる形になる。

「まあ、うん……やっとることはやっとるんやけど……」

別に隠すことはないか。そう思ったのが失敗やった。

「イベントどこまで進めた?アバター名なに?メイン武器何使ってる?俺は大剣使ってるんだけど水野は?」
「俺は、杖メインで……」
「なら魔法主体か。いまのイベントの装備は?あれ水魔法特効付与されてるよな?」
「せやねん。だから最近防具作るためにイベモンスター探して歩き回ってて……」
「あれ草原だと出現率高いって言われてるけどこの前見たゲーム動画では山岳地帯のほうが出現率微妙に高いらしくて――」

めっちゃぐいぐい話してくるやん!
黒川くんは机に両手をついて前のめりに話してくる。隣にいるかっちゃんなんてこの光景に目を丸くしてる。

「なら――」
「っ、黒川くんはゲームが好きなんやな」

強制的に話を打ち切った俺に、黒川くんは一瞬不服そうな顔をした。だけどそれもすぐにまた無表情にかわり、俺の机から手を離し姿勢を戻す。

「水野もプレイしてるなら、今度一緒にクエストやろう」

黒川くんからの誘いに、俺の背に冷や汗が流れる。

「アバター名何?ギルド入ってる?」
「あのっ、」
「プレイヤー名検索するから、名前教えて」

ほら、とスマホ片手に俺を見る黒川くんに、俺は申し訳ない気持ちで一杯になる。
ここでモモの名前は出せへん……!
どうにか断らな、と俺は必死に頭を回転させる。

「誘ってくれたんはうれしいんやけど、俺、まだレベル低いから………………」

一緒に回るほどではない。
そう言ったら、黒川くんの目から光が消えて、一気に俺への関心が消えたのがわかった。

「……そう」

それだけ言うと、黒川くんは席に戻っていった。席に戻った黒川くんに、近くにいた女の子たちが話しかける。

「私もゲーム始めようかな」
「黒川くん教えてよ」
女子のグループが黒川くんを取り囲む。
だけど隙間から見える黒川くんの横顔はどんな誘いにも興味がない顔で、さっきの誘いを断った事実が俺に重くのしかかる。
せっかくの機会やってんけどなあ。
残念な気持ちにはなるけど、背に腹は代えられない。
身バレしてからでは遅いのだ。この歳で訴訟沙汰を起こしたくはない。

「しゃーない……」

そう呟いた俺に、黒川くんが視線を向けた気がした。
その後はチャイムが鳴って、黒川くん鑑賞会は終了となった。