とある館の初雪草

 私は誇り高きブルースター家の現当主、マリア・ブルースター。
 代々続く名門の血を引き、夜の世界を統べる者としての威厳を背負っている。この屋敷の空気は、いつだって静謐で、重厚で、そして私にふさわしい。
 今日も私は、人間の生き血を……
 
「お嬢様ー!っ!」

 私は、ため息をついて紅茶をテーブルに置き、声のする方に顔を向ける。

「誰ーっ!?」

 なんか、黒いペンキを被った、サラの声の誰かを、門番のメイラが追いかけ回している。メイラに止まるように指示すると、サラの声の誰かは何処かでペンキを洗い流してからやってくる。
 ……サラだった。
 サラは、メイラを指差して叫ぶ。

「こいつクビにしましょう!」

「……何があったのよ」

 サラは瞬きを一度してから言う。

「いえ、私がお使いの帰りに黒いペンキを被ってしまって、前は見えないし疲れたので、そのまま踊りながら帰ってきたら追いかけ回されて……」

「当たり前でしょう!どっからどう見ても不審者じゃないの!」

 何踊りながら帰ってきてるのよ。そりゃ追いかけられても仕方がないでしょう。門番なんだから、メイラは。不審な奴は半殺しにしろと私が言っているもの。

「でも!メイド長の私を不審者と言って追いかけまわしたんですよ!?」

 と、メイラが口を挟む。

「あ、あのバケモノ、サラさんだったんですか」

「やっぱりこいつクビにしましょう!お嬢様!」

 私はメイラの肩をぽんぽんと叩く。

「マリア様……?」

「いいえ、なんでもないわ。……お疲れ様、メイラ」

 そう言うと、メイラはにこっと笑って言った。

「頭ぽんぽんしたいのはわかりましたけど、私のほうが背が高いから届かないんですね。抱っこしましょうか?」

「うん、貴女クビにしようかしら」

「なんでですかぁ!」

 と、サラはメイラの右手をがしっと握って言った。

「分かってるじゃない……!お嬢様、メイラをクビなんて、何を言ってるんですか!」

「貴女が言い出したんでしょう!?」

 すると、サラは自慢げな顔で言った。

「ふっ……お嬢様、私の頭をぽんぽんしてもいいんですよ?あれ、届きませんか?耳までしか届かないんですね?ふふふ……抱っこしてあげましょうか?」

「あんたもクビにするわよ、バカ!」

 私の背が低いばっかりに……!すると、サラはもっと嫌な笑顔で言った。

「何を言っているんですか?……そんなこと、できないくせに」

「うっさいわね!サラのかわりなんて、いくらでもいるのよ!?」

「……あれー、そんなこと言っちゃっていいんですかぁ?私以外に仲の良いメイドは居ないのに……」

「……わ、悪かったわね!」

 少し拗ねてそっぽを向いてそう言うと、メイラはしゃがんで、目線を合わせて言った。

「マリア様、大丈夫です。私たちは何があろうと出ていきませんから。……だから、泣きそうな顔しないでください」

「……泣いてなんかないわよ……」

「ほら、サラさんも。あまりマリア様をいじめないであげてください」

 サラは、なにかぶーぶー文句を言っていたけど、最後には頷いていた。

「ところでマリア様、ずっと気になっていたのですが……」

「……何?」

 メイラは、しゃがんだまま、にっこり笑って言った。

「その靴、何センチ上げ底してるんですか?」

「お嬢様、こいつクビにしましょう!」