腹黒な後輩に秘密を握られました~姫化するしか、なさそうです

 入江との初デートから帰宅した俺は、ベッドに倒れ込んだ。

「なんか、すごい一日だったな……」

 今日の出来事を思い返すと、自然と入江の顔が浮かぶ。
 キラッキラの笑顔で駆け寄ってきたり、少し甘えるみたいに視線を送ってきたり。
 悲しそうな顔をしたかと思えば、真剣な眼差しで告白してきたり。

 その全部が、俺だけに向けられたものだと思うと、何とも言えないほどに嬉しさがこみ上げてくる。

「……また思い出してるし。あいつが、無駄にモテ体なのが悪いんだよ……‼」

 告白の時のハグも、電車内でのガードも、思い出すだけで全身が熱を帯びていく。
 あいつが俺の彼氏なんだと思うと、変な笑いが漏れそうになるな。

「……って、何で自分で姫だって認めてんだよ、俺‼」

 自分にツッコミを入れた、その瞬間──スマホが震えた。
【着信中 入江翼】

「はい、もしもし? ……お前はなんでいつも絶妙なタイミングなんだよ」

 電話に出た俺は、思わずぼやいてしまった。

『だって、先輩のことは何でも知っていたいんで』
「っ……!」

 甘いような、意味深なような言い方に、胸の奥がそわつく。

『先輩に隠し事したくないんで言いますね。実は、先輩のスマホと俺のスマホ……GPSで連動させてるんで』
「…………は?」

 思考が完全に停止した。
 今、何て……?

『俺のバイト先に初めて来た時、スマホ忘れたじゃないですか?』
「あ、うん……」
『あの時に、連動させたんですよね~』
「……え? ちょっ、待て……それって……」

 数カ月前の出来事を思い返す。
 小雨が降る中、駆けて届けてくれたよな……?
 え、あの時に……すでに俺のスマホをいじってたってこと……?
 ……マジで?

『……すみません。なかなか言い出しにくくて』

 入江の声は、本気で申し訳なさそうな感じに聞こえた。

「……まあ、結果的に付き合うことになったんだから、いいけどさ」
『え? 先輩、キモいとか、怖いとか思わないんですかっ!?』

 電話越しの声が急に大きくなって、無意識に肩がびくついた。
 
「……何で?」
『いや、普通……勝手にGPS連動されてたら恐怖でしょ』
「んー……まあ、普通はそう思うんだろうけど」

 俺は小さく息を吐いた。

「入江は、ずっと俺を守ってくれてただけだろ。支配したいとか、そういうのじゃなかったんじゃないか?」
『……そうですね』

 どう考えても、何度思い返しても、入江から病んでる雰囲気を感じ取ったことがない。

『それと……、カミングアウトしたついでに言いますけど』
「え、……まだあんの?」
『姉貴が泉先生のファンだって言いましたけど──あれ、嘘です』
「……は?」

 いやいや、何度も入江の家に行ってるけど、リビングに俺が手がけた作品のグッズが置いてあったよ?
 俺が来るからって、わざわざ置いておいたってこと……?

『泉先生のファンなの、俺なんで。姉貴に薦めたのも、俺です』
「……………………はあああああっ!?」

 思わず叫びながら、ベッドから跳ね起きてしまった。

『だって……泉先生の絵、ずっと好きでしたし。先生の描くキャラや世界観が、俺は一番好きなんで』

 電話越しなのに、胸がぎゅっと摑まれた。
 こいつは──最初から俺を見ていた?
 隣に女の子を侍らせていても、心は奪われていなかったんだ。
 入江の心を奪ったのは、……この俺なんだ。

 入江を好きだと自覚してから、自分が男であることが恨めしかったりしたけど……。
 俺が男だから好きになってもらえたんだとしたら、男でよかったと、初めて思える。

 ここまで本気になってもらえるのなら──。

「……お前の〝姫〟になってやんないとな」

 聞こえるかどうかわからないくらいの小さな声で呟くと、電話の向こうで入江がくくくっと喉を鳴らした。

『じゃあ、これからも先輩の姫顔は、俺だけのものですからね』
「……勝手にしろ」

 頬が熱くなるのを、もう隠す気にもなれなかった。

 誰にでも頼られる優等生の〝雪村紫門〟じゃなくて。
 一人の男子高校生として、〝入江翼〟という恋人と新しい日常を歩いていく――そんな未来が、自然と想像できた。

~FIN~