腹黒な後輩に秘密を握られました~姫化するしか、なさそうです

 梅雨の走りのような天気が続く六月中旬。
 生徒会選挙が無事に終わり、開放感のような虚無感のような、言葉にしがたいそんな日々を過ごしていたとある日。
 今まで放課後はいつも生徒会室に寄ってから帰っていたけれど、もうそこに俺の居場所はない。
 新しい生徒会のメンバーがやる気に満ちている中、水を差すのも……と思い、生徒会室の前まで来たものの、そのまま声をかけずに帰ろうと踵を返した、その時、目の前に入江がいた。

「っ……!! び、びっくりするだろ」

 こいつ、もしかして俺の後を追ってきたのか……? いや、まさかな。

「セ~ンパイ、中入らないんですか?」

 俺の顔のすぐ横に顔を近づけてきて、ドアの隙間から生徒会室を覗き込んでいる。

「ッ!? べ、別に用があるとかじゃないから」
「顔に〝寂しい〟って書いてありますよ?」
「んっ……!」
 
 なんだこいつ、勘が鋭すぎやしないか……?

「じゃあ、俺を構ってください」
「は?」
「先輩の寂しい心の隙間を俺が埋めてあげますよ」
「いや、意味がわかんないから、それ」

 意味不明なことを抜かす男をその場に置いて、俺は玄関へと歩き出した。
 すると、俺の周りを必死につきまとうわんこのように、入江は俺の顔をちょこちょこと覗き込んでくる。

「お前、〝ウザい〟とか言われないか? ストーカー行為で訴えるぞ」
「ひっどぉ~い! じゃあ、勉強教えてくださいよ~」

 脱力感のある声音の入江は、にやりと意味ありげな顔を浮かべた。

「無理。一応これでも受験生だし、期末試験が近いから、絶対無理」

 入江相手にあれこれ理由をつけても、難癖つけてかわされるのがオチ。
 ここは真面目に、筋の通った理由を叩きつけて、頑固として断ってやる。

「じゃあ、一緒に勉強しましょ。俺がわからないところを教えるくらいなら、優等生の雪村先輩なら、お安い御用でしょ」
「……いや、そういう問題じゃなくて」
「それに、……断っていいのかなぁ~?」
「……は? どういう意味だ」

 俺は足を止め見据えると、入江は一歩間を詰め、俺の耳元に呟いた。

「先輩が、BLのイラスト描いてる〝泉紫雨〟だって、言いふらしますよ?」
「なっ……! おまっ……」
 
 こいつ、俺を脅迫してきやがった……!
 なのに、拒否ることも、突っぱねることもできない。
 単に絵師として活動しているなら、ばらされてもデメリットはそれほどないが、俺が描いているのは……。

「わ、……わかった。教えてやるから、余計なことは二度と口にするなよ? いいな?」
「やった! じゃあ、早速、今日からってことで!」
「はっ!?」
 
 入江は戸惑う俺の腕を摑み、上機嫌で歩き出した。
 な、なんなんだ、こいつは……! 
 誰にでも優しく、優等生で通っている俺が!!
 こんな超マイペースで自己中の、しかも後輩に、いいように扱われている‼
 こうやって、いつも女の子たちにおねだりしてるのか。

 入江に無理やり歩かされ、奴の背中をじっと見据える。
 思った以上に背中が広いな……って、そんなことはどーでもいいんだって!
 


 高校を後にした俺と入江は、コンビニを経由して、入江の家に到着した。
 裕福な家柄なのか、タワーマンションの高層階が自宅だった。
 コンクリート打ちっぱなしの壁、黒と白とグリーンを基調としたスタイリッシュなデザインの室内。
 あまり生活感のない、モデルマンションのような雰囲気に、何となく入江の性格が形成されたのがわかった気がした。
 
 タワーマンションなのに、メゾネットタイプなのがさらに驚きで、螺旋階段越しの開放感のあるはめ殺しの窓から見える絶景に、思わず息を呑んだ。

「すごいな」
「あ、気に入りました? いつでも見にきていいですよ~」

 上階に自室があるらしく、すたすたと階段を上がっていく入江の後を追う。
 これまでも男友達の家に遊びに行ったことは何度もあるが、こんなにも緊張して歩くのは初めてだ。

 ピカピカに磨き上げられた床、塵ひとつない家具。
 映画の世界に入り込んだみたいなそんな雰囲気に、無意識に深呼吸していると、「先輩、こっちです」と廊下の奥から入江が手招きしている。
 通された部屋に入った瞬間、いつも入江が纏ってる爽やかなシトラスの香りが、ふわっと鼻腔を掠めた。
 
 期末試験対策の勉強自体は、何ら問題もなく。
 一学年下だからというのもあるだろう。復習も兼ねてじっくりと教えていると、入江は意外にも呑み込みが早く、結構スイスイと数学の問題を解いていく。
 自分も勉強をしようと、英語の教科書を開いた、次の瞬間。俺のスマホがポケットの中でブーブーと震えた。

「ごめん、ちょっと電話いいか?」
「あ、はい、どうぞ」

 電話の相手は、担当編集者の勉さん。 
 よりにもよってこのタイミングで……と思いながら、仕方なく電話に出た。

「はい、もしもし……」

 話の内容を聞かれたくないと思い、声のトーンを落としてみるものの、勉さんの熱弁についつい俺もヒートアップしてしまう。

「だから、その件はお断りしたじゃないですか! 俺にBL漫画なんて描けませんよっ」

 声を荒げた瞬間、〝しまった!〟と思った。
 ここは入江の家だった……。

 視線を入江に向けると、入江は頬杖をつきながら、にやにやした顔で俺をじーっと見据えている。
 あああああ、さらなる墓穴を掘ってしまった~~。

 通話を終えると、ツンツンと腕を小突かれる。

「なんでBL漫画、描けないの? 絵、めっちゃうまいじゃん」
「……背景とか諸々いるだろ」
「諸々って?」
「っ……諸々は諸々だよ!」

 入江の真っすぐな視線にたじろいでしまう。
 
「ふう~ん。……飲み物無くなったから、取ってきますね」
「あ、……ああ」
 
 腰を上げた入江が、キッチンに向かうと思いきや、背後からスッと間を詰め、俺の耳元に囁きかけてきた。
 
「じゃあ、俺と付き合ってみる?」
「はっ!?」

 入江の言葉に、思わず振り返ってしまった。
 すると、唇に柔らかい感触が……。

 ……え、これって、キス?

「っ……!」

 何が起きたのか、一瞬わからなかったが、目の前の入江も驚いたようで、視線を逸らされてしまった。

「飲み物、取ってきます」

 入江は気まずそうにキッチンへと向かっていった。
 なんなんだ、今のは……。

「え、……ちょっと待って。俺のファーストキスが、まさかの男……!?」
 
 いや、あんなのは、キスのうちには入らないか。
 事故チューだ! そうだ、あれはキスとしてカウントされない!
 女子とキスなんて腐るほどしているあいつでも、さすがに男とのキスは初めてだったんじゃないか……?
 って、なんで俺はあいつの心配をしてんだよっ! こっちは初キス奪われたってのに‼

 めちゃくちゃ動揺を隠しきれない。
 だって、男同士なのに嫌悪感がない。いや、むしろ……、まだドキドキしてんだけど……!
 トクトクトクトクと胸は早鐘を打ち、フラッシュバックのように唇に触れた瞬間の柔らかさを思い出してしまい、無意識に自分の唇に触れていた。