俺のゲーム内旦那様は、クラス一のモテ男でした。

『火曜昼、校舎裏』

そのメッセージを送った相手は、不機嫌丸出しな顔で国語の教科書片手にやってきた。

「俺、昼からの漢字テストやばいんだけど」
「お前が普段から勉強してないからだろ」
「お前みたいに小学生脳してねーの。他にやること多いんだから仕方ないだろ」

悪態をつきながら竹田が階段に腰掛ける。
校舎裏にある廊下につながる階段は、日陰で静かで勉強するにはちょうどいい。
教科書を見ながらだけど、こちらの話を聞く姿勢を見せる竹田に俺は話そうと口を開く。
だがいざ話そうとしたら何を言ったらいいかわからなくて、結局黙り込んでしまう。

「……なに、今日もモモさんのことじゃねーの?」
「ちがう、今日は水野のこと」
「はあ?」

教科書の漢字のページを見ていた竹田が目を丸くして俺を見る。

「なんで水野?」
「あいつ俺にアバター名絶対に教えないんだよ」
「…………へえ」
「自分から南達とクエストやったら面白そうと言う割には、誘ったらあからさまに引き気味なわけ」
「うん」
「しかもアバター名恥ずかしいとか適当すぎる嘘つくし。アバター名なんて簡単に変えられるっつーか季節によって変えてる人もいるくらいだっつーのに」
「ほう」
「かといって南達とクエスト進めたらなんか気にするような顔するしこっちも気になるし」 
「なるほど」

ぐちぐちと言い募る俺を横目に、竹田は興味を失ったらしく教科書にまた目を落とす。顔も上げずに相槌を打つ竹田に、俺はだんだんといらいらして口調が荒くなる。

「ちゃんと聞けよ!」
「聞いてるっつーの。俺の漢字テスト犠牲にして」
「全然犠牲にしてないだろーが!ずっとそっち見てるだろお前!」
「そりゃお前、そんなこと俺に愚痴られたってわかるわけねーから。本人に聞けよ本人に」
「っ……」
「こんなとこで決めつけるより聞いたほうがはえーって」

しっしっ、と犬でも追い払うように竹田が俺に向かって動作をする。
その態度があまりにも苛ついたので、とりあえず怒りのままはたき落としてみる。
聞けるものならとっくに聞いてる。それが一番早いことはわかっている。
だけど、どんな理由が出てくるのかわからない。それが今は無性に怖く思う。

「なに、アバター名教えない理由が「黒川くんとはやりたくない」とかかもしれないって?」
「…………………………」

竹田からの指摘に、俺は何か言い返したいのに何も出てこなくて密かに奥歯を噛む。
そんなことはない、そう思いたいのに、頑なに拒否される理由がそれしか思いつかない。

「…………水野、俺とゲームすんの嫌なのかな」
「知らねー。本人に聞け」
「わかってるっつーの」

全く頼りにならない竹田の言葉にそう返してみるけど、本人に聞く勇気なんてない。
項垂れる俺に、竹田が教科書から顔をあげてため息をつく。

「とりあえずその南達とクエスト進めてみたらいいんじゃね?そのうち「やっぱ俺もやりたい」って言い出してくるかもしれねーし」
「……………………」

竹田の提案に、俺はしばらく考えてみたあと、そうだな、と頷く。水野が提案して、俺も待ってるって南達に伝えた。なら約束を守って彼女達とプレイするのがいいだろう。水野だってこちらを気にしていたし、そのうち「やりたい」って言いだすかもしれない。

そんな俺の顔を確認すると竹田は教科書を閉じて立ち上がる。

「じゃ、俺教室戻るから。また何かあっても呼び出すなよ」

そう真面目な顔で言ってくるくせに、呼び出したら応じてくれる彼には感謝しかない。
教室へと戻る後ろ姿に「テスト頑張れよ」と声をかけると、彼が軽く右手を上げ答えを返してくれる。

「……俺も戻るか」

教室に戻ると、水野と一瞬目が合ったような気がした。
だけどすぐに水野はちがう方へと向いてしまい、俺はちくりと痛む心を抱え席に戻る。

「黒川くん、今日もあのゲームするの?」

席に着いた途端、近くにいた女子が話しかけてくる。その話題が聞こえていたらしいほかの男子も近くに寄ってくる。

「あのゲームって、黒川の好きな人がいるってやつ?」
「モモさんだから」
「そうそう。私もしてみたいなーって思ってこの前調べてみたんだ」
「へー。俺もやってみようかな」

盛り上がっていく周囲に、俺は人の隙間から水野を見る。水野の視線は俺に向いていて、しばらくするとさみしそうに翳り逸らしてしまう。
そんな顔するくらいなら、声かけてくれればいいのに。
ここで見ているだけの自分のことは棚に上げてそんなことを考える俺もひどいやつだと思う。
だけど今俺から声をかけても、たぶん水野はその先を教えてくれない。
どうせまた困った顔で黙り込んでしまうだけだ。

「あーあ……」

何度考えても同じ結論にたどり着く状況に、俺は頭が痛くなって机に倒れる。
もしゲームで繋がれたら、実際に会えなくても水野と繋がることができるのに。
水野は俺に会いたいとか考えないのだろうか。少しふてくされた気持ちになる。

「……あれ?」

そこまで考えて、俺は自分の考えに変な声を漏らす。勢いよく体を起こした俺に、取り囲んでいたクラスメイト達が不思議そうな顔をする。

「どうしたの黒川くん」
「っ、いや!別に……」

先ほどの自分の考えを思い出して恥ずかしくなる。慌てて首を振る俺に、周りのクラスメイトは困ったりからかったりと反応をする。

「っ、とにかく、別にゲームを始めるのはいいけど、俺レベル低いやつとは組まないから」

これは意地悪でもなんでもない、低レベルクエストに俺が出ると一撃で終わってしまう。
別にそれが悪いとは言わないけれど、俺はつまらないと思う。
明らかに強いやつを、工夫して協力して超えていく、これが最高に興奮するとこだと俺は思う。

『皆で装備話し合って、現実で作戦立てられたら絶対楽しいやん』

あの日聞いた水野の言葉がよみがえる。
そんなふうになったら、彼も参加してくれるだろうか。そんな希望を持ってしまう。

「……だから、ある程度レベル上がったら声かけて」

俺の言葉に、ゲームを始めようとしていた何人かが頷く。
タイミングよくチャイムが鳴り、各々自分の席に戻っていく。
横目で水野を確認すると、一瞬俺のほうを見てから前を向いていた。
その反応に満足して、俺も大人しく前を向いた。



教室でそんな宣言をしたからか、数日後、俺にゲーム内でフレンド申請をする奴が増えた。
毎日何かしら届いているメッセージに、そろそろ辟易し始める。

「めんど…………」

そう思いながらも、俺はメッセージを一つずつ確認していく。フレンドがここ一週間で二桁は増えた。

『レンくん、今日もクエスト手伝ってくれる?』

チャットで届いた南からの要請に、俺は了解と返しながら装備を変える。
参加するとはいってもいざとなった時の支えみたいなものだ。南の他にも数人クラスのやつが集まっているのを確認し俺もクエストの参加ボタンを押す。
狩って、チャットして、また別のクエストに参加する。
順調にレベルを上げていくクラスメイト達を見ながら、俺は一人一人の名前を確認していく。

やっぱ変な名前のやつはいない。

一通り確認し、残念な気持ちになる。水野が名前を変えている可能性も考えたが、相変わらず寂しそうな目で俺を避けるあいつがフレンドになっているとも思えない。

「いつになったらここに増えるんだよ」

頑なにアバター名を教えない水野に苛立つ。いつまでこんなこと続ければいいんだよ!そんなふうに思ったときだった。

『こんばんはレンくん』


表示されたチャット名に、俺は弾かれたように背筋を伸ばす。

『モモさんこんばんは!』
『久しぶりやねえ。最近レンくん忙しそうやったから』

その内容に俺は愕然とする。モモさんと最後に話したのいつだ?
思い出せないほど空いた日数に、俺の目の前が真っ暗になる。

『ごめんモモさん!最近ちょっと知り合いでプレイする人が増えて』
『気にせんでええよ。プレイ人口増えるのはうれしいことやし、レンくんも楽しそうやし』

ええことや、と続けるモモさんに、俺は否定したいのにそれができなかった。
実際、面倒だが楽しいこともあった。プレイ人口が増えることも、コンテンツが続くためには喜ばしいことだ。

「だけど……」

それでモモさんを蔑ろにしていいわけない。俺は何をやっていたんだ、とここ最近の態度を後悔する。
俺はこの人と繋がりたくて結婚までしてもらってるのに、勝手に関係放り投げてリアルの知人と遊んでいる。

『ごめんモモさん』

それだけ言って動かない俺に、モモさんが困ったような動きをする。
そして一度頷くと、チャット画面に新たな文章が送られてくる。

『なら、いつもみたいに好きだよって言ってほしい』

その瞬間、俺の心臓は止まるかと思った。
俺が一方的に伝えているだけで、モモさんからねだられたことは一度もなかった。

「……好きだよ、モモさん」

貴方が好きです。
貴方にずっと会いたいんです。
好きになってほしいとは言わないから、少しでも格好良いと思ってほしいんです。

『好きです』

そう送った俺に、モモさんは笑顔を見せてくれた。  

『好きです、モモさんがずっと、ずっと大好きです』

これからもまた前みたいに一緒にゲームしてーー。

そう送ろうと思った俺の頭に、一人の姿が浮かぶ。

――水野。

彼がもし今、俺の前に姿を表したなら、俺はきっと彼と一緒にいる。
一緒にクエストを何周もして、チャットして、きっと何時間も過ごすことができる。

その事実に、俺は血の気が引いていくのがわかる。目の前の画面では、モモさんが微笑んでいる。

俺、モモさんにこんなこと言ってるのに、水野が来たらそっちといたいって思ってる。

ぎゅうと胸が詰まる感覚に、強くコントローラーを握りしめる。
俺、最低なことをしているんじゃないか?
画面に表示された『好きです』の字が重くのしかかる。いくらゲームとはいえ、ここまで俺に付き合ってもらって、他に一緒にいたいやつができたからって放り出していいのか?

『レンくん?』

固まった俺に、モモさんが呼びかけてくる。
モモさん。ずっと会いたいと思っていたのに、最近は全然思い出さなかった人。
俺にいつも付き合ってくれた人。

ーー俺、このままモモさんと結婚してて良いのかな。

このまま俺のゴッコ遊びに付き合わせて、俺の都合で振り回していいのかな。

『レンくん?』

モモさんがまた俺の名前を呼ぶ。


『ごめんモモさん』

『俺と離婚してほしい』