大学三年生の春。昼休みの学食は、ランチを求める大学生で賑やかだった。
私はチキン南蛮に舌鼓を打ちながら、正面に座ってうどんをすする芽論に話しかけた。
「最近、夏樹さんとどう?」
芽論はきょとんとした顔で答えた。
「別に、普通に仲いいけど」
芽論は私の高校の同級生で、今は同じ大学に通っている。芽論は夏樹さんという年上のいとこと交際していて、高校時代は完全に熱を上げていた。とにかくノロケ話がうるさかったのをよく覚えている。いとこが恋人っていうのが、私にはちょっと嫌だったし。
でも、最近はあまり聞かなくなった。SNSでも、以前に比べてデートの匂わせ投稿がすっかり減った気がする。だからなんとなく気になっていた。
私がそのことを指摘すると、芽論は何でもないように言った。
「まあ、そう言われてみればね。あのほら、私って結構いろいろやってて、忙しいんだよね」
確かにその通りだった。大学生になった芽論は、勉強やサークルやバイトを精力的にこなしていた。日常における恋愛の比率が減るのも無理はないだろう。
「それに向こうは向こうで、もう社会人だし。お互いに忙しいんだよね」
その言葉を聞いて私はハッとした。私の中での夏樹さんは、ずっと大学生のイメージのままだった。でも、もう社会に出て働いているんだ! 大人じゃん!
私たちが高校生のとき、大学生である夏樹さんの話はずいぶんと大人びて感じた。でも、いざ自分が大学生になってみると、大学生なんてちっとも大人だとは思えない。大学で講義を受けて、友達と楽しくしゃべって。まあ、クレジットカードは作れるようになったし、バイトの選択肢はたくさんあるし、喫煙や飲酒が認められる年齢にもなったから、変化はあるんだけど。でも、人間の中身はまだモラトリアムだと思う。
芽論は真っ黒いうどんのつゆをごくごくと飲んだ。味が濃いだろうに。私だったら飲まないけど。
すると芽論は私に聞いた。
「そういう音々はさあ、最近浮いた話とかないの?」
「えっと……あるよ」
「お! 久々に!」
私の答えに、芽論は色めき立った。
「音々って聞かないと教えてくれないからさあ」
「私からすれば、芽論は私生活をSNSで晒しすぎだと思うけどね」
私たちは仲がいいものの、双方の価値観には差がある。それをお互いに少しずつ見下しあうことで、バランスのよい人間関係を保っているのだ。
「私の知ってる人?」
「うん。あのね、ミド」
「ミド! 後輩かあ、いいねえ」
ミドこと緑山は、私たちが所属する英語劇サークルの一学年下の後輩だ。芽論は質問を重ねた。
「今は二人はどんな感じなの?」
「んふ。あのねえ、それがねえ……」
私はいろいろなことを思い出してしまい、体をくねくねとさせた。それを見た芽論は嘔吐するようなポーズをした。おい、食堂でそういうことをするなよ。
そして芽論は話の腰を折った。
「そんなに楽しそうなのに、それをよく他人に言わずにいられるよね」
「私は自分の中で完結してるの。他人からの『いいね』なんて必要ないの」
私は、ふん、と鼻息を荒くしてそう言い、またくねくねに戻った。
「それでねえ、春休みにね……チューしたの」
きゃあ、とはしゃぐ私のことを、芽論は冷ややかな目で見ていた。
「中学生みたいだね」
「うるさい! 私にとってはファーストキスだったの!」
どういうわけか、中高生時代はそういう機会に恵まれなかった。ようやく二十歳にして初めてのチューを経験したのだ。
あれ、と芽論は呟いた。
「そういえばさあ、ミドって彼女いたんじゃなかったっけ。いつかマチアプで彼女ができたって自慢して回ってたよね」
「あー……うん。多分今もいる」
「ええっ!」
芽論は目を丸くし、椅子から転げ落ちそうなほどに驚いていた。
「何やってんの! 彼女持ちは懲りたって言ってたよね?」
それは確かに重い事実だ。私はかつて、彼女持ちの男に近づいて傷ついた経験がある。
でも。私は両手を頬に添えて、赤らんだ顔で目を伏せた。
「いやあ、まあ、そうなんだけど……もう好きなんだから、しょうがないじゃん……!」
そう、これはしょうがない。どうしようもない。
私は、ミドのことを好きになるまでの日々を思い返した——。
私はチキン南蛮に舌鼓を打ちながら、正面に座ってうどんをすする芽論に話しかけた。
「最近、夏樹さんとどう?」
芽論はきょとんとした顔で答えた。
「別に、普通に仲いいけど」
芽論は私の高校の同級生で、今は同じ大学に通っている。芽論は夏樹さんという年上のいとこと交際していて、高校時代は完全に熱を上げていた。とにかくノロケ話がうるさかったのをよく覚えている。いとこが恋人っていうのが、私にはちょっと嫌だったし。
でも、最近はあまり聞かなくなった。SNSでも、以前に比べてデートの匂わせ投稿がすっかり減った気がする。だからなんとなく気になっていた。
私がそのことを指摘すると、芽論は何でもないように言った。
「まあ、そう言われてみればね。あのほら、私って結構いろいろやってて、忙しいんだよね」
確かにその通りだった。大学生になった芽論は、勉強やサークルやバイトを精力的にこなしていた。日常における恋愛の比率が減るのも無理はないだろう。
「それに向こうは向こうで、もう社会人だし。お互いに忙しいんだよね」
その言葉を聞いて私はハッとした。私の中での夏樹さんは、ずっと大学生のイメージのままだった。でも、もう社会に出て働いているんだ! 大人じゃん!
私たちが高校生のとき、大学生である夏樹さんの話はずいぶんと大人びて感じた。でも、いざ自分が大学生になってみると、大学生なんてちっとも大人だとは思えない。大学で講義を受けて、友達と楽しくしゃべって。まあ、クレジットカードは作れるようになったし、バイトの選択肢はたくさんあるし、喫煙や飲酒が認められる年齢にもなったから、変化はあるんだけど。でも、人間の中身はまだモラトリアムだと思う。
芽論は真っ黒いうどんのつゆをごくごくと飲んだ。味が濃いだろうに。私だったら飲まないけど。
すると芽論は私に聞いた。
「そういう音々はさあ、最近浮いた話とかないの?」
「えっと……あるよ」
「お! 久々に!」
私の答えに、芽論は色めき立った。
「音々って聞かないと教えてくれないからさあ」
「私からすれば、芽論は私生活をSNSで晒しすぎだと思うけどね」
私たちは仲がいいものの、双方の価値観には差がある。それをお互いに少しずつ見下しあうことで、バランスのよい人間関係を保っているのだ。
「私の知ってる人?」
「うん。あのね、ミド」
「ミド! 後輩かあ、いいねえ」
ミドこと緑山は、私たちが所属する英語劇サークルの一学年下の後輩だ。芽論は質問を重ねた。
「今は二人はどんな感じなの?」
「んふ。あのねえ、それがねえ……」
私はいろいろなことを思い出してしまい、体をくねくねとさせた。それを見た芽論は嘔吐するようなポーズをした。おい、食堂でそういうことをするなよ。
そして芽論は話の腰を折った。
「そんなに楽しそうなのに、それをよく他人に言わずにいられるよね」
「私は自分の中で完結してるの。他人からの『いいね』なんて必要ないの」
私は、ふん、と鼻息を荒くしてそう言い、またくねくねに戻った。
「それでねえ、春休みにね……チューしたの」
きゃあ、とはしゃぐ私のことを、芽論は冷ややかな目で見ていた。
「中学生みたいだね」
「うるさい! 私にとってはファーストキスだったの!」
どういうわけか、中高生時代はそういう機会に恵まれなかった。ようやく二十歳にして初めてのチューを経験したのだ。
あれ、と芽論は呟いた。
「そういえばさあ、ミドって彼女いたんじゃなかったっけ。いつかマチアプで彼女ができたって自慢して回ってたよね」
「あー……うん。多分今もいる」
「ええっ!」
芽論は目を丸くし、椅子から転げ落ちそうなほどに驚いていた。
「何やってんの! 彼女持ちは懲りたって言ってたよね?」
それは確かに重い事実だ。私はかつて、彼女持ちの男に近づいて傷ついた経験がある。
でも。私は両手を頬に添えて、赤らんだ顔で目を伏せた。
「いやあ、まあ、そうなんだけど……もう好きなんだから、しょうがないじゃん……!」
そう、これはしょうがない。どうしようもない。
私は、ミドのことを好きになるまでの日々を思い返した——。



