彼にはカノジョがいるけれど

 待ち合わせ場所に指定したターミナル駅は、週末を楽しむカップルや外国人観光客でごった返していた。
 でも駅の改札を出ると、私はすぐに赤池を見つけた。
「お待たせ」
 私が声をかけると、赤池はスマホから視線を上げた。
「おっす」
 そして、お互いの私服姿を物珍しそうにじろじろと観察し合った。
 いやあ……。私服の破壊力って、ヤバいな……。
 赤池は青い薄手のスポーツブランドのトラックジャケットを着て、下はハーフパンツを履いていた。普段の学校とは打って変わってスポーティな姿というギャップに、私の心は完全にときめいた。
 一方の私は、赤池と同じスポーツブランドのTシャツにシアーシャツを重ねた。下はロングのデニムスカート。お互いの服に同じロゴが付いているのを見て、思わず二人ともにやりと笑った。
「じゃあ、行こうか」
 私は目的地に向かって歩き出した。駅直結の地下通路に降りると、たくさんの人の流れに沿って歩いた。
 普段の部活終わりのように、二人で横並び。でも今日は人混みの中なので、いつもよりも距離が近い。私は意図的に、腕が触れるくらいの距離まで寄った。
 歩いていると、たまに腕と腕が触れ合う。すると赤池の体温が伝わってくるような気がして、体の内側がじんわりと温かくなった。もしかしたら、私の体温も赤池に伝わっているんだろうか。赤池はそれをどう感じているだろうか。私は歩きながら妄想が止まらなかった。

 しばらく歩くと、目的の大型書店へたどり着いた。ビルが丸ごと書店で、フロアごとに本のジャンルが分かれている。
「本屋なんて一人でも来れるだろ」
 そうぼやく赤池に対して、私はにかっと笑って言った。
「何言ってるの。赤池と一緒に来たかったんだよ」
 そして、しまった、と思った。はしゃぎすぎていきなり口が滑った。
 それを聞いた赤池は真顔だった。
「ふーん、そうか」
 でも、その声はまんざらでもなさそうだった。
 私たちは学習参考書のフロアに来た。本屋特有の匂いが鼻をくすぐる。外の人混みに比べてお客さんは少なく、学生や子連れの親が数名いる程度だった。
 私は英単語帳が並ぶ本棚の前に立った。いろんな英単語帳を順番に手に取り、パラパラとめくって中身を見た。
 赤池はお化けを見るような目で私を見た。
「週末の外出先でも勉強かよ。寒川らしいな」
「ううん、今日は買うだけ。来年は大学受験だからね」
「まだ早くない?」
「早くないよ。私はなるべくいい大学に入りたいんだ」
 そう。来年は高三。あっという間に大学受験の時期が来る。将来の夢がなくて成績がいい私は、とりあえず偏差値の高い大学に行き、つぶしが効くようにしておきたいと考えていた。
「赤池は卒業したらどうするの?」
「うーん、まあ、俺もとりあえず大学かな。寒川と違って底辺かもしれないけど」
 赤池も、まだ将来のビジョンを描いていないようだった。
 私としては、赤池には音大に入ってチューバを極めてもらいたかった。その低音で世界を魅了してほしい。でも、いくら何でもそんな無責任なことは口に出せない。
 私はある一冊の英単語帳を気に入り、赤池に見せた。
「どう? これ」
「いいんじゃない」
 赤池は内容を見もせずに言った。
「赤池も何か買えば?」
「俺はいいよ……」
 心底つまらなそうな赤池を見て、私は焦った。ヤバい、このままではデート大失敗だ! いや、デートじゃなくてただの買い物なんだけどね!
 でも、この書店はとても大きい。英単語帳の会計を終えた私は、赤池の希望に沿って漫画のコーナーへ移動した。
「おお、すげえ」
 フロア一面に漫画が並んでいるのを見て、赤池は感嘆の声を上げた。そこにはお客さんもそれなりにいて、学習参考書のコーナーよりも賑わいがあった。
「寒川は漫画とか読む?」
「小学生の頃は少女漫画を読んでたよ。赤池はよく読むんだ」
「まあね。最近はこれとか」
 赤池は新刊のコーナーに平積みされた漫画を指した。私でも名前くらいは聞いたことのある、アニメ化もした有名な少年漫画だ。
 ただ、私はその表紙が気になった。十五巻と書かれたそれには、恐らく主人公ではない女性が大きく描かれていた。そして、その女性は尋常じゃないくらいに胸が大きかった。
 ……こういうのが好きなの? そう聞きたい気持ちを私はぐっと堪えた。きっと、今は赤池のプライドを刺激すべき場面じゃない。
 私はその漫画を手に取った。
「これ、面白いんだ」
「ああ。今度貸そうか?」
 赤池はなんでもないように言った。
「んー……そうねえ、とりあえずいいかな」
 でも私は断った。それは一見すると魅力的な提案だったけれど、きっと借りたら感想を求められる。私は表紙の巨乳女に対して、赤池が期待する感想を述べられる自信がなかった。
 その後、赤池と一緒に少年漫画の棚へ行き、おすすめの漫画をいくつか紹介してもらった。私はまったく読むつもりがなかったけれど、赤池が楽しそうにしゃべる姿を見ているだけで私は満足だった。