俺のゲーム内旦那様は、クラス一のモテ男でした。

一人、リアルイベント会場内をぶらぶら歩く。
秋晴れの午後は、散策にちょうどよい気候だ。
イベント会場内は盛り上がっていて、そこかしこで交流が盛んである。さらにはフォトスポットで用意されている武器片手に写真を取ったり、ステージでは今後のイベントについて情報が解禁されていたり、熱を帯びた空気に当てられながら俺はのんびりと会場内を見て回る。

「次は氷龍の亜種なんかあ」

新イベントの情報に、黒川くんの顔が浮かぶ。
もう姉ちゃんに会えたやろか。つか黒川くんと俺、約束しとったんやった……。
咄嗟に逃げてしまった事に罪悪感を抱きつつも、ギルドのテントとは逆方向へ歩く。
すれ違う人々は皆、首からIDカードを下げて楽しそうに過ごしていた。その姿を横目に見ながら、何も下げていない首元をさみしく思う。

どのくらい時間潰してから姉ちゃんに連絡したらいいんやろ。
おそらく盛り上がっているだろうギルド内を想像する。きのこさんを中心とするギルドメンバーはゲーム慣れしたノリの良いひとが多い印象だ。なんだったら二次会、三次会の予定すら立っているかもしれない。楽しい事好きな姉なら二次会には確実に顔を出す。
そうなったら黒川くんも行くんかなあ。手近にあったベンチに腰掛ける。姉ちゃんと行く予定やったショップ、先に一人で行ってええかな。お土産にかわええもん買っといたらごまかせるやろ。
そう考えて「よっこいしょ」と腰を上げたところだった。会場内を走る音に、珍しい、とそっちを向いたのが失敗だった。

「……黒川くん」

そこには息を切らして膝に手をつく黒川くんがいた。大きく肩で息をして、上半身を伸ばしたところで俺とばっちり目が合う。

しまった。

そう思ったときには遅かった。真っすぐこちらに向けて走り出した黒川くんに、俺も一拍遅れて逃げるために走り出す。

「逃げんなっ!」
「逃げるに決まってるやろ!!」

走りながら大声で叫びあう。
黒川くんは真剣な顔をして一直線に俺を追いかけてくる。
怖い怖い怖いって!
後ろから感じる圧に泣きそうになる。なんで俺こんな怒られてるん?そう泣き言を漏らしたくなるが、思い当たる節が多すぎて逆に走る速度が弱まる。

「お前が呼んだんだろっ!」

その通りです。
黒川くんからの指摘に俺は後ろを振り返る。それが運動不足の俺にはだめやった。バランスを崩した拍子に芝生で滑る。ついでに俺を全力で追いかけていた黒川くんも、こけた俺につまずいて巻き込まれてこける。

「………………痛い」
「恥ず…………」

周りの人々が俺達を心配そうに見守る。
大丈夫?と声をかけてくれる人に感謝を言いながら起き上がる。見守ってくれた人達が安心して去っていくのを確認して、俺と黒川くんは静かに向き合う。
黒川くんが何かをいう前に、俺は深く頭を下げる。

「ごめん」

俺の言葉に、黒川くんが動揺したのが伝わってくる。

「誘ったのに逃げてごめん。学校でも逃げてごめん。アバターのこと黙っててごめん。ゲーム誘ってくれたのに断ってごめん」

俺の謝ってばかりの言葉を、黒川くんはじっと聞いてくれる。

「今日だって俺が誘ったくせに、騙したみたいなことしてごめん。俺黒川くんに隠し事してて、それで、どうしても、……今日来てほしくて……」

肝心なことを言い出せない俺を、黒川くんは何も言わずに待ってくれた。頭を下げた俺の視界に、芝生と黒川くんの靴が見える。その靴は全然動く様子がなくて、俺は伝えるために一度大きく息を吸う。

「俺……俺がモモやねん。俺のアバター、モモを使ってんねん」

相当覚悟して伝えたつもりだったけれど、俺の声は情けないくらいに震えていた。
ボディバッグの紐をきつく握りしめる。震えるのどを抑えつけるために唇を噛む。

「……っ、俺と姉ちゃんの二人で使ってるねんけど、モモを作ったのは姉ちゃんで、俺は借りているだけで……クエストをクリアするのは俺やけど、普段交流するのは姉ちゃんで。黒川くんが結婚したいほど好きなモモも、姉ちゃんの方やと思うんやけど……」

そこまで言って、自分の諦めの悪さに苦笑してしまう。
「姉ちゃんの方やと思う」ってなんや。姉ちゃんの方に決まってるやろ。
わかっているのに言い切れない自分に、胸が締めつけられるように痛くなる。

「…………ゲームしとると、俺に言われてるみたいで、俺が勝手に好かれてるって思い込んで……レンに好きって言われるとうれしくて、このままずっと俺に言ってほしくて……。だけど黒川くん、最近皆とゲームしとるし楽しそうで。このままやったら俺忘れられてしまうって思って、あんな事までお願いしちゃって…………」

おそるおそる顔を上げる俺の前で、黒川くんが不思議そうな顔をする。

「あんな事?」

疑問形の声に、そんな思い当たらんほど彼にとっては些末なことだったのかと虚しくなる。

「…………好きって言って、……って言うたこと」

小声での呟きに、それでも黒川くんが目を見開く。あれか……と口元を手で隠す彼に、俺はまた胸が苦しくて視線を下げてしまう。

「ごめんなあ、あの言葉、肝心の姉ちゃんには届いてないねん。全部俺の勝手で、黒川くんに迷惑かけて、それでももう一度俺に向けていってほしかってん…………」

正直な気持ちを全部口にすると、胸が詰まり涙がこみ上げてくる。まばたきをすると涙が落ちてしまいそうで、俺は必死にまばたきを我慢する。

「ごめん、……ほんまにごめん!もっと早く伝えるべきやった。全部俺のわがままで、離婚するの嫌で、それで姉ちゃんを好きになってもらえたらって…………」

そこで言葉に詰まった俺の手を、黒川くんの手が優しく包む。彼の親指で手の甲を撫でられ、ぞくぞくとした感覚が身体中を走る。

「それで、俺が水野の姉ちゃんに惚れて、モモとの結婚を続けてくれたらって?」

黒川くんの確信を持った声音に、俺は大きく一度頷く。
その拍子に目から涙がこぼれ落ちる。目頭が熱い。次から次へと涙がこぼれ落ちていく。
収拾がつかなくなってしゃくりあげる俺を、黒川くんが優しく抱きしめる。

「………………ごめん」

黒川くんの吐息交じりの低い声が、俺の左耳に触れる。
ぞくりと全身に伝わった衝撃に体を震わせると、黒川くんがさっきより強く抱きしめてくる。

「俺、全然事情知らなくて、水野に最近キツく当たってた。なんで一緒に遊んでくれないんだって。俺にゲーム内で会いたくないのかって」

拗ねたような声とともに、より一層強く抱きしめられる。黒川くんの頭が俺の方に預けられ、彼の髪の毛が俺の頬に触れる。

「俺は土日も水野に会いたいのに、水野は繋がってなくて平気なのかって思った。俺ばっか水野に会いたくて、なのに水野はそう思ってくれないのかって。その時モモさんから好きって言ってほしいって連絡来て、俺、実は相当焦った」

ぎゅうっと腰から強く抱きしめられ、触れ合った胸がつぶれちょっとだけ息が苦しくなる。

「モモさんのことは大好きだし、いつだって好きだって言いたかった。だけど、その時の俺は水野のことばかりで、モモさんとちゃんと向き合えていなかった。そもそも結婚のことだって持ちかけたの俺からだし、モモさんは俺に付き合ってくれてるのに、こんな状況でまだ付き合わせていいのかと思って……」

だから離婚した、と黒川くんが消え入りそうな声で言う。モモさん、とつぶやく声が聞こえる。

「俺が好きなモモさんは、いつも俺の好きなことに付き合ってくれて。いつもずっと隣にいてくれて、俺と一緒にいるのを楽しんでくれて。クエストも全力で楽しんでいて、その割には「しゃーない」でちゃんと引いたりもして。周りと一緒に楽しもうとする、優しくって面白い、俺を好きだって言ってくれる人」

そこまで言うと、黒川くんは腕をほどき俺から一歩距離を取る。
真剣な目で見つめられ、俺もつられてじっと黒川くんを見る。

「モモさん……水野」

体の横に下げていた右手を、黒川くんの手が包み込む。見えるように胸の高さまで上げられた俺の手に、もう片方の黒川くんの手が重ねられる。

「俺と結婚してくれませんか」

そう言われて、俺は息が止まるかと思った。
黒川くんの目が縋るように俺に向けられる。
俺が手を取ってもいいのだろうか。その不安は、重ねられた手の温かさによってゆっくりと消えていった。
残ったのは俺の気持ちと、黒川くんに応えたいという希望だけで。

「はい」

手を取られている右手だけじゃなく、左手でも黒川くんの手を握り返す。
そんな俺を見て、黒川くんは心から嬉しそうに笑った。