ごとっ、とコントローラーが床にぶつかる音がする。
表示された文章に息が止まる。
「湊?」
ソファに座りスマホをいじっていた姉ちゃんが、心配そうに俺の名を呼ぶ。
それに曖昧な笑みを返し、俺はまた画面を見る。
『離婚してほしい』
何度まばたきしてもその字は画面から消えてくれない。
俺、もしかしなくても引かれたんちゃう?
コントローラーを拾う手が震える。頭の中が真っ白になる。
ただ、最近レンが他の人とよく組んでいたから、モモのこともたまには思い出してほしいって程度やった。そのくらい軽い気持ちでお願いしたつもりだった。
――そんなわけない。
画面のなかにはまだモモの発言が残っていた。
そこにはこう書いてある。
『いつもみたいに好きだよって言ってほしい』
何様やねん、と今更思う。なんで好かれていること前提やねん。
レンは現実のメンバーと楽しみ始めてるのに、なんでモモがそこにはいれると思ってん。
「アホやなあ…………」
画面の中ではレンがモモからの返事を待っていた。じっと無表情でこちらを見る姿に、黒川くんの姿が重なる。
黒川くんも同じ事考えとるんやろか。
そんなことを考えて頭を振る。いやそもそも結婚しとらんし、自分の発想に苦笑いをこぼす。
黒川くんも、俺のこと面倒やと思っとるんやろか。
改めてこちらを見つめて動かないレンを見つめかえす。
その黒い瞳が、黒川くんによく似ていると思った。
俺とモモは全然似てないのになあ。ピンク色の髪を持つ可愛らしい自身のアバターを思い出す。そもそもモモ作ったの俺ちゃうし、姉ちゃんとは似ている気がする。
『ちょっとだけ考えさせてほしい』
そう打ち込んで、ある事に気がついて消す。これでは次はこちらから『離婚しよう』と送らないといけなくなる。
「それは嫌やなぁ」
自分の中で返事を天秤にかける。『わかった』と言うか、『嫌だ』と伝えるか。
しばし悩んだのち、俺は唇を噛み締める。
コントローラーを握り、文字を選んでいく。
『わかった。いままでありがとう』
送ってしまえばあっけないもので、それは軽快な電子音とともに画面に表示される。それを読んだレンが、ひとつ頷く。
『ありがとう』
感謝の言葉なんかい。
レンから送られてきた言葉に思わず笑ってしまった。行動が早いことに、レンの名前の横のハートマークが消える。 モモの名前の横からも、結婚を示すハートマークが消える。
こんなもんなんなんやな、と手軽さに驚いてしまう。
『じゃあ、またね』
それだけレンに送って、俺はすぐにゲームの電源を切る。画面が暗くなり、真っ暗ななかに死にそうな顔した俺が浮かぶ。
「……しゃーない」
そうだ、しゃーないと自分に言い聞かせる。だって俺はモモじゃない。今操作してるのは本当のモモじゃない。
だから本当のモモ相手だったら、きっとレンは離婚なんて切り出したりしない。
「そうや……」
俺はそう考えて、明日黒川くんに伝えようと思った。
君に『好きだと言って』なんてねだったのは本当のモモじゃない。本当のモモはそんな面倒なこと言ったりしない。
「せや、それを説明したら黒川くんやってまた結婚してくれるかも」
ナイスアイデア、と意気込んでいた俺だが、実際に黒川くんを前にしてそのアイデアが失敗だったことに気がつく。
離婚を申し出られた翌日、俺はいつもより早い時間に登校した。これでいつ黒川くんが来ても捕まえられる、と意気込んだのもつかの間、黒川くんは南さんと女子二人と一緒に、楽しそうに話しながら教室に入ってきた。
「それで昨日、あれから他のスキルに変えてみたんだけど」
「だからあの装備ならあっちのほうがいいって言っただろ」
「あと私、次は火のやつのレベル上げたくて、火山地帯にいきたいんだけど」
「それなら戸塚がレベル上げ兼ねて行きたいってこの前言ってた」
「ほんとっ!?」
席に座ったまま俺は四人の会話に耳をそばだてる。あれ、あっち、で成立する会話に、二人が昨日も一緒にプレイしたことがわかる。
さらには戸塚君なんてまた新しい人の名前まで飛び出し、黒川くんを中心に広がるゲームの輪の大きさに、俺は尻込みして席を立つことができない。
ちょっと話しかけるだけや。
そう思うのに足に力がはいらない。四人の方を見ると、黒川くんの席の周りに南さん達が集まり、まだゲームの話が続いている。
「そうだな、他にも――」
その瞬間、黒川くんがこっちを見て俺と目が合う。俺はびっくりしすぎて思わず顔を下に向けてしまう。どきどきする心を抑えて上を向くと、もう黒川くんはこっちを見ていなかった。さっき俺を見た視線は、今は南さんに向いている。
「そういえば黒川、お前のアバター名の隣にあったハートが消えてるのなんで?」
その質問に、俺の体はびくりと反応する。近くにいた男子が黒川くんに話しかけ、黒川くんの横顔が露骨に嫌そうに歪む。
「……なんでもいいだろ」
きつい、追及を許さない声で黒川くんはそれだけ言うと顔を下に向けてしまう。その苛立っているような雰囲気に周りのクラスメイト達は顔を見合わせ、チャイムの音にほっとした顔で黒川くんから離れ席に戻っていく。
その会話の一部始終を見ていた俺は、世界が崩れていく感覚に立つことなんてできそうになかった。足が震える、先生の声も耳に入ってこない。ただずっと、さっきの黒川くんの声と横顔だけが頭のなかで再生される。
モモのこと、もう嫌になったんかな。
昨日の自分の行動を思い出し、息が苦しくなる。
俺があんな事言ったから嫌われたのかもしれない。
俺が、あんな面倒なことを言ったから……。
じわりと目元が熱くなり、見える世界がにじんでいく。
ここで俺がモモだって言ったら、余計苛立った目を直接向けられるだけだ。
昨日生まれた希望が、砕けて心から無くなっていくのがわかる。
先生が教壇に立ちホームルームが始まる。いつもの日常が、逆にゲームの世界のように思えてくる休み時間の度にかっちゃんとりょうちんが心配そうに俺に声をかけてくれたが、俺はそれに笑顔を作るだけで、ぼんやりと時間が流れていく。
もうゲームやめようかな。
放課後、重い足取りで家に帰る。むしろどんな顔して同じギルドにおったらええねん。深々とため息をついて玄関のドアを開ける。
「湊、おかえりー」
リビングから姉ちゃんの声が飛んでくる。
「レンくんと結婚やめたん?」
「……っ、もうイベント終わったしええかなって……」
何も知らない姉ちゃんに事情を説明できない自分を惨めに思う。
「ふーん、まあいいけど」
リビングに来た俺の顔を見て姉ちゃんは驚いた顔をしたが、特に何も言わずまたテレビの方に顔を向ける。画面には衣装を着替えたモモが立っており、相変わらずのかわいらしさに余計に申し訳なく思う。
モモは何も悪くない。一人で立つモモに俺は手を握りしめる。
姉ちゃんの操作するモモには変わらず「かわいい」「好きです」と、色んな人からメッセージが送られてくる。
「……やっぱ姉ちゃんはすごいなあ」
「面倒なだけやねんけど」
嫌そうな顔をする姉ちゃんを尻目に、また告白のメッセージが一件増える。
レンくんも結婚申し込んだの姉ちゃんのモモやし。
好きやったんやろうなあ、と考えた俺に、ぴんっと一つのアイデアが浮かぶ。
慌ててスマホを取り出し、ゲームの名前を入れて検索する。
トップに表示された記事に、俺の胸が壊れそうなほど激しく脈打つ。
「……姉ちゃん」
「なにー?」
「来週の日曜って暇……?」
俺からの質問に姉ちゃんはゲームから目を離し俺を見る。
「日曜日、俺と一緒にゲーム関係のイベント行かへん?」
「一人、姉ちゃんに会ってもらいたい人がおんねん」
表示された文章に息が止まる。
「湊?」
ソファに座りスマホをいじっていた姉ちゃんが、心配そうに俺の名を呼ぶ。
それに曖昧な笑みを返し、俺はまた画面を見る。
『離婚してほしい』
何度まばたきしてもその字は画面から消えてくれない。
俺、もしかしなくても引かれたんちゃう?
コントローラーを拾う手が震える。頭の中が真っ白になる。
ただ、最近レンが他の人とよく組んでいたから、モモのこともたまには思い出してほしいって程度やった。そのくらい軽い気持ちでお願いしたつもりだった。
――そんなわけない。
画面のなかにはまだモモの発言が残っていた。
そこにはこう書いてある。
『いつもみたいに好きだよって言ってほしい』
何様やねん、と今更思う。なんで好かれていること前提やねん。
レンは現実のメンバーと楽しみ始めてるのに、なんでモモがそこにはいれると思ってん。
「アホやなあ…………」
画面の中ではレンがモモからの返事を待っていた。じっと無表情でこちらを見る姿に、黒川くんの姿が重なる。
黒川くんも同じ事考えとるんやろか。
そんなことを考えて頭を振る。いやそもそも結婚しとらんし、自分の発想に苦笑いをこぼす。
黒川くんも、俺のこと面倒やと思っとるんやろか。
改めてこちらを見つめて動かないレンを見つめかえす。
その黒い瞳が、黒川くんによく似ていると思った。
俺とモモは全然似てないのになあ。ピンク色の髪を持つ可愛らしい自身のアバターを思い出す。そもそもモモ作ったの俺ちゃうし、姉ちゃんとは似ている気がする。
『ちょっとだけ考えさせてほしい』
そう打ち込んで、ある事に気がついて消す。これでは次はこちらから『離婚しよう』と送らないといけなくなる。
「それは嫌やなぁ」
自分の中で返事を天秤にかける。『わかった』と言うか、『嫌だ』と伝えるか。
しばし悩んだのち、俺は唇を噛み締める。
コントローラーを握り、文字を選んでいく。
『わかった。いままでありがとう』
送ってしまえばあっけないもので、それは軽快な電子音とともに画面に表示される。それを読んだレンが、ひとつ頷く。
『ありがとう』
感謝の言葉なんかい。
レンから送られてきた言葉に思わず笑ってしまった。行動が早いことに、レンの名前の横のハートマークが消える。 モモの名前の横からも、結婚を示すハートマークが消える。
こんなもんなんなんやな、と手軽さに驚いてしまう。
『じゃあ、またね』
それだけレンに送って、俺はすぐにゲームの電源を切る。画面が暗くなり、真っ暗ななかに死にそうな顔した俺が浮かぶ。
「……しゃーない」
そうだ、しゃーないと自分に言い聞かせる。だって俺はモモじゃない。今操作してるのは本当のモモじゃない。
だから本当のモモ相手だったら、きっとレンは離婚なんて切り出したりしない。
「そうや……」
俺はそう考えて、明日黒川くんに伝えようと思った。
君に『好きだと言って』なんてねだったのは本当のモモじゃない。本当のモモはそんな面倒なこと言ったりしない。
「せや、それを説明したら黒川くんやってまた結婚してくれるかも」
ナイスアイデア、と意気込んでいた俺だが、実際に黒川くんを前にしてそのアイデアが失敗だったことに気がつく。
離婚を申し出られた翌日、俺はいつもより早い時間に登校した。これでいつ黒川くんが来ても捕まえられる、と意気込んだのもつかの間、黒川くんは南さんと女子二人と一緒に、楽しそうに話しながら教室に入ってきた。
「それで昨日、あれから他のスキルに変えてみたんだけど」
「だからあの装備ならあっちのほうがいいって言っただろ」
「あと私、次は火のやつのレベル上げたくて、火山地帯にいきたいんだけど」
「それなら戸塚がレベル上げ兼ねて行きたいってこの前言ってた」
「ほんとっ!?」
席に座ったまま俺は四人の会話に耳をそばだてる。あれ、あっち、で成立する会話に、二人が昨日も一緒にプレイしたことがわかる。
さらには戸塚君なんてまた新しい人の名前まで飛び出し、黒川くんを中心に広がるゲームの輪の大きさに、俺は尻込みして席を立つことができない。
ちょっと話しかけるだけや。
そう思うのに足に力がはいらない。四人の方を見ると、黒川くんの席の周りに南さん達が集まり、まだゲームの話が続いている。
「そうだな、他にも――」
その瞬間、黒川くんがこっちを見て俺と目が合う。俺はびっくりしすぎて思わず顔を下に向けてしまう。どきどきする心を抑えて上を向くと、もう黒川くんはこっちを見ていなかった。さっき俺を見た視線は、今は南さんに向いている。
「そういえば黒川、お前のアバター名の隣にあったハートが消えてるのなんで?」
その質問に、俺の体はびくりと反応する。近くにいた男子が黒川くんに話しかけ、黒川くんの横顔が露骨に嫌そうに歪む。
「……なんでもいいだろ」
きつい、追及を許さない声で黒川くんはそれだけ言うと顔を下に向けてしまう。その苛立っているような雰囲気に周りのクラスメイト達は顔を見合わせ、チャイムの音にほっとした顔で黒川くんから離れ席に戻っていく。
その会話の一部始終を見ていた俺は、世界が崩れていく感覚に立つことなんてできそうになかった。足が震える、先生の声も耳に入ってこない。ただずっと、さっきの黒川くんの声と横顔だけが頭のなかで再生される。
モモのこと、もう嫌になったんかな。
昨日の自分の行動を思い出し、息が苦しくなる。
俺があんな事言ったから嫌われたのかもしれない。
俺が、あんな面倒なことを言ったから……。
じわりと目元が熱くなり、見える世界がにじんでいく。
ここで俺がモモだって言ったら、余計苛立った目を直接向けられるだけだ。
昨日生まれた希望が、砕けて心から無くなっていくのがわかる。
先生が教壇に立ちホームルームが始まる。いつもの日常が、逆にゲームの世界のように思えてくる休み時間の度にかっちゃんとりょうちんが心配そうに俺に声をかけてくれたが、俺はそれに笑顔を作るだけで、ぼんやりと時間が流れていく。
もうゲームやめようかな。
放課後、重い足取りで家に帰る。むしろどんな顔して同じギルドにおったらええねん。深々とため息をついて玄関のドアを開ける。
「湊、おかえりー」
リビングから姉ちゃんの声が飛んでくる。
「レンくんと結婚やめたん?」
「……っ、もうイベント終わったしええかなって……」
何も知らない姉ちゃんに事情を説明できない自分を惨めに思う。
「ふーん、まあいいけど」
リビングに来た俺の顔を見て姉ちゃんは驚いた顔をしたが、特に何も言わずまたテレビの方に顔を向ける。画面には衣装を着替えたモモが立っており、相変わらずのかわいらしさに余計に申し訳なく思う。
モモは何も悪くない。一人で立つモモに俺は手を握りしめる。
姉ちゃんの操作するモモには変わらず「かわいい」「好きです」と、色んな人からメッセージが送られてくる。
「……やっぱ姉ちゃんはすごいなあ」
「面倒なだけやねんけど」
嫌そうな顔をする姉ちゃんを尻目に、また告白のメッセージが一件増える。
レンくんも結婚申し込んだの姉ちゃんのモモやし。
好きやったんやろうなあ、と考えた俺に、ぴんっと一つのアイデアが浮かぶ。
慌ててスマホを取り出し、ゲームの名前を入れて検索する。
トップに表示された記事に、俺の胸が壊れそうなほど激しく脈打つ。
「……姉ちゃん」
「なにー?」
「来週の日曜って暇……?」
俺からの質問に姉ちゃんはゲームから目を離し俺を見る。
「日曜日、俺と一緒にゲーム関係のイベント行かへん?」
「一人、姉ちゃんに会ってもらいたい人がおんねん」
