俺の旦那様は、クラス一のモテ男でした


「かっこいい」

それは大部分の男子高校生を刺激する言葉だと思う。
帰りの電車内、学生でごった返すそこで聞こえた女子学生の呟きに、もれなく俺とかっちゃんもそわそわと背筋を伸ばしたりする。

「……お前らに言われたわけじゃねーよ」
「っ!言われなくてもわかってるよ!」
「でも反応しちゃうのはしゃーないやん」
「……あー。あいつもこの電車乗ってたのか」

後ろからりょうちんが車内の一角を指す。
その人を見て俺とかっちゃんは納得する。

「我がクラス1のモテ男」
「あれだしちゃ誰も勝てねえって!」
「あれやろ!黒川くんみたいな人をクラスカースト上位のサブカル系男子っ言うんやろ?」
「湊のその偏った知識はどこからくるの」

きゃっきゃしてる女の子達の隣で、俺たちもこそこそと話し出す。
電車の扉の前にスマホ片手に立っている男子学生、彼は俺らと同じクラスの黒川 怜くんだ。

「やっぱ黒川、モテるんだな」
「でも俺、黒川くんと喋ったことないんよなあ」
「俺らとは住む世界が違うからなあ」

俺がぼうっと黒川くんを見る隣で、カッチャンが忌々しそうに黒川くんを睨む。
なるほど、確かに世界が違う。
黒川くんが立っているだけで電車の扉がかっこよく見えてくる。

「俺もモテたい!」
「おっまえ、車内で恥ずかしい」
「なんだよ、りょうただって欲しいだろ!湊は?」
「俺は、いまはそこまでやなあ」
「はあ?」

なんで!?と詰め寄るかっちゃんに俺は不敵に笑う。

「だって俺、もう結婚しとるもん」


――まあゲームのなかの話やけどな!

俺はいそいそとテレビの前に座るとゲームのスイッチを入れる。
テレビにゲームのタイトルが表示される。

『アストラル・ゲート・オンライン』

全世界でプレイヤー数1千万人以上といわれている、大人気大型MMORPGだ。

「やっぱ姉ちゃん、センスだけはいいんよなあ」

草原のマップのうえに、俺のアバターが現れる。
人型から動物まで好きな姿を選べるこのゲームで、俺のキャラはミニキャラみたいな女の子だ。
コントローラーを動かすと、体に似合わない大きな杖を背中にちょこまかと動き回る。
悶絶級の可愛さやろ!と思っていることは内緒である。

ぽんっ。

『レンさんがログインしました』
「おっ!」

通知音とともに画面左上に表示された内容に、自然と俺の気分はあがる。
うきうき気分で所属するギルドのテントに行くと、何人かのアバターに混じり、大剣を背負った男の子のアバターが表示される。

『モモさん、こんにちは。会いたかった』
「俺もレンくんに会えてうれしいわあ」


送られてきたメッセージに勝手に頬が緩んでいく。
頭上に表示されているレンくんのアバター名の隣に、ピンク色のハートが表示される。

『私もレンくんに会えてうれしい』

そう送れば、レンくんがうれしそうな動きをする。
ついでに俺のアバター名の隣にも、ピンク色のハートが表示される。

だって夫婦やからな!

お揃いのハートに俺はふふふ、と顔がにやけてくる。
そう、この「レンくん」が、俺の結婚相手である。

「今日はどうする?」

そう送れば、レンくんからメッセージが返ってくる。

『素材集めに付き合ってほしい』
「ええよー。俺も次の武器作りたいし」

了解の返事を送れば、またレンくんがうれしそうな動きをする。
それにまたキュンとしながら、二人でギルドを出て近くの草原を動き回る。
素材集めと簡単に言うが、実際は長時間単純作業の苦行である。目的のモンスターを探して、倒して、アイテムをゲット。目標数までこれの繰り返しである。

「今日は何時間で出るかなあ」

黙々とモンスターを探して動き回る。

『今日何時までいける?』
「せやなあ、明日も学校やし……」
『八時くらいまでかな』

そう送れば、レンくんからわかった、と返ってくる。
また夕方やし、八時までには出るやろ。
そう思った俺が甘かった。



『モモさん、時間大丈夫?』
「大丈夫やでー、レンくん」

がくっと頭が揺れる。目がちかちかして今にも閉じそうや。

「でんかったなあ……」

現在深夜一時。レンくんから解散が提案される。

『目標数までいきそうにないし、今日はそろそろやめようか』

その提案に俺もあくびしながら賛成する。

『せやねえ。出ないもんはしゃーないな』
『ごめんモモさん。こんな時間まで付き合わせて』
『私はレンくんと一緒で楽しかったから気にせんでええよ』
『ありがとう。俺もモモさんと一緒で楽しかった』

レンくんの一言に、俺の顔はまたもにやけていく。
レンくんはほんまにええ人やなあ。毎回律儀にこんな風に言ってくれる。

『それじゃ、おやすみなさいレンくん』
『おやすみなさいモモさん。大好きだよ』

破壊力ありすぎやろ!
俺は手近にあったクッションに突っ伏す。

「あー……イケメンすぎやろレンくん」

赤い顔をぐりぐりとクッションに押しつける。
イベントで結婚しただけだと言うのに、レンくんは律儀にその設定を守り続けてくれている。

「好きやなあ……」

その真面目さも、モモを気遣ってくれる優しさも。

「中の人もイケメンさんなんやろうなあ……」

なんかこう大人の、女の人のエスコートとかできちゃうイケメンさん。
そんな脳内のレンくんにほう、とため息をつきつつ、ベッドに入る。
今日もレンくんに会えたし、よい一日やったわあ。



そんな事を考えて寝たからだろうか、俺は盛大に寝坊した。
しゃあないやん、夢にレンくん出てきた気がするし!俺の脳内が起きるのを拒否したせいや!
そんな言い訳をしながら駅までダッシュする。

さいわい電車には滑り込めて、遅刻は免れそうだった。

遅刻ぎりぎりの電車のはずなのに、車内はほぼ同じ高校の生徒で埋め尽くされていた。
特に女子生徒の姿が多く、姉ちゃんもめっちゃ出かけるまで時間かかるしな、と一人納得する。
とりあえずお仲間さんはいっぱいや、と安心したところで、俺は車内に一人の男子学生を見つける。

………ちゃうわ、これ、みんな彼に会うためにこの時間に乗ってるんや。

同じ高校の生徒の視線を集めながら、黒川くんは扉近くでスマホをながめていた。
相変わらず彼がその場にいるだけで、ありふれた車内が雑誌の1ページに見える。

「怖いわあ……」

目を擦る俺をよそに、きれいな女子が一人、黒川くんに声をかける。

「黒川おはよっ!それ、なんの動画?」
「…………ゲーム実況。画面暗くなるからそこ立たないで」

淡々とした黒川くんの一言に、その女子の顔が引き攣るのが見える。
黒川くんすごいなあ、俺絶対姉ちゃんにそんな事言えへんわ。
姉ちゃんの反応を想像しただけでぶるぶるっと寒気がする。

「っ、黒川ゲームしてるんだ。それなんて言うゲーム?」
「アストラル・ゲート・オンライン」
「聞いたことある!黒川それやってるんだ」
「それなりには」
「私もやってみようかな。黒川教えてよ、一緒にゲームしよう」

女子の手がするりと黒川くんの腕に回る。
積極的な子もいるもんやなあ、なんて感心する俺をよそに黒川くんはその手をあっさり外す。

「無理。俺、誰かと一緒にプレイする気ないから」
「なんで?一緒のほうが楽しいじゃん」
「誤解されたくないし」
「誤解?なにそれ」

なにそれ。俺もちょっと気になる。
二人の話が聞こえるように、俺はこそこそと場所を移動する。

「俺、結婚してるから」
「結婚!?」

俺の声なんかかき消されるくらい大きな悲鳴が四方から上がる。

「どういうことっ!?なにそれどういう事!!!?」
「これは夢……ねえっ、夢だよね!!?黒川くんが結婚なんて嘘だよねっっっ!!!?!!」
「誰だれっ!!?どこの誰っ!!!!何歳!?どこのクラス!!???」
「いやあーー!!!私の黒川くんがーーーーー!!!!」

聞き耳立ててるのは俺だけじゃなかったらしく、車内から男女とも色んな奴が声を上げる。さらには泣き出す子まででてきて阿鼻叫喚な車内で、最初に話しかけていた子が果敢にも追撃する。

「結婚って、……さすがに嘘でしょ?」
「嘘じゃない。ゲームの中だけど」
「つ、ほら!ゲームの中の話じゃん!!そんなの結婚してるって――」
「でも俺にとっては大事な約束だから」

これ、と黒川くんが女の子にスマホを突きつける。
そこには、見慣れたアバターが二人、仲睦まじくくっついて映っている。

「俺、この人が大事だから。リアルで恋人作る気無いし」

むしろこの人と恋人になりたい、そこまで宣言する黒川くんに周囲が凍りつくのがわかる。
そんな地獄と化した電車の中で、俺は違った意味で凍りつく。
 
黒川くんの写真には、見慣れたアバター――レンとモモ――が写っていた。
そしてモモの中の人は俺であり、黒川くんが写真を持っているってことはーー。

「つまりレンの中の人は黒川くんで、黒川くんが俺の旦那様……?」

口に出したら殺されそうな事実に、俺は呆然と立っているしかなかった。