俺にだけ注文の多い客から逃げられない


 文化祭が終わり日常に戻った。校内は華やかな装飾がなくなり、すっかり落ち着いている。バイト先も今まで通り、レジ横のカウンターには雅が腰掛けていた。

 しかし、俺だけがあの日から少しおかしくなってしまった。

「いらっしゃいませー」

 レジ前に客が現れ、反射的にいつもの言葉が口から出る。だが、客が雅だと気づいた瞬間、息を呑んだ。

「ナゲット一つ」
「ナナナナゲット、お一つですね。以上でよろしいでしょうか」

 めちゃくちゃ噛んでしまった。顔が一瞬にして熱くなるが、接客中だし逃げ出すことはできない。目の前の雅は唇の端が上がってるが、気のせいだと思いたい。

「はい。すいのバイト姿、久々に感じる」
「そ、そうだね。文化祭で忙しかったから」
「すいの顔が見れて嬉しい」

 雅の笑みに心臓が大きく跳ねる。動揺を悟られないようになにも言わずこくこくと頷くと、雅はその場から立ち去った。その背中を見送り、小さくため息を吐く。

 なんだかおかしい。最近、ただでさえキラキラしていた雅が、さらに輝きを増したように感じる。雅を見るとそわそわしてしまうし上手く顔が見られない。ただでさえ陰キャで挙動不審だったのにもっと不審者じみた様子になっている。せっかく雅とまた一緒にいれるのにこの調子じゃろくに話せない。早く雅の顔に慣れないと。

 そんなことを考えていると、また雅がカウンターに現れた。

「ホットコーヒー、Sサイズで」
「ホットコーヒーSサイズですね。以上でよろしいでしょうか」
「はい。すいはマッツのドリンクいつもなに飲む?」
「えっと、シェイクかな。甘くて美味しいし」

 よし、いい調子で話せている。だが、雅が早速流れを壊してきた。

「シェイク好きって可愛いね」
「可愛い? ただシェイク頼むだけなんだけど」
「うん。可愛くない? まあシェイクより、シェイクを飲むすいが可愛いのかも」
「は、はあっ?」

 思わずパクパクと鯉のように口を開閉してしまう俺を見て、ふっと笑う。あーもう! せっかく今まで通りの距離感に戻ったと思ったのに、またこれだ。下手にドキドキさせないで欲しい。それに俺も過剰に反応し過ぎだ。あれくらいの冗談、今まで受け流していたのにどうしてしまったんだろう。少し経てば、また前みたいに戻れるだろうか。

 そうして、一週間が経った。雅への態度は変わらなかった。むしろ悪化しているように感じる。

「すい、寝癖ついてるよ」
「え、どこだろ」

 清々しい風が吹く通学路。朝からヘアセットが完璧な雅に指摘されてしまい、どこが跳ねているかわからず、手探りで頭をペタペタと触る。

「ちょっと動かないで」

 雅が顔を近づけてくる。心臓の鼓動が雅に伝わりそうなほど大きくなり、口から情けない声が飛び出してしまった。

「わわ、わ、自分で直すから!」
「そう?」

 これ以上の距離は俺の心が持たない。後退ると、ちょうど学校の玄関にぶつかってしまった。雅は怪訝そうに見るものの、同じく教室へ向かう生徒たちの波に抗えず、名残惜しそうにその場から離れた。

「じゃあすい。また昼に会おう」
「うん。また」

 雅の背中を見送ったあと、肩を落とす。やっぱりダメだ……。文化祭の日から全く進展はなく、最近は雅と目を合わせて話せないし、ぎこちない返事しか返せていない。雅の態度は今のところ大して変わった様子はないが、いつ呆れられてもおかしくない状況だ。このままだとまずい。どうにかしないと。

 教室へ向かいながら頭を抱えていると、突然背中になにかが触れた。

「冴木」
「わっ、塩谷」

 塩谷の気配に気づけなかった。肩が大きく跳ねた俺に対して、塩谷は眉間に皺を寄せたまま、首を傾げた。

「もうホームルームが始まるぞ。なんか百面相してたけど、なにかあった?」
「い、いやなにも。さあ勉強勉強!」
「ガリ勉キャラになったのか?」

 そうして塩谷を引っ張りながら教室へ駆け込んだ。席へ着くと同時にチャイムが鳴り響く。ナイスタイミングだ。

 なにがあったかなんて、塩谷に言えるわけがない。雅を見るとドキドキして話せないです、なんてまるで恋に落ちてるみたいな悩みだ。どこの乙女だよ。だが、もしそうだとしたら辻褄が合う。

 ……俺が、雅を好き? ぶんぶん首を左右に振る。そんなことない。確かに友達として好きだが、俺の好きなタイプは優しくて小さい子。全然雅は違うじゃないか。確かに優しいところもあるけどたまにからかってくるし、小さい子に至っては真逆だ。だいたい俺と雅が付き合う姿がそもそも想像つかない。友達ですら釣り合うか不安だったのに、それを超えた恋愛なんて無理だろう。アニメや漫画の世界のカップルを俺と雅に置き換えて思い浮かべる。砂糖菓子のような笑みを浮かべた雅が、甘い言葉を囁く。そして徐々に雅の顔が近づいてきて――。

 顔が熱くなり、手で顔を押さえる。

 ああああ、恥ずかしい! 一人で悶えていると、周囲からの視線を感じる。やばい、教室で俺はなにをしてるんだ。慌てて黒板と向き合ったが、授業の内容は全く頭に入らず、空はいつしか夕焼けに染まっていた。

 少し肌寒い空気の中、雅と二人でマッツへ向かう。

「それで、最近はケチャップも美味しいかなって気づいた。まあなにもつけないのが一番なんだけど」

 雅は歩きながら話しかけてくるが、全く耳に入ってこない。

 どうしよう。朝、雅と付き合う姿を想像したからか、ただでさえまともに顔が見られなかったのに、もっと見られなくなってしまった。今までは顔を見ることができない程度だったのに、一緒にいるだけで変な気分になる。ダメだ。雅は友達だと思ってるのに、俺はなんてことを考えているんだろう。雅にこのことを悟られたら、絶対に引かれてしまう。ただでさえ、雅はアピールしてくる女の子のことをいつも迷惑そうにしている。男の俺でさえも同類だと知ったら、幻滅されてしまうに違いない。

 雅に気づかれないように、平静を装って歩くが、会話に上手く返事ができなかった。

「……すい、大丈夫?」

 ついに雅から聞かれてしまった。

 やばい。怪しまれている。絶対に気づかれないようにしないと。でもこの調子が続いた状態で上手く誤魔化せる自信はない。雅は妙に察しがいいときがあるし、このまま一緒にいたらもっと悪化してしまうかもしれない。どうしよう。不安と焦燥が駆け巡る。俺は、咄嗟に思いついた苦肉の策を口にした。

「俺、しばらく距離置いた方が良いかも」

 その瞬間、雅が足を止めた。空気がまるで凍りついたように沈黙に包まれる。

 一度頭を冷やしたら、こんな感情は消えるだろう。せっかく雅とまた一緒にいられるようになったが、雅に引かれて一生口を利けなくなるよりはマシだ。

 しかし、雅は逃がさないとばかり、手をキツく握り、顔を近づけてきた。鋭い眼光が、俺を貫く。

「なんで? 俺、ずっと一緒に思い出増やそうって言ったよね」

 雅は眉間に深い溝を作り、手の力を強めた。離れようと試みるも、力が強くて動けない。雅のまとう冷気に触れたように体は震え、声が上手く通らない。俺は、震える唇を無理やり動かした。

「う、うん。でもちょっと一時的なものだから」
「なにそれ。なにが原因?」

 目が泳ぐ。どうしよう。ただでさえ手を握られて心臓は煩いし、鬼気迫る顔で問い詰められて、頭が真っ白になってしまう。

 そのとき、視界の奥にマッツが見えた。こんなところで揉めていたら注目を集めてしまう。俺は息を大きく吸った。

「ば、ばば、バイト終わったらでいい? もう着くし」
「……わかった。俺も、すいに伝えたいことあるし」

 雅は渋々といった様子で頷いた。眉間の皺は深く刻まれたままだったが。

 その後、マッツへ逃げるように駆け込み、更衣室へ入った。ようやく雅から離れられて、全身の力が抜けたようにその場にへたり込む。

「最悪だ……」

 狭い更衣室に俺の暗い呟きが吸い込まれる。バイトが終わったら、どう伝えればいいんだろう。胸の奥で不安が揺れる。深呼吸をして落ち着こうとするが、全く効果はない。更衣室にずっと閉じこもっていたいが、さすがにそんなわけにもいかない。

 仕方なくレジへ向かうと雅がすでに待っていた。気まずすぎる。俺はロボットのようにぎこちない動きで口を開いた。

「い、いらっしゃいませ」
「ホットコーヒーSサイズ」
「ホットコーヒーのSサイズですね。以上でよろしいでしょうか」

 そう聞くと、雅は頷くだけでなにも言わずにその場から離れた。素っ気ない様子の雅に息を呑む。こんなことは今までになかった。いつもなにかしら雑談をしていたのに。衝撃が抜けず口を開いたまま硬直してしまう。

「……あのー、注文いいです?」
「あっ、申し訳、ございません。ご注文をどうぞ」

 雅の後ろに並んでいた客が声を出すまで、全く気づかなかった。俺はその後も身が入らないまま接客対応をした。客足が疎らになりようやく吐息を落とす。

 やっぱり、俺が急に距離を置いたほうがいいかもだなんて言ったせいで、雅を傷つけてしまったのかな。そんなつもりはなかった。むしろ、雅に嫌われたくなくて言ったのに。このまま下手に理由を誤魔化して、疎遠になってしまったら、どうしよう。それなら正直に言ってしまった方がいいんじゃ……。

 しかし、雅に告白したところで振られることがわかりきっている。雅と俺ではどう考えても不釣り合いだ。こっそり雅へ視線を移す。長い脚を優雅に組み、コーヒーを片手に静かに口に運んでいた。その美しい所作と醸し出される雰囲気はまるでマッツにいるとは思えない。俺みたいな平凡野郎とは大違いだ。雅への好意はきっと迷惑だ。そもそも、雅は好きな人がいると言っていた。この思いは、なかったことにしないと。

 すると、俺が見ていることに気づいたのか、雅と目が合った。雅は俺を見て柔らかく微笑む。その瞬間、胸がぎゅっと引き締められる。

「……だめだ」

 吐息混じりに声が落ちた。

 なかったことになんてできない。雅を見ると胸が高鳴るし、雅の笑顔を見るとその視線の先にいるのが俺だといいな、なんて思ってしまう。この感情を誤魔化すことは、できない。雅にとっては迷惑な思い。それでも、気持ちを隠したままの状態で一緒にいる方が友達として不誠実だ。ぎゅっと唇を噛み、拳を握る。雅に引かれてしまうのは怖いが、勇気を出さないと。

 壁際にある時計が、カチリと鳴る。パズルのピースがハマったように、決心を固めた。

「み、雅、お待たせ」
「うん。行こっか」

 いつもは会話が飛び交う帰り道。だが、今日はお互い口を結んだまま。風の吹く音がやけに耳に響く。どこで言い出そう。タイミングを見計らっているうちに、結局なにも言えないままいつもの電車に乗り込んだ。ぐわんぐわん、と揺れる車内。まるで俺の胸のざわつきを掻き立てるようだった。うつむき、ぎゅっと拳を握る。雅に引かれなかったらいいな。受け入れてもらえなくても、せめて友達としていられたら、と願ってしまう。

 揺れる電車が最寄り駅で停車する。雅の後を追うように電車から降りると、見慣れた光景が広がった。いつもと同じ道へ向かおうとすると、雅が固い口を開いた。

「ちょっと行きたいところがあるんだ。ついてきてもらっていい?」
「うん」
「よかった」

 どこへ向かうつもりなんだろう。不思議に思いながらついていくと、そこは見覚えのある道だった。雅は少しの迷いもなく足を進める。知っているとはいえ、懐かしい景観につい視線を飛ばしてしまう。何年振りだろう。最近は通っていなかったが、小学校の頃によく帰り道でここら辺を通っていた。そうだ。帰り道、この自販機でたまに飲み物を買っていた。白線から落ちたら負け、なんてルールで誠と遊びながら帰っていた。それで、よくここの公園でみんなと待ち合わせをしていて――。

 息が詰まる。寂れたブランコ、小さな滑り台、踏みならされた砂場。何年も遠ざけていた光景が目に入って、俺は少し後退った。

「……大丈夫?」

 雅が眉を下げて首を傾げる。昔の記憶と、目の前の光景が重なる。だが、そこに異物のように雅がいて、視界がブレる。

「だ、大丈夫」
「本当? もしかして、思い出してくれた?」

 雅の言葉が胸に引っかかる。思い出してくれたって、どういう意味だ。俺が約束をよくすっぽかされていたこと? それだとしたらかなりタチの悪い嫌がらせだ。でも、雅のどこか期待と不安が入り混じった表情を見る限り、別の意味がありそうだ。それがなにかわからない。俺が言葉を探していると、雅は困ったように笑った。

「覚えてないよね」
「ご、ごめん。なんのこと?」
「思い出さなかったらそれでいいよ。俺はずっと忘れないけど」

 そう言いながらスマホにぶら下がるキツネのストラップを長い指で包む。キツネの笑みが、なぜか悲しげに見えた。

「……もしかして、ここで遊んだことある?」

 そう聞くと、雅は息を呑んだ。寂しそうな表情が、昔遊んでいたあの子の面影と重なった。まさかそんな偶然があるわけないと半信半疑だったが、花が咲くような笑みを浮かべる姿を見て確信した。

「覚えてくれてたんだ」
「ちょっとだけ。でも朧気な記憶しかなくて」
「それでもいい。やっぱり、すいはあのときの子で間違いないよね」
「よく覚えてるね」

 もう何年も前の話だ。この公園で遊んだ回数もそんなに多くないし、お互いの名前も知らない仲だった。

 雅は俺の言葉に、恍惚とした表情を浮かべた。

「覚えてるよ。初恋の人だから」

 ……え?

 目を見張り、俺は雅を凝視してしまう。雅は頬を赤らめながら話した。

「ずっと、あの日からすいのことが忘れられないんだ。これを渡してくれた日から」

 そう言って、ストラップを俺に向けてきた。脆いガラスに触れるように、優しく撫でる。

 これを俺が渡したって? 全く記憶にない。そんな俺に答え合わせをするように、雅は口を開いた。

「すいはよくここの公園で遊んでいたよね。一人で、誰かを待っていた」
「ああ、うん。それで、たまに雅が声をかけてきてくれたよね」
「俺の家ここから近いからさ、すいが待ってるとこよく見て気になってたんだ。寂しそうにしてたから」

 その言葉がグサリと胸に刺さる。俺、傍から見てもハブられてる可哀想なやつって感じだったんだ。顔が曇る俺とは対照的に、雅は笑みを浮かべたまま話した。

「話してみたらすいはいい子で、遊びもよく知らない俺にかくれんぼとかジャングルジムとかいろいろ教えてくれた」

 そういえばそうだった。嫌な記憶を思い出さないように、公園の思い出は全て蓋をしていた。だが、閉じていた蓋がゆっくりと開く。

「かくれんぼ、懐かしい。雅、よくこの滑り台の裏に隠れてたよね」
「うん。わざと」
「え、わざと?」

 思わず聞き返してしまった。すると、雅は笑みを浮かべた。

「すいが俺を見つけたとき、すごく嬉しそうにするから、わざと見つかりやすい場所にいた。あとすい、一人になると不安そうな顔するから」

 その言葉を聞き、胸がぎゅっと引き締められる。約束をすっぽかされて一人になるのが本当はすごく怖くて悲しかった。声をかけてくれた雅すらも消えたのかと思うと、暗闇にいるような不安が襲った。それを雅は幼いながらも気づいてくれていたんだ。

「雅は、優しいね。そういえば、雅が鬼のときもいつも早く見つけてくれたな」
「それはすいが隠れるの下手だったからだけどね。いつも服の裾とか足の先とか遊具からはみ出てたから」
「ええ、そうなの?」

 単純にかくれんぼが得意なのかと思いきや、まさか俺に問題があったのか。

 だったら言ってくれたらいいのに。数年越しの衝撃の事実に愕然とした。まあ、一人ぼっちが苦手だし、見つけてくれた方が俺としては助かるけど。

 雅と他の遊具の思い出も話していると、緊張がほどけていく。嫌な思い出が薄れ、一つ、また一つ、と楽しい記憶が浮かぶ。まるで嫌な記憶が塗り替えられるような、あの遊園地へ行った日と同じようだった。

「すいと一緒に遊んで楽しかったな。宝物だよ。あのときの思い出も、このストラップも」
「ストラップ、俺渡したっけ?」
「くれたよ」

 雅の視線がわずかに落ちる。まるで遠い過去を見るような瞳だ。懐かしむように、慈しむように、優しい瞳をしている。

「俺が、遊園地に行ったことないって話をしたとき、くれたんだ。親に行きたいと強請ってもダメだったっていう話も馬鹿にせず、つらかったねって俺より悲しそうな顔をしてくれた」

 その言葉で、ようやくストラップの記憶が浮かんだ。俺がストラップを渡したとき、笑顔になった雅を見て、心がじんわりと温まった感覚が蘇る。

「ストラップをくれてありがとうって言ったら、すいは自分のことみたいに喜んでくれた。眉を下げて唯一笑ったその顔が、ずっと忘れられなかったんだ」

 噛み締めるように紡がれる言葉が、優しく胸に溶けていく。

「その後、親の出張に合わせて引っ越すことになったから、ずっと後悔してた。もっと早くすいに想いを伝えればよかったって」

 目を細めた雅は、優しく俺の手を取った。熱を帯びた瞳がまっすぐ俺を射抜く。その眼差しに、瞬きさえ忘れて見惚れてしまった。

「俺はずっと、すいのことしか考えてない。寂しいときは隣にいたいし、すいの優しい笑顔をずっとそばで見ていたい。俺が、すいを幸せにしたい」

 その言葉に、胸が高鳴る。真っ暗に見えた公園の遊具が色鮮やかに変わった。

 夜風が吹く。それはまるで俺の背中をそっと押すように。

「……俺も、雅に笑って欲しい。俺が雅を笑顔にしたい」

 あの遊園地の切なげな表情も、マッツで嫌そうにしていた表情も、変えたい。俺ばかり助けてもらうんじゃなくて、俺が雅を笑顔にしたい。

 言葉を紡ぎながら、雅の手を包む。 

「俺も雅を幸せにしたい。雅が好き、です」 

 すると、目の前の雅はわずかに目を見開いたあと、徐々に頬をゆるませた。

「もう、その言葉で十分幸せなんだけど」

 雅は紅潮する顔を隠すように片手で顔を覆った。その様子に俺まで照れくさくなり、うつむく。告白ってこんなに恥ずかしいのか。ちゃんと想いを伝えることができてよかったけど、これから俺と雅が恋人になるってことか。

 雅は張り詰めていた力が抜けたように、安堵の吐息を漏らした。

「よかった。距離を置くなんて言うから、俺のこと嫌になったのかと思った」
「そっそんなわけない! その、俺が好きってバレたら迷惑かなって思って」
「迷惑なんてありえない。それならもっと早く言ってくれたらよかったのに」
「言えないよ。だって俺、雅と比べてなにもできないし。顔も平凡だし性格もよくないし」

 幸せにしたいなんて大口を叩いたものの、これから俺は雅になにをしてあげられるんだろう。満たされていたはずの心に不安が波打つ。

「可愛い顔だし、性格だって優しいじゃん。文化祭だって俺の仕事代わったり、警備までしてたし」

 雅は俺を買いかぶりすぎている。親切でしたわけじゃなくて断れなかっただけだし。うじうじ頭を悩ませる俺とは反対に、雅は迷いなく放つ。

「俺は好きな子以外にそんなのしない」
「す、すきっ……もしかして、文化祭の実行委員になったのも俺のため?」
「もちろん。他のやつがすいと一緒にするのも嫌だし」

 雅の眉間に小さな皺が寄る。そう思っていたことなんて気づかなかった。

 想像以上に雅って俺のこと好きなんだ。面映ゆくて、頬がゆるんでしまう。

「……雅はすごいね。行動力があって」

 小さな感嘆が漏れた。好きだとか、可愛いとか、普通は躊躇しそうな言葉なのに声に出せるのも、すぐに行動に移せるのも、俺には到底できない。

「すいは逆にもっと欲張って。俺、すいのためになんでもするから」

 俺なんて、が口癖でいつも下ばかり見ていた。でも今は、隣に雅がいる。眩しくて手を伸ばしても掴めないようなのに、その手は確かに俺の手を掴んでいる。指先から伝わる体温が胸の奥へじんわり届いた。陽だまりに包まれたように暖かくて、優しい。

 もう、一人じゃない。

「ありがとう」

 視線をそっと上げる。

 甘く蕩けるような笑みを浮かべた雅が瞳に映る。雅は少し屈み、吐息が触れる距離まで顔を近づけてきた。俺は、瞼を閉じて爪先を少しだけ浮かせた。