翌週の水曜日。昼休みに男友達の鈴本克樹と購買にパンを買いに行くと、両脇に女子を連れているイケメン男子とすれ違う。
「あっ……」
「……知り合い?」
振り返った鈴本が、「両手に花だな」と羨ましそうに見つめていた。
服装は違うが、絶対にあの店員だ!
俺はキャップを目深に被っていたし、マスクもしていたから、誰にも気づかれないと思っていたのに……。
あの男子は『雪村先輩』と口にした。
あの後、ずっとその言葉の意味を考えていたが、同じ高校だったんだ……!
しかも、俺がBLのイラストを描いているということもバレてしまっている!
「っ……‼」
〝泉紫雨〟という名前もバレてしまったのだろうか……?
あの時、勉さんがしきりに『泉先生』と連呼していたように思う。
「ああああぁ~っ、マジかよ……」
「どうかしたのか?」
「……あ、何でもない。先生に提出する書類を出し忘れてるのを思い出しただけ」
「そっか」
心配する鈴本に体裁のいい言い訳を並べ、動揺していることを必死に隠す。
見たことない顔だから、同じ学年にはいないはず……。
だとすると、後輩ということになるよな……?
現在高校三年で、これまでの学校行事などで見かけたことがない。
これでも、記憶力はいい方だし、クラス委員やら生徒会やらで学校行事に関するようなことは率先してこなしてきたから、リーダー的存在の生徒や目立つタイプの生徒は、一応記憶しているはずなんだが。
それに、あれほど整った顔つきなら、一度見たら忘れないはず。
絵師としてのプライドがそう思わせるのか、妙に胸がざわついた。
それからというもの、校内で頻繁にあの店員――イケメン男子に遭遇する。
以前からすれ違っていたのかもしれないが、今は別の意味で、気になって仕方がない。
俺は二年の生徒会メンバーに聞き込みを入れ、あいつの正体をさりげなく情報収集した。
名前は入江翼、二年二組。
身長百八十三センチで八頭身。……俺より五センチも高いうえに、脚が長い‼
端整な顔立ちに、色気のある声音。物腰が柔らかでとにかく女子にモテるらしい。
常に女の子を侍らせ、来る者拒まずのモテキングらしいが、意外にも男子にも人気があって、これまでトラブってる様子は見たことがないらしい。
『本気になれる相手に巡り合えてないのかも』なんて言う女子がいたが、いやいや、好きでもないのに付き合ったりしたらダメだろ。
俺と対極にいるようなあいつを、理解しようと思うのがそもそも間違っているのかもしれない。
*
それから数日後の放課後。日直だった俺は、日誌を職員室に届け、生徒会室へと向かっていた。
すると、男子三人組が廊下の向こうから玄関へと向かってくる。
あいつ――入江がいる……!
うちの学校の生徒会室は、正面玄関脇にあり、生徒の往来がよく見える位置にある。
俺は早足で生徒会室のドアの前まで辿り着き、逃げるように部屋の中へと入ろうとした、その時。
「泉先生、今日もお疲れさま」
「っ……!」
通りすぎる際に俺の背後に向かって、入江が小声で呟いてきた。
今、『泉先生』って言ったよな……? やっぱり、バレてる‼
バクバクとけたたましく心臓が脈打ち、全身からぶわっと汗が噴き出してくる。
「会長……? どうかしました?」
「……あ、いや、何でもない」
「大丈夫ですか? 顔色悪いですよ?」
すでに部屋の中にいる生徒会メンバーが心配そうに声をかけてきた。
いつでも余裕のある完璧な生徒会長という仮面が、徐々に崩れていく気がした。
翌朝、毎週恒例のオアシス運動をしている俺は、今か今かと、あいつの登校が気になって仕方がない。
だけど、なんだろう?
バラす気があるなら、これまで何度もバラす機会はあったはず。
だから、奴は最初からバラす気はない気がして……何となくだが、安心している部分があるのも確か。
「おはよ、雪村先輩」
「お、おはよう……ございます」
待ちに待った相手――入江が、遂にやってきた。
緊張で思わずどもってしまう。
「今日もサラッサラの髪ですね~、めっちゃきれい」
入江はわざとらしく俺の髪を触り、満足げに微笑む。
なんだよ、男にきれいって……。
「ちょっ……おまっ……」
他の生徒たちが通り過ぎながらチラ見していく中、露骨に嫌悪した態度も取れず……。必死に笑顔を張りつけ、他の生徒たちに会釈をする。
「……勝手に触るな」
なおも正門の中へと入らない入江に、俺は端的に伝えた。
「へえ~。じゃあ、許可取ったら、触っていいんだ」
「っ……!」
入江は満足げに正面玄関へとその場を後にした。
ああ言えばこう言う。揚げ足を取られ、〝しまった!〟と後悔してももう遅いかもしれない。
あの手のタイプはしつこいし、俺がパニくっている様子を楽しむ輩だ。
入江が触った髪に触れる。俺、なんで振り払わなかったんだろう?
*
その日の放課後、生徒会室でゴールデンウイーク明けの行事の準備をしていると、「雪村先輩いますか?」と聞き慣れた声がした。
ドアに視線を向けると、入江が一枚の紙をひらひらと揺らしている。
「な、何か……用か?」
仕方なく入江の元に歩み寄るが、なぜか、どもってしまう。
こいつを前にすると、どうも冷静でいられない。
「先生に頼まれて」
そう口にした入江から用紙を受け取ると、【姉貴が、泉先生のサインが欲しいって】と書いてあった。
思わず顔を上げると、あからさまににこりと笑みを向けられてしまった。
〝秘密をばらされたくなかったら、サインください〟という意味だろう。
「会長、どうかしましたか?」
不思議に思った生徒会メンバーの声かけに、体がびくっと震えた。
「雪村先輩……?」
わざとらしく入江に顔を覗き込まれ、たじろいでしまう。
「あとで書いてやるから、ここには来るな」
百億歩譲って要求を呑むことにした……のだが。
「あ~あ、認めちゃった。……先輩って、意外と単純なんですね。じゃあ、約束ですからね~」
入江は揶揄いながら生徒会室を颯爽と去っていった。
俺は、今にも心臓が飛び出すんじゃないかというくらい緊張してるってのに!
俺の日常が、音を立てて崩れていく……。
「あっ……」
「……知り合い?」
振り返った鈴本が、「両手に花だな」と羨ましそうに見つめていた。
服装は違うが、絶対にあの店員だ!
俺はキャップを目深に被っていたし、マスクもしていたから、誰にも気づかれないと思っていたのに……。
あの男子は『雪村先輩』と口にした。
あの後、ずっとその言葉の意味を考えていたが、同じ高校だったんだ……!
しかも、俺がBLのイラストを描いているということもバレてしまっている!
「っ……‼」
〝泉紫雨〟という名前もバレてしまったのだろうか……?
あの時、勉さんがしきりに『泉先生』と連呼していたように思う。
「ああああぁ~っ、マジかよ……」
「どうかしたのか?」
「……あ、何でもない。先生に提出する書類を出し忘れてるのを思い出しただけ」
「そっか」
心配する鈴本に体裁のいい言い訳を並べ、動揺していることを必死に隠す。
見たことない顔だから、同じ学年にはいないはず……。
だとすると、後輩ということになるよな……?
現在高校三年で、これまでの学校行事などで見かけたことがない。
これでも、記憶力はいい方だし、クラス委員やら生徒会やらで学校行事に関するようなことは率先してこなしてきたから、リーダー的存在の生徒や目立つタイプの生徒は、一応記憶しているはずなんだが。
それに、あれほど整った顔つきなら、一度見たら忘れないはず。
絵師としてのプライドがそう思わせるのか、妙に胸がざわついた。
それからというもの、校内で頻繁にあの店員――イケメン男子に遭遇する。
以前からすれ違っていたのかもしれないが、今は別の意味で、気になって仕方がない。
俺は二年の生徒会メンバーに聞き込みを入れ、あいつの正体をさりげなく情報収集した。
名前は入江翼、二年二組。
身長百八十三センチで八頭身。……俺より五センチも高いうえに、脚が長い‼
端整な顔立ちに、色気のある声音。物腰が柔らかでとにかく女子にモテるらしい。
常に女の子を侍らせ、来る者拒まずのモテキングらしいが、意外にも男子にも人気があって、これまでトラブってる様子は見たことがないらしい。
『本気になれる相手に巡り合えてないのかも』なんて言う女子がいたが、いやいや、好きでもないのに付き合ったりしたらダメだろ。
俺と対極にいるようなあいつを、理解しようと思うのがそもそも間違っているのかもしれない。
*
それから数日後の放課後。日直だった俺は、日誌を職員室に届け、生徒会室へと向かっていた。
すると、男子三人組が廊下の向こうから玄関へと向かってくる。
あいつ――入江がいる……!
うちの学校の生徒会室は、正面玄関脇にあり、生徒の往来がよく見える位置にある。
俺は早足で生徒会室のドアの前まで辿り着き、逃げるように部屋の中へと入ろうとした、その時。
「泉先生、今日もお疲れさま」
「っ……!」
通りすぎる際に俺の背後に向かって、入江が小声で呟いてきた。
今、『泉先生』って言ったよな……? やっぱり、バレてる‼
バクバクとけたたましく心臓が脈打ち、全身からぶわっと汗が噴き出してくる。
「会長……? どうかしました?」
「……あ、いや、何でもない」
「大丈夫ですか? 顔色悪いですよ?」
すでに部屋の中にいる生徒会メンバーが心配そうに声をかけてきた。
いつでも余裕のある完璧な生徒会長という仮面が、徐々に崩れていく気がした。
翌朝、毎週恒例のオアシス運動をしている俺は、今か今かと、あいつの登校が気になって仕方がない。
だけど、なんだろう?
バラす気があるなら、これまで何度もバラす機会はあったはず。
だから、奴は最初からバラす気はない気がして……何となくだが、安心している部分があるのも確か。
「おはよ、雪村先輩」
「お、おはよう……ございます」
待ちに待った相手――入江が、遂にやってきた。
緊張で思わずどもってしまう。
「今日もサラッサラの髪ですね~、めっちゃきれい」
入江はわざとらしく俺の髪を触り、満足げに微笑む。
なんだよ、男にきれいって……。
「ちょっ……おまっ……」
他の生徒たちが通り過ぎながらチラ見していく中、露骨に嫌悪した態度も取れず……。必死に笑顔を張りつけ、他の生徒たちに会釈をする。
「……勝手に触るな」
なおも正門の中へと入らない入江に、俺は端的に伝えた。
「へえ~。じゃあ、許可取ったら、触っていいんだ」
「っ……!」
入江は満足げに正面玄関へとその場を後にした。
ああ言えばこう言う。揚げ足を取られ、〝しまった!〟と後悔してももう遅いかもしれない。
あの手のタイプはしつこいし、俺がパニくっている様子を楽しむ輩だ。
入江が触った髪に触れる。俺、なんで振り払わなかったんだろう?
*
その日の放課後、生徒会室でゴールデンウイーク明けの行事の準備をしていると、「雪村先輩いますか?」と聞き慣れた声がした。
ドアに視線を向けると、入江が一枚の紙をひらひらと揺らしている。
「な、何か……用か?」
仕方なく入江の元に歩み寄るが、なぜか、どもってしまう。
こいつを前にすると、どうも冷静でいられない。
「先生に頼まれて」
そう口にした入江から用紙を受け取ると、【姉貴が、泉先生のサインが欲しいって】と書いてあった。
思わず顔を上げると、あからさまににこりと笑みを向けられてしまった。
〝秘密をばらされたくなかったら、サインください〟という意味だろう。
「会長、どうかしましたか?」
不思議に思った生徒会メンバーの声かけに、体がびくっと震えた。
「雪村先輩……?」
わざとらしく入江に顔を覗き込まれ、たじろいでしまう。
「あとで書いてやるから、ここには来るな」
百億歩譲って要求を呑むことにした……のだが。
「あ~あ、認めちゃった。……先輩って、意外と単純なんですね。じゃあ、約束ですからね~」
入江は揶揄いながら生徒会室を颯爽と去っていった。
俺は、今にも心臓が飛び出すんじゃないかというくらい緊張してるってのに!
俺の日常が、音を立てて崩れていく……。
