腹黒な後輩に秘密を握られました~姫化するしか、なさそうです

「先輩、疲れたでしょ。そろそろ帰りましょうか」
 
 入江は笑顔なのに、その瞳はなぜか悲しさが滲んでいる気がして、思わず息を呑んだ。
 いや、違う。この顔をさせたのは俺だ――そう思った瞬間、胸がぎゅっと痛んだ。

 会話だって空返事で、心ここにあらずな態度を取ってしまったから、朝のキラキラとした楽しそうな表情の入江とは真逆の顔をさせてしまったんだ。

 正門へと向かう入江の腕を、俺は意を決して摑んだ。

「入江」
「……はい、何か買い忘れたものでもあるんですか?」
「いや、そうじゃなくて……」

 色とりどりのイルミネーションが煌いていることすら気にも留めないくらい、目の前にいる入江のことをずっと考えていた。
 帰路に就く家族連れがすぐ横を通りすぎることも気にならないくらい、俺の視界には入江しか映っていない。
 
 今、言わずして、いつ言うのだろう。
 きっと今を逃したら、二度と言えない気がした。

「俺、お前のことが……んっ……!」

 もやもやした気持ちも、次々と溢れ出す想いも、全部ちゃんと伝えようと思ったのに、なぜか口元を手で塞がれてしまった。

「先輩っ、マジで、何なんすか!」
「んんんっ」

〝ごめん〟と言いたいのに、口が塞がれていて言葉にならない。
 入江の手を剥がそうとした、次の瞬間、入江の瞳が真っすぐと俺を射貫いてきた。

「その先は、俺に言わせてください」
「っっ」
「好きです、先輩のことが。……先輩も同じ気持ちだって思っていいんですよね……?」

 ゆっくりと口元を覆っていた手が離され、わずかに瞳が揺れているのが見て取れる。

「……ああ、そう取ってもらって構わない」
「ズルっ! そこは『俺も好きだ』って言ってくださいよ」

 柔らかい笑みが向けられる。
 意地悪で、揶揄い上手で、いつだって手のひらで転がされていると思っていたのに。
 俺だってこいつを、少しくらいは動揺させてやれるんだって思ったら、ちょっと心が軽くなった。
 愛の告白くらい、ちゃんと言葉で伝えないとな。

「いつの間にか、お前以外見えなくなってた。……ちゃんと責任取れよな」
「ッ!?」
 
 顔が熱い。もう噴火してんじゃないのかってくらい、熱くて死にそう。
 生まれて初めて好きになったやつが、まさか男だったなんて……。

 ライトアップされていて眩いほどだってわかっているのに、〝夜〟というマジックだろうか。
 入江の手を握っていても、そんなに人目につかない気がして……。

「帰るか」

 俺はさりげなく入江の手を摑んで、ゲートへと歩き出した。
 すると、体がぐいっと後方へと引き戻され、ポスっと入江の腕の中に収まってしまった。

「ちょっ……さすがに……」

 夜に紛れて手を繋ぐのだって勇気が要るのに、堂々とハグはさすがにアウトだろ……! と思った、その時。
 耳元に優しい声音が落ちてきた。

「今日から、俺の彼女ですからね」
「…………え、……ええっ⁉ お、俺が……受けなの……⁉」
「フッ、当たり前でしょ」
 
 ニヤリと笑みを浮かべた入江は、ふふふーんと上機嫌で歩き出した。
 ま~じ~か~よ~~っ‼ 体中に発狂した心の声が響き渡る。

「入江っ、……入江くん、……おい、翼っ!」
「ッ⁉ い、今、……何て?」

 俺の呼びかけに、物凄い勢いで振り返った入江。
 ははーん。こういう不意打ちが、こいつには効くのか。

「お腹空いてるか?」
「…………え?」
「…………ん?」

 たくさん歩き回ったから、夕飯でも奢ってやろうかと思ったんだけど、俺、何か変なこと言ったか……?
 入江の反応がいまいちわからず、首を傾げていると、繋いでいる手がぐいっと引き寄せられ、トンと入江の胸にぶつかった。
 そして、俺の耳元に顔を寄せた入江が、そっと囁く。

「それって、俺に食べてくれという合図ですか?」
「………はああああッ!?」
「ププッ、めっちゃ動揺してやんの、おっもろ~」
「んっ……!」

 マジでなんなんだよっ、こいつは‼
 いつかカウンターパンチを食らわそうと邪な考えを起こすのもダメなのかよっ!
 先が思いやられるな……。
 ますますこいつに翻弄されそうだ。



 テーマパークを後にした俺らは、ぎゅうぎゅう詰めの電車に揺られている。
 よくドラマや映画で見る、王道のシチュエーション。
 彼氏が腕を突っ張って、彼女が押しつぶされないようにするアレ。
 今まさに、俺は入江にソレをしてもらっている。
 ただし、周りの乗客の目には、長身のイケメン男子が、これまた長身の男子をガードしているだけなんだけれど……。

「い、入江……だ、大丈夫か?」

 あまりにも顔が近くて、どぎまぎしてしまう。
 よりにもよって、なんでこいつはこんなにもイケメンなんだ……!

「先輩」
「……ん?」

 くっきり二重の目をじっと見つめていると、入江は一瞬困ったような顔をした。
 あ、そうか。
 満員電車だもんな。余計なことは喋るなってことか。

「ごめんごめん」

 てへっとウインクして、小さな声で謝罪する。
 すると、ハアァ~と溜息まじりに俺の肩におでこを預けてきた。
 ん? 今度はなんだ……?
 ま、いいか。もうすぐ駅に着くしな。

 俺は盾になってくれている入江を労うために、ポンポンと頭を優しく撫でてあげた。