憂鬱な月曜日が始まってしまった……。遊園地の疲れで体はヘトヘトで動けず、日曜日はずっとベッドに沈んで過ごしていた。
もともと月曜日は休みが終わってしまうから嫌いだが、土曜日の高瀬の態度も気にかかりさらに気分が重く沈んでいく。重い足取りでいつものコンビニへ向かうと、高瀬の姿が目に入った。
「お、おはよう」
「おはよう、すい」
穏やかな笑みを浮かべる高瀬に少しほっとする。まだ変な様子だったらどうしようと気にかけていたが、気にし過ぎだったようだ。
高瀬は変わらない様子で土曜日の話を始めた。
「LIMEで送ったけど、遊園地で撮った写真見た?」
その言葉を聞き、昨日送られた写真を思い出して苦虫を噛み潰したような顔になる。入園したときに撮ったキツネくんの写真だけかと思いきや、高瀬はアトラクションや食べ物などの写真も送ってきた。それくらいならまだよかった。
送られてきた写真の大半はなぜか俺の顔だった。カチューシャをつけたときの連写なんて凄まじい量が送られてきた。嫌がらせかと感じてしまう。
「見た。いつの間に撮ってたの? 俺の顔とか」
「可愛くて残したくて、ほらこれ」
そう言って高瀬がスマホの画面を見せてくると、乱れた髪の毛で魂が抜けたような顔をした俺がいた。こいつふざけるな。
他の写真も変な顔ばかりだ。その中でもこの写真は一段とひどい。
「まだこんなの撮ってたのかよ。消して」
「えーこんなに可愛いのに」
「可愛くないって。ほぼ死んでるじゃん」
口を尖らせる俺に対して、高瀬はふはっと相好を崩した。これのどこが可愛いんだ。高瀬の感性ってやっぱりズレてる。
「でも一番のお気に入りはこれ」
スマホの画面に映るのは、俺と高瀬がカチューシャをつけて二人で撮った写真。はにかむ俺と、柔らかな笑みを浮かべた高瀬が並んでいる。この写真だけはなぜか俺も見ていて顔がほころぶ。
「待ち受けにした」
「えっ、待ち受け? そこまでしなくても」
「ダメ?」
「う、いいけど、恥ずかしい」
高瀬は俺の言葉を気にせず愛おしそうにスマホの画面を見つめる。そうして話していると、駅に辿り着いた。ICカードを改札機にかざした瞬間、不意に背後から声をかけられた。
「あれ、日翠とイケメンくん!」
振り向くと、そこには茶髪のくせっ毛を揺らす誠がいた。満面の笑みを浮かべて大きく手を振っている。驚いて足を止めると、そのまま誠は俺たちの方へ駆け寄ってきた。
「もしかして同じ電車? 一緒に行こうぜ」
誠の勢いに飲まれて頷く。すると、誠は目を輝かせたと同時に、再びよく回る舌で休む間もなく話し始めた。
す、すごい。全く面識のない高瀬と、今まで疎遠だった俺を相手にここまでフレンドリーに話せるなんて、凄まじいコミュ力だ。俺と同じ人間とは思えない。
誠は電車に揺られながらも全く舌を噛む様子はなく、つり革を掴みながらも話し続ける。
「二人仲良いな。いつも一緒に行ってんの?」
「うん。誠もいつも同じ時間?」
「いや、俺はもうちょい遅い時間。前のテストめっちゃ悪くてさ、次のテストまで自主補習で早めに行ってんの」
誠は大きなため息を吐いた。誠は昔から勉強が苦手でよく補習の対象になっては騒いでいた。それくらい勉強が苦手な誠が自主補習をするなんて珍しい。なにかあったのだろうか。
疑問をぶつけると、誠は口元を引き攣らせた。
「次赤点取ったら留年って言われてさ、マジ最悪」
誠の言葉に俺まで顔が引き攣った。てっきり勉強にやる気を出したのかと思いきや、相変わらず勉強は嫌いなんだな……。
「勉強、頑張らないとだね」
俺の言葉を聞いた途端、誠は口を閉じて俺の顔を見つめた。ただ応援しただけなのに、目をキラキラと輝かせる。どうかしたのか。疑問に感じていると、誠はつり革から手を離して、俺の手を力強く掴んだ。
「そうだ! 日翠さ、俺に教えてくんね?」
「え、俺?」
「家近いし、日翠は俺より頭いいだろ? 母ちゃんも日翠の顔知ってるし、うちで勉強会したらいいじゃん」
誠はまるで名案を思いついたかのような表情だが、俺にとっては勘弁して欲しい提案だ。勉強はそこまで得意ではないし、誠の母親とも知り合いだが別に仲良いわけではない。
しかし、誠は完全に乗り気になっていて、空いてる時間や教えて欲しい科目まで話してきた。勘弁してくれ。俺にはバイトもある。そうだ、今こそ俺の必殺のカードの出番だ。
「わ、悪いけど俺バイトで忙しくて」
「え! バイトしてんの? どこ?」
「マッツで」
「マジ! マッツならそのままバイト終わりにそこで教えてもらえるじゃん。集まりやすいし! どこのマッツ?」
さらにやる気になってしまった。
どうしよう。まあ俺もテスト近いし、勉強会を開いた方が頭に入るかもしれない。誠の家じゃないし、マッツならいいかな。
「俺が教える」
相変わらず仏頂面の高瀬が、誠と俺の手を離して間に入ってきた。
突然口を開いた高瀬に対して、誠は全く動揺せずむしろ嬉しそうに声を弾ませた。
「マジ!? めっちゃ助かる! そういやイケメンくんの名前なに?」
「高瀬雅」
「雅! 名前までかっけーな。てかいいのか? 俺ら初対面みたいな感じだけど」
高瀬は、誠の言葉を全く気にしていないように無表情で返した。
「うん。俺、特進科だしテストも一位にいるからすいより頭いい」
「一位!? めっちゃすげえじゃん!」
高瀬の手を取りぶんぶん上下に振る。一方、高瀬は全く表情がないままだ。なんだこの二人。正反対な性格の二人が仲良く勉強なんてできるだろうか。全く想像はつかないが、二人は話を進める。
「じゃあ日翠のバ先で集まろうぜ。空いてる時間ある?」
「いつもすいとマッツまで向かうから、すいのシフトの時間にいる。水曜とか」
「おまえらマジ仲良いな。じゃあ俺も合わせて行くわ。日翠はバイト終わり次第、一緒にやろうぜ」
なぜ二人だけではなく俺も勉強する前提で話してるんだ。俺がバイトをしている間、二人で勉強すればいいだけの話なのに。
そのまま二人はトントン話を進めていると、車内に駅名のアナウンスが流れた。
「おっと、俺ここで降りねえと。じゃあまた水曜日の夕方会おうな! 日翠、雅!」
そしてひらひらと手を振りながら誠は背中を向けて降りていった。相変わらず、台風のように現れて去っていく男だ。誠が消えた途端、車内は静寂に包まれる。
この前の遊園地の様子を見た感じ、誠と高瀬の相性は最悪かと思いきや、高瀬から名乗り出たということはやはり誠に対して好印象を抱いたということだろうか。まあ、誠はいつも人から囲まれる天性の陽キャだし、陽キャの高瀬も惹かれるものがあるのか。
「高瀬と誠、仲良くなるの早いね」
「仲良く? どこが?」
「え、一緒に勉強会開くくらいだし」
高瀬は眉を顰め、鋭い目で俺を見据える。え、なんで怒ってるんだ。あんなに二人で意気投合していたから仲良くなったと思うのは自然じゃないか。
「別に、すいと二人で勉強会するみたいだったから声をかけただけ」
「お、俺?」
「うん。すいこそ仲良いよね」
「いや、昔に比べたら今は全然そんなことないから」
そう呟き、目を伏せた。高瀬に出会うまでは誠たちが陰口を叩いていたことをずっと気にしていた。しかし、当の誠は全く気にしていない様子だった。俺が周りから嫌がらせを受けていたことに対して、なにも思わなかったんだろうか。陰鬱な気持ちが胸に広がる。
過去のことだし、今さら気にしてもどうにもならない。気を取り直して前を向こうとしたが、どこか不満を滲ませた声が耳に届いた。
「それにしては、誠って呼び捨てだし俺よりも砕けた話し方だけど」
「それは、昔からそう呼んでたから」
「俺にはそう呼んでくれないの?」
高瀬はまるで拗ねた子どものような顔をする。名前で呼んで欲しいのかな。
「み、雅?」
なんだか照れくさくて声が震えてしまった。目の前の雅はほんのり頬を染めた。
目をパチパチと瞬かせる。え、なんでこんな初々しい反応してるんだ? ただ名前で呼んだだけだぞ! 過剰に反応されると、こっちまで恥ずかしくなるんだけど。
そうして、俺たちはなんだか気まずい雰囲気のまま、学校へ向かった。
ようやく教室の扉の前に辿り着き、小さく息を吐いた。まだ授業も始まっていないのに、朝から早速体力を消耗した気がする。これからまた授業が始まると想像すると、気絶しそうだ。もう家に帰りたい。
重たい扉を開くと、中から聞き慣れた声がした。
「おっ、冴木おはよう。今日も高瀬と来たのか」
いつもと変わらない塩谷の態度がなぜだか胸に染みる。ここ最近、陽キャのキラキラオーラを浴びせられていたからか、とてつもなく安心感がある。衝動のままに駆け寄ってしまいそうになったが、ぐっと堪えて俺は塩谷へ近づいた。
「おはよう。さっきまで一緒にいたけど、今はもういないよ」
「ほんと仲良いな」
傍から見ればそんなに俺たちは仲がよさそうに見えるのか。胸のあたりがこそばゆい。俺は頬を掻きながらそうでもないと呟くと、なぜか塩谷は目を細めた。
「冴木、高瀬といるようになってから変わったよな」
「え、なにが?」
「前は高瀬のこと苦手そうにしてたけど今は楽しそうにしてるし、なんか前より前向きになって良くなったと思う」
「え、そんなこと、ないと思うけど」
否定するが、塩谷はニヤニヤと笑みを浮かべている。なんだよその反応。塩谷はひとしきり笑みを浮かべていたあと、普段と変わらない様子でアニメについて語り始めた。
いつもと変わらない一時間目。ノートを開いて、板書を書き写す。いつものことなのに、今日はやけに時間が長く感じた。
そして約束した勉強会の日が訪れた。
二人で並んでマッツへ向かうものの、とてつもなく気まずい。いつも話を振ってくれる高瀬が無言だと、車が走る音や枯葉を踏む音の方ばかりがやけに耳に響く。その中、通知音が飛んできた。スマホ画面を見ると誠からLIMEがきていた。歩きながら、雅にもその画面を見せる。
「誠、もうマッツ着いてるって」
「LIME交換してるんだ」
高瀬はおもしろくなさそうに呟いた。画面上に映る『もう着いた! 店の前で待ってる』というハイテンションなメッセージとは正反対な反応である。
どうしよう。あまりにも気まずすぎる。ていうか、さっきよりも高瀬の機嫌が悪くなった気がする。こいつの地雷は一体なんなんだ。俺は少しでも空気を和らげようと口を開いた。
「高瀬は得意科目ってなに?」
「……高瀬?」
じろりと剣呑な視線を向けてきた。な、なんでそんな反応になるんだ。別に得意科目聞くくらい普通だろ。今から勉強会だから自然な会話だと思ったのに。
雅の小さな声が零れた。
「雅って呼んでくれないの?」
「えっ?」
なんのことかわからず一瞬思考が止まったが、徐々に先日のことを思い出す。そういえば名前で呼んでって言われた気がする。すっかり忘れていた。改めて言うのは気恥ずかしいが、雅はどこか期待のこもった眼差しで見つめる。
「えっと、雅」
名前を呼んだだけだ。それなのに高瀬はなぜか口元をゆるめる。
「いいね。そう呼ばれるの。俺は英語が得意かな」
「すご。俺英語が一番苦手。なに言ってるかわからないし」
「別にすごくないよ。親が仕事で英語を使うから、小さい頃から聞き慣れてるだけ」
雅は軽く話すが、俺にとっては全く想像つかない光景だ。英語が飛び交う家ってなんだかエリートって感じがする。俺の家なんて平凡を絵に描いたような家だぞ。
「俺だったら英語わからなすぎて発狂しちゃいそう」
「聞いてたら嫌でも覚えるよ」
「雅は覚えられるけど、俺には絶対無理だよ。テスト前とかどれくらい勉強してるの?」
「英語はほぼノー勉かな。他はそれなりにするけど」
の、ノー勉……。目が点になり、頭が真っ白になる。それで成績一位なんてありえない。地頭がいいのかな。なにかと記憶力がいいし、俺とは頭の仕組みが違うのかもしれない。
「すご……俺なんて数週間前から勉強しても全然なのに」
「勉強してえらいね」
「えらいっていうか勉強しないと、成績落ちちゃうからさ」
雅は優しく声をかけてくれる。だが、勉強しても成績は真ん中くらいだ。なんだか泣けてくる。心の中で涙を流していると、雅は俺の涙を拭うように声をかけてくれた。
「それでも勉強するのえらいよ。すいは頑張り屋だね」
「あ、ありがとう」
そんなに大したことないのに褒めてくれるなんて、いいやつだな。
テストの話をしていると、いつの間にかマッツについた。店の前でスマホをいじる誠の姿が目に入る。
「おっ! きたきた、今日はよろしくな」
誠がそう言うと、横にいる雅は静かに頷く。そうして店内に入り、俺はバイトがあるから二人とは別れて更衣室へ向かった。いつものようにマッツの制服へ着替えて、レジのカウンターに立つ。景色は普段と同じように見えるが、店内の雰囲気は少し違っていた。レジ横のカウンターに腰掛ける雅と誠の周りに、数人の女の子が集まっていた。甲高い声が飛び交い、そこだけ空気がやけに甘く浮ついている。人懐っこい笑顔を浮かべて話す誠とは対照的に、雅はほとんど言葉を発しない。鉄壁の無表情で受け流している。絶対零度の王子様とはまさにこのことだ。
その光景を眺めているとパチリと雅と目が合う。眉が少し下がり、不機嫌そうな表情に変わった。そして周囲を振り払い、レジまで来た。
「ポテトSサイズで」
いつものごとく注文を取ると、雅は受け取りカウンターへ移動した。そして受け取ったあと、テーブルにも戻らず持ったまま、またレジへ現れた。
まだなにか注文があるだろうか。黙り込んだまま向かい合わせになると、雅はゆっくり口を開いた。
「ナゲット、一つ」
え、ポテト頼んだばかりなのに? 疑問を飲み込み頷くが、雅はまだ一向に動こうとしなかった。
どうしたんだろう。いつもの注文方法とは違うし様子がおかしい。早くみんなの元に戻ればいいのに、どうしてここに留まろうとするんだろう。誠は周りの女の子たちと賑やかに話している。こんなところにいても、なにも楽しくないだろうに、あっちに戻らなくていいのか。
「み、雅? 行かなくていいの?」
そう聞くと、雅はムッと頬をふくらませた。
「すいが言うなら行ってもいいけど」
そして揚げあがったナゲットを持って雅は立ち去った。不思議に思いながら俺は雅の背中を見つめた。
その後も、雅は何度も注文に来た。バーガーや追加のナゲット、ジュース、過去一注文が多い気がする。周りの女の子たちが食べているのかと思えばそういうわけでもなく、机の上には落ちそうなほどの食べ物が置いてある。このままだとフードロスになりそうだ。さすがに誠も気づいたのか、ついにツッコミを入れた。
「ちょっと雅、頼みすぎじゃね?」
「雅くんって言うんだ! 意外と大食いなんだね」
「可愛い〜」
あまりにも雅の様子がおかしいからか、ついチラチラと確認してしまう。だが、いつ見ても雅は興味のなさそうな顔で女の子たちを軽くあしらっている。女の子の会話は全てスルーして誠の話にだけ返しているようだ。
もしかして、こういう風に囲まれるのが苦手なのかもしれない。可愛い女の子に囲まれて普通なら羨ましがられそうな状況だろうに。
「俺こんな食えねえよ?」
「大丈夫。それより勉強して」
二人の会話に思わず聞き耳を立ててしまう。
すると、あまりにも雅が反応しないからか、女の子が眉を顰めた。他の女の子たちもおもしろくなさそうな顔だが、その子はやけにイラだっている様子だった。そして白く細い手で雅の服の袖を引き、頬が触れ合いそうなほど顔を近づけた。微笑む女の子に対して、雅の瞳にはかげりが差す。
その瞬間、俺の足が動いた。
「あ、あの!」
突然現れた俺に、全員の視線が集まる。こんなに一斉に注目を浴びるのは初めてだ。特に女の子たちは明らかに鋭い目で睨みつけている。
嫌がってるからやめてって言わないと。雅のために、勇気を出せ。それなのに俺の口は少ししか開かない。
「て、店内ではお静かに……」
足がすくみ、語尾が徐々に小さくなる。ああああ、俺のばか! せっかく意を決して来たのに、なにをしてるんだろう。
女の子はやはり納得いかない様子で「そんなうるさいですかぁ?」と首を傾げて抗議した。口を開いてもなんて返せばいいか思い浮かばない。口を開閉させ情けない姿を晒している俺の横で、雅は冷え切った声で言い放った。
「うるさい。勉強の邪魔だから」
さらに追い打ちをかけるように淡々と続けた。
「それに彼女はいないけど、好きな子がいるから興味ない」
心臓を矢で射抜かれたような衝撃に襲われる。雅の言葉にその場にいた誰もが息を呑んだ。そこには俺も含まれている。
女の子たちはまるで蜘蛛の子を散らすように一斉に散る。無事静かになったものの、なんとも言えない空気が漂う。そんな空気を読まず、誠は弾んだ声を飛ばした。
「え! 好きな子って誰? 同じクラス? 他校?」
「静かに勉強して。留年するよ」
再び無表情に戻った雅の様子を見て諦めたのか「はーい雅せんせ」と大人しく誠は勉強に戻った。俺はバイトもあるしそこから何事もなかったかのように戻ろうとしたが、名前を呼ばれた。
「すい、ありがとう」
目を細めた雅に、俺はぎこちなく頷いて、レジへ戻る。再び仕事を始めたが、頭の片隅には雅の言葉がずっと残っていた。
す、好きな子……。いや、いるだろうけど、なんでこんな気持ちになるんだろう。痒いような、痛いような、名前のない感情が胸の奥に沈む。やけに雅の様子が気になり、接客中もチラチラと横目で見てしまう。すると、また雅と目が合う。今度は不機嫌な表情ではなく、柔らかい笑顔で首を傾げる。その瞬間、かあっと耳許まで顔が熱くなり咄嗟に視線を逸らした。
その後も俺の体はおかしく、バイト中なのにいつもより集中できない。どうしたんだろ、俺。
バイトが終わり、二人の元へ向かったが、すでに誠はギブアップなのかテーブルに顔を突っ伏していた。
「もう無理。超スパルタ。全然休憩させてくんねえし、延々と英語英語英語……頭がおかしくなる」
「ポテト食べたり休んでなかった?」
「あれは休みとは言わねえよ! つか俺には厳しいくせに自分はめっちゃ日翠のところに行くじゃん!」
誠は頬をふくらませて、雅を指さす。雅は素知らぬ顔で「俺じゃなくて誠のための勉強会だから」と返した。ますます誠の頬がふくらむ。
「今日はもうギブ! また今度にしようぜ」
そうして誠のギブアップにより、今日はお開きにしてそのまま三人で帰る流れになる。要点がまとめられた雅特製の勉強ノートや、参考書を片付けている最中、問題を見つけた。机の上に置いてある食べ物をどう処理するべきか。俺は大食いじゃないしたくさんは食べれない。誠は結構食べる方だし、なんとか食べてくれないだろうか。縋るように視線を送るものの、誠はハッキリと首を横に振った。
「もう俺は食えねえよ! だから途中で注文するなって言ったのに!」
「じゃ、じゃあ俺少し食べるよ。まだなにも食べてないし」
「無理しなくていいよ。すいが食べるなら俺も食べる」
「おまえ、俺といるときは全然食わなかったのに……」
誠が恨めしい顔で雅を睨みつける。俺は巻き込まれたくなくて顔を逸らし、とりあえず近くに置いてあったナゲットを食べ始めた。ナゲットを口に含むと固くモサモサしている。隣のポテトも食べるが、当然冷たい。唯一味が変わらず食べられるとしたら、枝豆かマカロンだろうか。というか雅はハンバーガー屋でなにを頼んでいるんだ。一応メニュー内にあるけど、マイナーだし頼む客も少ないのに、やっぱり雅ってよほどのマッツ好きだな。そんなことを考えていると、突然横から誠に声をかけられた。
「日翠! 俺めっちゃ天才なアレンジ思いついた」
「どんなの?」
「見ろ、ナゲットマカロン」
最悪。マカロンでナゲットを挟んでいるだけだ。食べなくてもわかる。美味しくない。
誠は気が狂ったのか、笑顔でそれを食べている。
「意外と美味い! 味変だし、日翠も食べてみろよ」
「俺は大丈夫」
「遠慮すんなって! ほら、マスタードソース付けたら結構合うし」
誠は強引に俺の口元にナゲットマカロンを押しつけようとしてきた。嫌すぎる! 逃げようと後退りしたが、壁に挟まれてしまった。まずい、絶対食べたくない。だが、すぐ目の前にナゲットマカロンが近づいてきた。ど、どうしよう。硬直すると突如ナゲットマカロンが消えた。その代わりに、雅の手が俺の前にかざされた。
「まずい」
「ええ、うまくね!?」
雅はナゲットマカロンをかじり、眉を顰める。味の感想以前に雅が食べてくれたことが衝撃的だ。よくあんなものを食べられたな。その後、残ったナゲットマカロン含め、他の食べ物たちも雑談をしながら食べ終えた。雅がほとんど平らげていたが、その体型でどこにご飯が入っているんだろう。意外と大食いキャラなのかな。
そして、俺たちは三人で店の外へ出た。いつもは二人で歩く帰り道も、誠が加わると、いつもより賑やかだ。
「雅って結構俺と家近いんだな」
「そうだね」
「なんで会ったことなかったんだろうな」
誠の言葉に俺も頷く。どこかで出会っていてもおかしくないのに、ギリギリ学区が違うからかな。
「親の転勤で引っ越したから。あと外出るの嫌いだったし。だから会わなかったのかもね」
「えー嫌い? 外出んの楽しいのに」
「興味ない人に囲まれてキャーキャー言われるでしょ。さっきみたいに」
顔を歪ませる雅を見て、苦笑が零れる。イケメンはイケメンでつらいこととかあるんだな。俺にはない悩みだ。
「でも遊園地のときは日翠と楽しそうにしてたな」
「あの日は人に囲まれなかったから」
「あーそっか。てかそのストラップもキツネくんだし、遊園地好きなのか?」
誠は雅のスマホにぶら下がるストラップを指して首を傾げる。すると、雅は首を捻った。
「遊園地が好きってわけでもないけど」
「え? キツネくんが好きってこと?」
「そういうわけでも」
「じゃあなんで持ってんだよ」
誠が思わずといった様子でツッコんだ。すると、雅は頬を赤く染めてストラップを見つめる。
「もらったんだ、これ」
「へえ、めっちゃ大事なんだな」
そんなに大事に持ってるなんて、よほど嬉しかったんだろう。記念日にもらったのかな、なんて呑気に考えている俺とは違い、誠はニヤリと笑った。
「謎は解けたぜ。もしかして、好きな子がくれたとか!」
名探偵の真似でもするように人差し指を雅の前に突き立てる。すると雅は誠を避けるように、視線を泳がせた。
その反応に誠は案の定テンションが高くなった。
「マジかよ! いつ? どんな子?」
「……内緒」
「えー、ちょっとだけでもいいじゃん。もしかしたら、俺の知り合いかもしれないし」
誰か当てようとしている誠の横で、俺も雅の好きな子を推理する。そんなに雅が好きな子って、一体誰なんだろう。記憶を巡らせると、店員さんが可愛いと言っていたことを思い出す。もしかして、マッツの店員の一人かな。試しに聞いてみると、雅は首を傾げた。
「隣にいた先輩とか?」
「先輩?」
「マッツで、俺の隣のレジの人」
「違う」
間髪入れずに答える。てっきりその人かと思ったけど、違ったか。すると、今度は隣から誠が質問した。
「じゃあキッチンで働いてる人とか!」
「違う」
「んじゃ、雅と同じ学校の人!」
「それ誰かわかるまで質問するつもり?」
「へへ、バレたか。あ! まさか学校の先生?」
誠はしつこいほど好きな子に関する質問をあれこれ聞いていくが、雅はずっと口を結んだままだった。この口を破ることができないと諦めた誠は話題を変えることにしたようだが、俺の胸の奥には重たいモヤモヤが居座ったままだった。特定の人といる様子を見かけたことがないし、誰が好きなのかさっぱりわからない。雅に好きな人がいることは悪いことじゃない。それなのに、今の登下校やお昼ご飯を食べる時間から雅が消えて、再び元の生活に戻ることを想像すると、さらに胸に重くのしかかる。
俺は二人よりも遅い足取りで、背中を追った。


