腹黒な後輩に秘密を握られました~姫化するしか、なさそうです

 GW直前の金曜日の朝、改札を出て、駅前のロータリーを歩いていると、突然背後から「雪村先輩」と耳慣れた声がし、ぎゅっと腕を摑まれた。
 何事かと思って振り返ろうとすると、回り込むように目の前に現れた入江はしゃがみ込み、俺のスニーカーの靴紐を結び直し始めた。

「先輩、紐が解けてる」
「ッ!? ……じ、自分でできるから……!」
「できてないじゃん」
「っ……」

 朝の通勤通学の人たちが行き来する時間帯。通りすがる人たちの視線が突き刺さる。
 身長百八十センチほどの男子高生が、朝から駅前で靴の紐を結び直されている。
 溺愛彼氏かよっ……‼ 思わず心の中でツッコミを入れてしまった。

「お、おいっ……」

 しゃがみ込んでいる入江の肩に手を置き、立ち上がらせようと試みるも、入江は聞く耳を持たない。
 されるがままで、見悶えてしまう。
 もう片方の手で口元を覆い、羞恥心をわずかでも隠そうと俺は必死だ。

 突き飛ばすとか、グーパンくらわすとかしたらいいのに、なぜかできない。
 駅前で暴力沙汰になってしまわないか、気になるから?
 甲斐甲斐しく結び直してくれているのに、拒絶するのも気が引けて……?
 入江相手だと、どうしてこうも、感情をかき乱されるんだ……。

 じーっと見下ろしていると、入江のつむじが左巻きなことに気づく。
 意外だな。自己中な性格のやつは大抵右巻きなのに。思わずくすっと笑ってしまった。

「はい、できましたよ! って、何笑ってんですか」
「べ、別に」

 慌てて視線を逸らした。
 最近、頭の中をこいつにジャックされている。危険危険、こういうやつと絡むと、ペースが乱されて大変だ。

「サンキュ」

 さりげなく礼を口にし歩き出すと、「待って下さいよ」と入江が人懐っこく後をついてくる。
 俺、〝一緒に登校しよう〟と言った覚えはないのに……!

「あ、あっち行け」
「学校、同じですよ」
「っ……、じゃあ、離れて歩け」

 シッシッ! と追い払うみたいに手で払うジェスチャーをすると、あからさまに溜息を零された。

「ホント、めんどくさい人ですね」
「なっ……!」

 今こいつ……『めんどくさい人』って言いやがった!
 なんなんだ、本当に……! 俺の方が先輩なのに‼

**

 俺が通う青蘭高校では、毎年六月に生徒会選挙が行われる。
 そして、一学期中に引継ぎが行われ、夏休みを挟んで九月から新体制が本格化する。
 五月下旬の今、まさにその生徒会選挙のための準備に追われている。
 生徒会長としての任期も残りわずか。俺は悔いの残らぬよう、日々の仕事に全力を注いでいた。

 そんなある日。
『生徒会選挙』のポスターを掲示板に貼ろうとしていると、ワイシャツのボタンが引っかかり、柔道部の部員募集のポスターを破いてしまった。その刹那、入江が背後から声をかけてくる。

「うわっ、ド派手にいきましたね」
「なっ、……な、なんでいるんだよ‼」

 いつも、なんでこいつは絶妙のタイミングで現れるんだ!
 それも、いつも恥ずかしい場面にばかり遭遇してないか……?
 入江は楽しそうに笑っている。

「え、俺もここの生徒だから……?」

 俺の言葉を、しれっとかわす。これもこいつの標準装備だ。

「普段は何でもそつなくこなす完璧王子なのに、意外と不器用なんですね。俺がやりましょうか?」

 長い腕がすっと顔の横から現れ、長身のはずの俺が、入江の腕の中にあっさりと閉じ込められる。
 俺だって、身長百七十八センチあるんだけどな……。
 シトラス系の爽やかな香りがふわっと鼻腔を擽った。
 また、この匂いだ。
 なんでこいつは、いつもいつもいい匂いを纏ってんだ、男のくせに!



 六月上旬、生徒会選挙がいよいよ本格化。
 任期満了まで、生徒会長として生徒の見本でありたいと、俺は率先して次期候補者たちの手伝いをしていると、入江が女子と楽しそうに話をしながら歩いているのが目に留まった。
 俺と話す時とは全然違う顔をしている。
 
「何だよ、あんな優しく微笑んだりできんじゃん……」

 思わず口から漏れた言葉に、胸の奥がざわついた。

* 
 
 それから数日後の放課後。
 担任に呼ばれて職員室へと向かっていると、入江が、小柄な可愛らしい女子と帰っていくのを偶然見かける。

「あ、この間の子と、また違う子だ」
 
 無意識にチェックしてしまった。

 入江はいつも違う子を連れている。
 女の子が入江の腕を摑んだり、べったり張り付いても振り払おうとしない……ということは、付き合ってるのか?
 こんな短期間にコロコロと替えるような奴なのか?
 
「いや、そもそも付き合わずに、遊んでいるだけなのかもしれないしな」

 って、別に関係ないのに……!
 自分の声に驚き、ハッとする。
 理由はわからないが、視界にいると目で追ってしまうし、あいつの言動にいちいち反応してしまう自分が恨めしい。